【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

文字の大きさ
26 / 297
妖界編

路線バスの悲劇②

しおりを挟む
「ほう。人界のガキにもそのような知識があるのか?」

 男は心底バカにしたような言い方をする。

「人界の者共は鬼も知らず随分平和呆けしているものだと思っていたが。」

 そう言いながら、嫌な笑みを浮かべつつ、額から二本の角を生やす。
 それに、車内の半数が息を呑み、もう半数は半信半疑といった様子で鬼を見た。

 正気を取り戻したように怒声を上げたのは、最初に運転手に詰め寄ったおじさんだった。

「お……鬼だと? ふざけたことを言うな。そんなものいるわけが無いだろう! 悪ふざけはやめろ!!」

 おじさんはそう言いながら、鬼と、倒れている運転手とお兄さん、それから俺たちに目を向ける。

 すると、おじさんが二の句を告げる前に、鬼はヒュッと手を軽く振り、おじさんの喉に長く鋭い爪を突き立てた。

「信じようが信じなかろうがどちらでも良いが、いちいち騒がれては敵わぬ。」

 おじさんはグッと声を漏らしたあと、みるみるうちに血で真っ赤に濡れていく手で喉を押さえながら、崩れるようにその場に膝をつく。

「何度も言わせるなよ。騒ぐな。黙れ。今殺したところで食いきれぬから死期を伸ばしてやろうと言っているのだ。面倒な奴らは今殺して腐らせたところで一向に構わぬのだぞ。どうせ人などまた直ぐに手に入るだろうからな。」

 鬼の言葉に、その場がしんと静まり返る。

「……本当に鬼なのか……?」

 聡が聞こえるか聞こえないかというくらい小さな声で呟く。
 それにハッとしたように、潤也が前の座席に隠れながら、ヒソヒソと声を潜めた。

「……奏太、あれ、どうにか出来ないのか?」
「……どうにかって言われても……少なくとも、もうちょっと近づかないと無理だ。」

 鬼の様子から目を離さず、殆ど口を動かさないようにしながらそれに応じる。

 俺達が座っているのは最後尾だ。鬼に近づくには距離がありすぎる。
 ただ、お兄さんや運転手、おじさんのことを考えると、急いで鬼を始末して救急車を呼んだほうがいい。

 急に飛び出して、変に暴れられないといいけど……

 そう思っていると、不意に、二つ前の席に座る男性が座席に隠れ、震える手でスマホを取り出した。

「も……もしもし、警察ですか? 今……」

 ただ、それを見逃すような鬼ではない。

「余計な事をするなと言ったはずだぞ。」

 鬼は、悠然と男性の座る席まで歩み寄る。
 小さなステップを登り、前の座席に片手をかけながらピタリと男性の前で立ち止まると、長い爪を振りかざした。

「奏太!」

 見かねた聡が声を張り上げた。

 それを聞くか聞かないかのうちに、俺はバッと立ち上がり、パンと手を打ち鳴らす。
 鬼は完全に射程圏内。そこから先はいつもの通りだ。
 頭に浮かぶ言葉を声に出して唱えていき、鬼に掌を向ける。間もなく白いキラキラが俺の掌から溢れ、それが鬼の方へ吸い込まれるように向かっていく。

 他の乗客から見れば、完全な奇行だろうが、この事態に対処できる者が自分しかいない以上仕方がない。どう考えたって、殺されて鬼の食料にされるよりはマシだ。

 白い光が届いた鬼は、余裕の笑みを消して瞬時に顔色を変えた。

「やめろ! 貴様!」

 ジュッと皮膚が焼ける音と共にうめき声と怒声が響く。
 このまま陽の気を注いでいけば……そう思った。

 しかし、鬼もタダではやられてくれない。スマホを持ったままの男性客を無理矢理引っ張り上げるように立たせて盾にし始めたのだ。

 鬼の皮膚を焼く光に慄いてはいるものの、男性客は人だ。当たり前だが、陽の気に焼かれることはない。
 そして、その男性の体が陽の気を受け止めているおかげで、真正面から鬼に光が当たらない。

 鬼は険しい表情のまま、何が何だかわからない様子の男性を押しながら、ぐいぐいこちらにやって来ようとしている。

 奥歯を食いしばりつつ陽の気を放出し続け、何とか鬼に当ててそれを食い止めようとしたものの、焼け石に水だ。
 確実に一部が焼け焦げているのに、鬼はその足を止めない。

 鬼はもう目の前だ。ここから、どう対処すれば……と思ったところで、不意に、ヒュっと耳元で風を切る音が聞こえた。

 瞬間、グッと長い鬼の爪が、俺の隣りにいた潤也の首筋に当てられるのが目に入った。

「やめろと言っている。お前の目の前で、コイツの喉を切裂いてやっても良いのだぞ。」

 鬼の脅しにゾッとする。
 運転席付近に倒れているおじさんやお兄さんの姿が嫌でも思い浮かぶ。

 いつも一緒にいる友人が眼の前でそんな目に合うところなど、絶対に見たくない。

 そう思った瞬間、

「ダメだ、奏太!」

という声が、鬼に爪を突きつけられた本人から響いてきた。
 潤也は鬼を見据えながら、俺の腕をグッと握る。

「お前がやめたら、この場にいる全員が殺される。真っ先に殺られるのはお前だぞ!」

 潤也の目は真剣そのものだ。

「ほう。勇ましいものだな。」

 鬼はそう言うと、更に爪をグッと潤也の首に押し付ける。首筋からツウと血が流れ、ウゥッといううめき声が隣から漏れる。

「潤也!」

 動揺して声を上げると、絶対に痛くて怖いはずなのに、潤也は強がるようにニッと笑ってみせた。

「大丈夫だ。止めるな。」

 そう言うと、潤也は直ぐに両手で自分に突きつけられている鬼の爪をグッと掴んだ。
 爪がさらに刺さったのだろう。潤也は苦痛に顔をゆがめる。
 しかし直ぐに、

「聡! その人、退けろ!」

 
と声を張り上げた。

 ずっと様子を伺っていたのだろう。それに呼応するように、聡が横から、盾にされていた男性をグイッと引っ張り、馬乗りになるように下に押し付ける。

 障害がなくなったおかげで、陽の気が再び、真っ直ぐに鬼に吸い込まれるように向かっていく。
 防ぐ術を失った鬼は、そのままその場に蹲るようにして身を守り始めた。

 でも、陽の気の放出を止めるつもりはない。
 恐らく運転手もこいつに何かされたのだとすれば、三人が大怪我を負い、友人が命の危険に晒されたのだ。
 このまま手を緩めて逃がすようなことになってはいけない。

 鬼の体が赤く発光し、黒く焼け焦げていく。


「もう大丈夫だ。前に、力を使いすぎると動けなくなるって言ってただろ。」

と潤也に腕を掴まれ止められるまで、俺はただただ無心で陽の気を注ぎ続けた。

 黒く焦げた鬼の体は、俺が陽の気の放出を止めると灰のように形をサラサラと崩し、黒い影のように床に広がった。

 ハアと息を吐きつつ、ドサッと座席に腰を下ろす。
 ふと顔をあげると、車内に残った者たちが、シンと静まり返ったまま、唖然とした顔でこちらを見詰めていた。

 ……そりゃそうだよな……

「あ、あの! 誰か救急車を!」

 俺たちから皆の意識を反らそうとしたのか、聡が慌ててそう声を上げると、ハッとしたように、車内の皆が一斉に前方に目を向け、運転席付近まで駆け寄り、電話をかけ始めた。

 俺はほっと息を吐いて潤也に目を向ける。

「やったな。」

 潤也もまた、俺と聡を見て、ホッとしたように表情を緩めてそう言った。
 でも、爪が刺さっていた首の傷は、既に紫色に変色し始めていた。
 今は大丈夫でも、きっと直ぐに蛙のときの聡のように毒が回ってしまうだろう。

「尾定さんに連絡しよう。あの人達もそうだけど、普通の病院じゃダメだ。」

 俺がそう言うと、潤也はいたずらっぽくニヤリと笑う。
 それから、突然ゴソゴソと荷物の中を漁り始めた。
 出てきたのは、緑色の葉っぱがいっぱい詰まったタッパーだった。

「どうせ変なことに巻き込まれるだろうと思って、尾定さんから薬を預かって来た。」

 何だか妙に用意がいい。というか、どうせ変なことに巻き込まれるって、俺はそれをどう受け取れば良いのだろうか……

 俺が微妙な顔をしていることに気付いたのだろう。潤也は少しばかり決まりの悪そうな顔をした。

「別に、奏太のせいってわけじゃないさ。ただ、何となく悪い予感がしただけだよ。」

 俺はそれに、もう一度深く息を吐く。

「良いよ。駅に着いたときに、俺も何か嫌な予感がしたんだ。貸せよ。自分じゃ出来ないだろ。」

 そう言いつつ、潤也の手からタッパーを奪い取る。蓋を開けると、中にはガーゼと包帯も一緒に入っていた。本当に準備がいい。

 俺は、いつも尾定がやっているように、薬草を揉み崩して、ペタペタ潤也の首に貼り付け、包帯で巻いていく。
 聡にもやり方を見せ、三人で車内前方に向かう。同じように、おじさんとお兄さんの手当をしなければ。

 ただ、俺達が近づくと、皆が一歩下がって距離を置こうとするのがわかった。最初の頃の潤也と同じく、得体のしれない俺が怖いのだろう。
 目を覚ましていた、お兄さんと一緒にいた女性だけがお兄さんを守ろうと覆いかぶさったが、聡が、

「応急処置をするだけですから。」

と穏やかに説得して、お兄さんから女性を離した。

 二人の傷口は、だいぶ時間が経っていたせいか、紫色が広範囲に広がりつつあった。
 謎の薬草に胡散臭そうな顔をする乗客達を尻目に手当てを行い、意識が朦朧としている三人の口に、タッパーに一緒に入っていた蓮花を含ませる。

 ある程度手当てを終えると、聡がこっそり、

「警察とか救急車が来る前に逃げよう。」

と俺と潤也に声をかけた。

「お前、皆の前で鬼退治したんだぞ。どう説明するつもりだよ。」

 ……確かに。

 皆が、手当ての終わった者達に視線を向けている間に、俺達は後退りするように、開け放たれたままのバスの扉からコッソリと外に出た。
 そして、山の木々の中に隠れるように、ダッシュで駆け込んだのだった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

処理中です...