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25.昔話
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シェリルノーラが目を醒ましてから、10日ほどが過ぎた。主治医であったタリー先生のおかげもあり、まだ熱が出ることもあるが順調に回復している。
俺は夕飯後、屋敷に滞在してもらっている先生を部屋に招いた。酒が好きだと伺ったので、とっておきの酒を準備しておいた。
シェリルノーラが眠ってから、部屋を訪れた老医師は酒瓶のラベルを見て目を輝かせた。
「さて、閣下。ただ酒を振る舞うために呼んだのではありませんな」
しばらく酒についての薀蓄を聞いていたが、先生の方から切り出される。
人の過去を詮索するのは好きではないが、本人に聞いても答えてもらえないのは何となく分かっていた。
「まあ、シェリルノーラ様のことでしょうけどな」
「小さい頃、肺を患っていたということだけは話してくれたのですが……」
苦笑して、もう1杯空になったグラスに琥珀色の酒を注ぐ。
「お話しても、差し支えはないと思いますが……。
シェリルノーラ様は4歳で肺を患われ、吐血されて生死を彷徨われたそうです。ご両親は進んだ医療を受けさせるため、王都の当時王太子であった兄君にシェリルノーラ様を預けられました。そこで私は陛下から命じられ、主治医としてお会いしました。
当時、弟君が生まれたばかりで、母上はご一緒ならさず、シェリルノーラ様はお1人でした。かなり寂しい思いをされたと思いますが、泣き言ひとつ言わず耐えておられた。耐えていたというより、ただ淡々と日々を過ごしておられた。そのせいか、あまり良くなろうとする意欲は感じられませんでな。
後継も弟君に移り、陛下も気にかけておられましたが、あまり感情も外に出さない姿はお側で見ていて、とても不憫でしたよ」
小さなシェリルノーラを思い浮かべる。甘えたい盛りの子供が親と引き離され、具合も悪く、苦しく、どんなにか寂しく辛かっただろう。
廃嫡の意味はまだ分からないにしても、捨てられたと感じてもおかしくない。しかし、気になることがひとつあった。
「警備をしていて、王弟のご子息が王宮で静養されていたとの話は、聞いたことがありませんでしたが」
戦が始まるまでは、一兵士として王宮の警備の役割を担っていた時期もあったが、そんな話は聞いたことがなかった。
「あの頃は少しごたごたしておりましたからかもしれません。シェリルノーラ様を守るためにも、陛下が公にされてなかったようですが、一介の医師にはそこまでは」
先代国王と王太子との仲がギクシャクしており、国王は戦を始めようとしていたりと、王宮がごたついていたことは自分たちも感じていた。
何かしら陛下の考えもあったのだろう。考えを巡らしているうちに、タリー先生はゆっくりと思い出を紡いでいく。
「シェリルノーラ様はとても可愛らしいお子様でしたが、生気が感じられず、難渋しまして。
それが、7才の頃、命を狙われることがありましてから、逆に生きようとする意欲が芽生えたようでしたな。
それからは回復するために、一生懸命でしたよ。時には無理をすることもありました。ただ、今まで以上に我慢するようになってしまって」
手元のグラスに口を付けながら、先生は思い出すように目を細めた。話の続きを待ちながら、グラスを傾ける。
「少しずつですが回復され、体力や抵抗力は人並みではなくとも、日常生活には問題がなくなりました。どうしても肺が弱いと影響が出ます。大病を克服したとしても、こればかりは。
それから13になられる頃、ようやく領地の生家にお戻りになりました。
たまにお手紙をいただきましたが、まさか閣下の妻になっておられたとはな。こちらに伺うよう陛下の使いが来ただけでも、たいそう驚きましたが」
先生は人の良さげな笑みを浮かべ、最後の一口を飲み干した。
「酒が旨くて少しお喋りしすぎましたな。ご馳走さまでした、閣下」
「遅くにお付き合いいただき、ありがとうございました、先生」
少し赤い顔をした老医師を客間まで送ってから自室に戻り、もう一杯自分のグラスに酒を注ぐ。
幼い頃から9年も離れていれば、そこはもう故郷とは言えない、知らない場所ではないのだろうか。
シェリルノーラはそれからの6年間どんな思いで、どんな生活をしていたのだろう。
あのなんとなく我慢をするような、いつも控えめな表情や態度は、やはりそんな生い立ちから来ているのだろうか。
本当の彼の気持ちや素の顔をみせてほしい。ふと、あの出掛けた先の笑顔を思い出した。
俺は夕飯後、屋敷に滞在してもらっている先生を部屋に招いた。酒が好きだと伺ったので、とっておきの酒を準備しておいた。
シェリルノーラが眠ってから、部屋を訪れた老医師は酒瓶のラベルを見て目を輝かせた。
「さて、閣下。ただ酒を振る舞うために呼んだのではありませんな」
しばらく酒についての薀蓄を聞いていたが、先生の方から切り出される。
人の過去を詮索するのは好きではないが、本人に聞いても答えてもらえないのは何となく分かっていた。
「まあ、シェリルノーラ様のことでしょうけどな」
「小さい頃、肺を患っていたということだけは話してくれたのですが……」
苦笑して、もう1杯空になったグラスに琥珀色の酒を注ぐ。
「お話しても、差し支えはないと思いますが……。
シェリルノーラ様は4歳で肺を患われ、吐血されて生死を彷徨われたそうです。ご両親は進んだ医療を受けさせるため、王都の当時王太子であった兄君にシェリルノーラ様を預けられました。そこで私は陛下から命じられ、主治医としてお会いしました。
当時、弟君が生まれたばかりで、母上はご一緒ならさず、シェリルノーラ様はお1人でした。かなり寂しい思いをされたと思いますが、泣き言ひとつ言わず耐えておられた。耐えていたというより、ただ淡々と日々を過ごしておられた。そのせいか、あまり良くなろうとする意欲は感じられませんでな。
後継も弟君に移り、陛下も気にかけておられましたが、あまり感情も外に出さない姿はお側で見ていて、とても不憫でしたよ」
小さなシェリルノーラを思い浮かべる。甘えたい盛りの子供が親と引き離され、具合も悪く、苦しく、どんなにか寂しく辛かっただろう。
廃嫡の意味はまだ分からないにしても、捨てられたと感じてもおかしくない。しかし、気になることがひとつあった。
「警備をしていて、王弟のご子息が王宮で静養されていたとの話は、聞いたことがありませんでしたが」
戦が始まるまでは、一兵士として王宮の警備の役割を担っていた時期もあったが、そんな話は聞いたことがなかった。
「あの頃は少しごたごたしておりましたからかもしれません。シェリルノーラ様を守るためにも、陛下が公にされてなかったようですが、一介の医師にはそこまでは」
先代国王と王太子との仲がギクシャクしており、国王は戦を始めようとしていたりと、王宮がごたついていたことは自分たちも感じていた。
何かしら陛下の考えもあったのだろう。考えを巡らしているうちに、タリー先生はゆっくりと思い出を紡いでいく。
「シェリルノーラ様はとても可愛らしいお子様でしたが、生気が感じられず、難渋しまして。
それが、7才の頃、命を狙われることがありましてから、逆に生きようとする意欲が芽生えたようでしたな。
それからは回復するために、一生懸命でしたよ。時には無理をすることもありました。ただ、今まで以上に我慢するようになってしまって」
手元のグラスに口を付けながら、先生は思い出すように目を細めた。話の続きを待ちながら、グラスを傾ける。
「少しずつですが回復され、体力や抵抗力は人並みではなくとも、日常生活には問題がなくなりました。どうしても肺が弱いと影響が出ます。大病を克服したとしても、こればかりは。
それから13になられる頃、ようやく領地の生家にお戻りになりました。
たまにお手紙をいただきましたが、まさか閣下の妻になっておられたとはな。こちらに伺うよう陛下の使いが来ただけでも、たいそう驚きましたが」
先生は人の良さげな笑みを浮かべ、最後の一口を飲み干した。
「酒が旨くて少しお喋りしすぎましたな。ご馳走さまでした、閣下」
「遅くにお付き合いいただき、ありがとうございました、先生」
少し赤い顔をした老医師を客間まで送ってから自室に戻り、もう一杯自分のグラスに酒を注ぐ。
幼い頃から9年も離れていれば、そこはもう故郷とは言えない、知らない場所ではないのだろうか。
シェリルノーラはそれからの6年間どんな思いで、どんな生活をしていたのだろう。
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本当の彼の気持ちや素の顔をみせてほしい。ふと、あの出掛けた先の笑顔を思い出した。
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