【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔

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妖界編

閑話 ―side.遼 : 婚約者の喪失②―

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 識の計画が失敗したあと、次の機会はそれほど待たずにやってきた。
 結の消息が一晩だけ途絶えた際に、識が軍に潜り込ませていた者が有用な情報を持ち帰ったのだ。

 聞けば、俺も結と同じように、妖に転じて妖界でも人界でも、結と共に生きられる体が手に入るのだという。
 人は、陰の気の中では長く生きて居られないのだと聞いた。だから、何が何でも結を人界に連れて帰ろうと考えていたのだが、そうなれば、場所を選ぶ必要がなくなる。
 結が人界に帰るつもりがないのなら、妖界に留まってもよいのだ。結と共に居られるのなら、場所なんてどこでもいい。

 妖に変わる方法は人にとっては辛いものなのだと結は言っていた。
 でも、結も通った道なのだ。別に迷うようなことではない。

 俺は、結が本家と呼んでいた場所に妖連中と忍込み、妖に転じるために必要な道具と情報を奪った。ついでに、これ以上結や俺を煩わせるようなことがないように、火を放った。

 そして俺は、結と同じ妖の体に変わったのだった。

 妖に転じる事にはもう一つ利点があった。
 結界を閉じるだけでなく、自由に結界に穴を開けることができる。
 そして、識の狙いはそこにあった。

 そもそも、識は幻妖京の者たちに恨みがあった。
 詳しいことは聞いていない。でも、相当思うところがあるのだろうというのは、話をしていればわかる。

 俺の方も、今後妖界に留まるにしても、結の枷になっている幻妖京は目障りだった。むしろ、妖界に留まることになるなら余計に、奴らに結を煩わせるようなことをされては困る。結だって、幻妖京を離れようとはしないだろう。

 だから、識の計画した通りに、空の結界を解くことで結の心を縛りつけている幻妖京を太陽の光で焼き払うことにしたのだ。

 燃え始めた幻妖宮を眺め、もう、結を縛り付けるものはない。これでようやく結が帰ってくるのだと、そう思った。

 しかし、足枷となるものがなくなり、記憶が戻ったと聞いていたのに、再会した結に喜びはなかった。
 焦げ臭い匂いが立ち込め、煙が上がり、黒く焦げて崩れた建物の瓦礫があちこちにある宮中で、結から感じ取った感情は、戸惑いや恐怖、絶望だった。

 ひたすらに幻妖京の者達の事ばかりを気にし、結を引き留めようとした男に陽の気を向ければ、結は自分の身を盾にしてそいつを守った。
 敵意と怯えの交じる目でこちらを見て、俺以外の男を抱えるように守るその様を見るのは耐え難いことだった。
 だから、そいつを力の限りで焼いてやろうと思った。

 結はそれに感情を大きく揺らし、俺に縋りついて懇願した。もうやめてほしいと悲痛な声を上げて。
 でも、そんなことをされればされるほど、行き場のない憤りをその男にぶつけてやりたくなった。

 俺が解いた結界の穴から太陽がしっかり顔を出す頃には、結が必死で守ろうとした男は陽の気に焼かれて雉の姿に代わり、瀕死の状態だった。
 結がどんなに叫ぼうと、もう助かることはないだろう。
 いい気味だ。こんな奴がいるから、結はここに縛られ続けているのだ。

 しかし、それでも諦めようとしない結に、俺は一つの提案をした。

「お前が俺のもとに戻ってきて、今後一切こいつらと接触しないと誓うなら、そいつも他の奴等も見逃してやる。」

 俺の提案に、結は一筋の希望に縋るような顔をした。そして、決意を固めたように俺の目をじっと見返した。

「わかった。約束する。」

 しっかりとそう答えた結のその表情を見て、これならもう大丈夫だろうと心の中に安堵が広がった。


 一度幻妖京の者達の元へ走って行った結を、森のそばまで迎えに行く。
 しばらくして森の切れ目に姿を現した結は、俺の姿に気づくと、その場で幻妖京の者たちに別れを告げた。

 俺が手を差し伸べると結は一歩一歩こちらへ歩み寄り、そっと俺の手を握り返す。

 ああ、ようやくこの手に帰ってきたのだ。

 そんな言葉にならない思いが込み上げる。結の手を強く握り引き寄せると、結はバランス崩したように、俺の胸にもたれ掛かった。
 それをぐっと抱きしめると、今までの全てが報われたような気持ちになった。

「結。お帰り。」

 そう声をかけ、ずっとこうして自分のもとに繋ぎ止めて居ようと、今度こそ手を離さないようにしようと心に誓った。


 結を連れて仲間の元へ戻ると、元々幻妖宮に仕えていた者たちは、一様に結に驚いたような表情を向けた。

「陽の気は危険です。手枷をつけさせてください。」

 その内の一人が、結を警戒するように、そう進言してくる。

 結はもう大丈夫だろうと思ったのだが、周囲の者が皆揃って陽の気を恐れるので、仕方なく手枷をつけさせた。

 しかしすぐに、その進言が正しかったことを証明するような出来事が起こった。

 戯れに、丘の上で幻妖京の悲劇を見せつけようと連れてきた柊士と奏太を、結が体を張って逃がそうとしたのだ。
 しかも、二人を安全に逃がすために、自分の首に槍先を突きつける始末だ。

「二人を捕らえるなら、私、今ここで死ぬから!」

 結は周囲を睨みつけるようにしながら、そう言い放った。

 せっかく戻ってきたばかりの結をここで再び失う訳にはいかない。
 それに比べれば、柊士と奏太などどうでもいい。
 俺は、二人を追おうとする者達を止め、結の手から槍を取り上た。

 俺が望んだ通りに結は戻ってきたはずなのに、思い通りに進んでいかない状況に、苛立ち舌打ちをする。
 怒りに任せて結の顔を平手で殴ると、結はキャアと声を上げてその場に伏した。

「次に俺の前から消えるようなことをしてみろ、お前が大事にしている妖界の全てを焼き尽くしてやるからな!」

 今の結が最も嫌がり、最も効く言葉だ。
 結は奥歯を噛み固く口を引き結んだ。

 俺は、これ以上結が自分を傷つけることがないよう、また、陽の気を使って妙な動きをしないよう、自分で結の手枷を掴んで引く。

 でも結はそれ以上の抵抗は示さなかった。
 ただ同時に、言葉を発することも、俺の目を見ることもしなかった。俯き、全ての感情を排したような表情で俺の後をただただ黙ってついてくるだけだ。

 拠点にしていた廃寺の一室を結に与え、見張りをつける。
 そこでも結は、逃げようとするでも、何をするでもなく、何も言わずに格子のはまった窓から外を眺め続けていた。

 俺が部屋に入り近寄っても見向きもしない。呼びかけたところで返事もしない。

 憤りに任せて押し倒して手足を抑え込むと、悲鳴を上げるでもなく、小さく震えながら侮蔑の籠もった目で見返された。
 幻妖京の者達を引き合いに出したことで、結は表立った抵抗はできない。俺を振り払うこともない。

 でも、言葉を発せずとも、行動に表さずとも、その目だけで俺を拒絶していることだけはハッキリと分かった。

 次の日も、結の反応に変化はなかった。ただただ、感情を無くしたように空を眺め、俺を蔑むように見るだけだ。


「それほどまでに彼の者の愛を求めるならば、いっそのこと、全ての記憶を消して最初からやり直したらどうだ。」

 思い通りにならない結に苛つく俺に、識がそう言った。

「白月の記憶があるのが問題なのだ。一部だけを消すことはできないが、全部まとめて消して、新たに記憶を作り直したほうが望む形になると思うが。」

 聞くと、満月の夜にだけ咲く花の蜜から、記憶を消す薬を作れるのだという。
 そして、今夜がちょうど満月だ。

「それを望むのなら、俺が薬を作っておいてやろう。その間、遼殿は、朝廷の奴らを根こそぎ始末してきたほうがよかろう。」
「根こそぎ始末?」

 眉根を寄せて問うと、識は頷く。

「白月に情けをかけて見逃してやったのだろうが、奴らを見逃すということは、白月に帰る場所を残しているということだ。白月の記憶を消せたとしても、朝廷の連中が取り戻しに来たら厄介だぞ。」

 確かに識の言う通りだ。
 結を穏便に連れ戻す口実に奴らを見逃したが、結局、結と奴らの繋がりは残ったままなのだ。

 ならば、記憶もろとも、全てを消し去った方がいい。

 俺は兵を率いて、幻妖京の者たちが逃げ込んだ森に向かった。

 空の結界を解かれるのを警戒してのことだろうが、奴らは地面に穴を掘って避難していた。

 ならば、望み通り空の結界を解き、俺の陽の気で穴の中を焼き尽くしてやればいい。
 奴らは、陽の気の前では敵ではない。


 洞穴の前の戦いは、最初は順調なように思えた。しかし、しばらくすると戦況が変わった。
 朝廷の兵に加えて、人界の服装をした者たちが乱入し始めたのだ。

 当初の計画が崩れ始める。

 更に、計画を変更して穴に立ち入ろうとした先には柊士と奏太の姿が見えた。

 ああ、こいつらを逃したことも裏目に出たのか。
 そんな苦い思いがこみ上げた。

 あの二人を逃したのは結だ。今俺達に抵抗している幻妖京の連中の無事を願ったのも結だ。
 こんな形でも、あいつは俺に抵抗しようとしているのか。

 ……それなら、全部消してやる。
 二度と抵抗なんて出来ないように。
 あいつが俺の手中に大人しく収まるように。
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