【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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妖界編

閑話 ―side.遼 : 婚約者の喪失①―

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 一体、何処から狂ったのだろう。

 幼馴染だった結と、上京して偶然出会ったのは運命だと思った。幼い頃から、ずっと想いを寄せていた。でも、伝えられないまま、互いが別の道を選んだ。

 それが偶然にも、故郷を離れた別の場所で重なったのだ。

 俺は結に猛アタックをした。
 結はいつも困ったように笑っていたが、諦めずに好意を伝えていくことで、次第に受け入れてくれるようになっていった。

 付き合い始めると、結は、時折連絡が全く取れなくなる事があることに気づいた。
 それは夜間が多かったが、時には数日連絡が取れないようなこともあった。

 最初はそういうこともあるのだろうと思っていたが、あまりにもそれが頻発するので問い詰めると、とても信じられないような話をしだした。

 妖、妖界、人界、鬼界、結界……

 最初は冗談を言っているのかと思った。あまりにも荒唐無稽な話過ぎて、自分の浮気でも隠すために作り話で煙に巻こうとしているのではと疑った。

 信じてほしいと必死に訴えられたが、一体誰がそんな話を信じられるだろう。

 俺は結を手放したくなかった。
 だから、無理を言って、同棲を始めた。
 他の男が入ってくるような余地を残したくなかった。

 すると結が言っていたように、ある夜、突然蝶が姿を現し、御役目だと言って結を連れ出した。
 ついて行くと、人気のない神社に大きな鷲が待ち構えていて、結はそれに迷いなく乗る。
 そして、必ず戻って来るからと、ついて行こうとする俺を押し留めて飛び立って行った。

 帰って来たのは明け方近くで、結はヘトヘトに疲れ、体中に傷を作っていた。

 結はそうやって、時々蝶の呼びかけに従って御役目とやらを果たしに行った。

 無事に帰って来ることもあれば、最初のときのように傷付いて帰って来ることもある。
 ある時は丸一日帰ってこず、やきもきしながら待っていたら、大怪我をして帰ってこられないのだと連絡が来た。

 次第に、この御役目とやらは、さっさと止めさせた方が良いのだろうという思いが浮かぶようになった。

 その日も、結は体中に傷を作って帰ってきた。俺は結を座らせて、役目を放棄できないのかと問いただした。

 しかし、結は首を縦には振らなかった。

 結の従兄弟であり俺の幼馴染でもある柊士が、いずれ想像するだけでも辛くなるような方法を経て妖界に行くのだと、柊士がその役目を担うなら自分は人界を守らなくてはならないのだと言った。

 柊士と結にしかできないのかと聞いたら、近所の祭りで御神木に手を当てて光らせた者だけが出来ることなのだと言った。
 そして、今それが出来るのは、柊士と結と、歳の離れた奏太だけなのだと。

 でも、俺にはもう一人心当たりがあった。

 俺自身だ。

 祭りに参加出来ず、あとから見様見真似で試してみたことがあった。その時、確かに手が光ったのだ。

 俺が結の代わりになれば良いのではないか、と思った。でも、結は首を横に振る。
 役割を担うにはそれだけでは駄目なのだと。
 当主に認められた者しか持つことのできない物があるのだと。

 それが何かを訪ねたが、終ぞ結の口からそれを聞くことはなかった。


 結局、結に役目をやめさせることができないまま、俺はその苛立ちを結にぶつけることも多くなっていった。

 そうしてしばらくの時が過ぎたある日、結の両親が事故で亡くなった。

 結は見ていられないくらいに憔悴していて、全てを投げ出してしまいそうに見えた。
 だから、ずっと俺が側にいて支えてやろうと心に決めた。

 結婚しようと結に言うと、結は躊躇うような素振りを見せたが、小さくコクンと頷いた。

 二人で幸せになるのだと、心に期待が膨らむ。
 でも、結婚に向けて動き出そうとしたその夏、全てが脆くも崩れ去った。

 結はその夜、いつものように蝶に連れられて出ていった。俺は、また何時ものかと、ぼやきつつ送り出した。

 それなのに、結はいつまで経っても帰ってこなかった。夜が明け、一日経っても、二日経っても。

 連絡もできないほどの大怪我でも負ったのだろうか。不安と嫌な予感が押し寄せ、居ても立っても居られなくなった。

 大きな怪我をしたときには、柊士の家で治療を受けるのだと聞いていた。だから、慌てて様子を伺いに地元に戻った。

 それなのに、柊士の家に結の姿はなく、代わりに行われていたのは、結の葬儀だった。

 愕然とした。

 自殺? ふざけんなよ。
 結は結界を塞ぐと言って出ていったんだ。
 婚約していたんだ。
 式の準備も進めようとしていたんだ。

 きっと、結は大怪我をしたのだ。
 御役目なんかのために、命を失ったのだ。
 棺の中を見れば、きっとどういう状況だったかわかるはずだ。

 そう思った。
 でも、普通は開けられているはずの棺の窓はあいていない。

 どういうことかと喪主に詰め寄り、結に合わせろと要求したが、全く取りあう様子がない。
 無理矢理棺を開けて中を確認しようとしたが、複数の者達に取り押さえられた。

 その中に柊士の姿もあった。

 葬儀会場を出されたあと、柊士を呼び止めて全て知っているんだぞと脅すと、柊士は目を伏せ、結はこことは別の場所に行ったのだと、だから棺に遺体は無いのだと、言葉を選びながらそう言った。

 意味が分からなかった。

 でも、ふと、いずれ柊士が想像するだけでも辛くなるような方法を経て妖界に行く事になるのだと言った結の言葉を思い出した。

 お前の代わりに結は妖界に行ったのか、と尋ねると、柊士は驚いたような顔をしたあと、そうだと頷いた。

 その方法というのがどのようなものかはわからない。
 それでも、そんな辛さを受け入れ、俺との結婚も置き去りに、結が望んで妖界になんて行くわけがないと、そう思った。

 結は、行くつもりのなかった妖界に、無理矢理いかされたのだ。柊士や奏太でなく、家族のいない結を奴らは選んだのだ。俺の結を。
 そう思うと、湧き上がる怒りを抑えられなかった。

 奪われたのだ。結が本家と呼ぶ者たちに。


 俺は柊士を殴り飛ばすと、妖界へ行く方法を模索し始めた。
 妖界に行っただけならば、連れ戻す方法があるはずだ。

 結は、妖界への入口はあちこちに空いていて、それを閉じて回っているのだと言っていた。
 もしかしたら、何処かに入口があるかもしれない。

 俺は、結の荷物に手がかりがあるかもしれないと、結の持ち物を徹底的に漁った。
 そしてその中に、古びた冊子が一つあった。
 妖界に繋がる手がかりだろうかとそれを捲っていくと、自分の中に光が次々と入ってくるのが分かる。

 こんな不思議な現象の起こる怪しげなものはそうない。これが、結の言っていた、当主に認められた者しか持つことのできない物なのだろかと思い当たった。

 これがあれば、結界とやらを塞げるのだろうか。そう思い浮かべると、不思議なことに、まるで今までその方法を知っていたかのように、ありありとやり方が頭に浮かんだ。

 ただ、今更そんなものが手に入ったところで意味はない。代わってやりたかった者は、もう既に人界にはいない。

 俺はその場に冊子を投げ捨て、別の方法を模索した。


 他に何か手がかりになるような事は無かっただろうかと、結との会話を思い浮かべる。

 不意に、以前結が、結界を塞ぎに行くのは心霊スポットのようなところばかりで気味が悪い、と溢していたのを思い出した。
 妖が悪さをして、人界では不可解な出来事が起こり、心霊スポットになるのだと。

 俺はそれから、一年以上をかけて、片っ端から心霊スポットや、不可解な事件事故が巻き起こった場所を巡っていった。

 すると案の定、その内のいくつかで、妖界への入口が開いることが分かった。
 俺はその中に入っては、妖界にいる者共に、結の特徴を知らせて情報を求めていった。

 蛙の集団や、識に出会ったのも、そうして結を探し回っている間のことだった。

 蛙はどうやら奏太を目の敵にしているようだった。くだらない理由だったが、どうせ、結を奪った連中には、いつか痛い目を見てもらうつもりだったのだ。奏太を餌に、蛙にはいろいろ動いて貰えばいい。
 用が済めば、身柄を蛙に引き渡して、ついでに柊士や他の連中も、カエルに襲わせでもすればいいだろうと思っていた。

 識に会ったのはその後だ。やつに会えたのは僥倖だった。
 今までどんなに聞き込みを行っても出てこなかった結に関する情報が、かなり明確に出てきたのだ。

 識によると、結は妖の世界の帝となり、人界での記憶を無くしているかもしれないと言うことだった。
 荒唐無稽な話だが、妖界という場所そのものが、そもそも荒唐無稽だ。
 それに、話を聞けば聞くほど、全ての事柄が一本の線で繋がっているような気がした。

 きっと、もう一度会えさえすれば、それが真実かどうかは分かるだろう。そう思った。


 識には色々なことを教えてもらった。妖界のこと、陽の気のこと、幻妖京のこと、結のこと。

 識が、結を連れ出す作戦があると持ってきた時には、俺はすぐにその計画に飛びついた。とにかく結に会いたい、その一心だった。


 でも、そうしてようやく会えた結と思われる少女は、俺の知っている結ではなかった。
 白月という名を与えられ、姿形も、声も違う。識の言う通り、俺との記憶もなかった。

 その一方で、その仕草が、言葉使いが、雰囲気が、白月と名乗る少女が纏う空気そのものが、結のそれだった。

 ああ、やっぱり、この少女が結なのだ。そう思った。ようやくこの手に戻ってくるのだ、と。

 それなのに、結、と呼びかけて手を伸ばすと、怯えた様に俺から離れ、敵意の籠もった目でこちらを見た。

 俺の手を掴むのではなく、連れて行こうとする者に従い、共に逃げ、俺の発する陽の気から守る。

 記憶のない今の結にとっては、俺など眼中になく、今の居場所が大切なのだと、まざまざと思い知らされた。

 そして、その悔しさと共に、絶対に取り戻してやるのだという思いがより強く募っていった。
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