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第三章 iと姉

179. 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ Ōsaka no Seki

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 二人はベンチに腰を下ろした。アイはクレジェンテの肩に頭を寄せ、再び柔らかな感触が伝わる。クレジェンテは体を硬くし、彼女の匂いに包まれた。甘い、優しい香り。それが彼の理性を試すように。
 
「クレくん、いつもありがとう。あなたがいると、疲れが吹き飛ぶよ。」
 
 アイの言葉に、クレジェンテは胸が熱くなった。だが、かげろうへの想いを思い出し、痛みがよみがえる。彼はおっかなびっくりアイの髪を撫でた。さらさらとした感触が、指先に残る。
 
 「僕こそ、アイちゃん。君がいてくれて、嬉しいよ。」
 
 夕陽が沈み、二人の影が重なる。クレジェンテの心は、愛しさと痛みの狭間で揺れ続けた。

 ◇◆◇

 学園の踊り場は、深夜の静寂しじまに沈み、月光が石畳を銀色に染めていた。校舎の影が長く伸び、風が遠くの木々をざわめかせる音だけが、微かに夜の息吹を伝える。

 アイは手すりに寄りかかり、かげろうの気配を待っていた。胸の奥で、秘密の棘が刺さる。エレクトラ辺境伯の冷徹な命令、公王派の陰謀と辺境伯派の野心の狭間で引き裂かれる立場、そして自分が獣神体アニムスではなく人間体アニマであるという、決して口にできない真実。これを、かげろうに打ち明けるべきか。幼い頃からの絆が、喉を締めつける。

 ――かげろーはあいの産まれて初めての、友達……でも、だからこそかげろーには……見捨てられたくない。
 
 軽やかな足音が響き、かげろうが月影から現れた。炎のような色の髪が夜風に揺れ、穏やかな瞳がアイを捉える。彼は静かに近づき、軽く頭を下げた。
 
「アイ様、お待たせしました。」
 
 かげろうの声は、いつも通り落ち着きを保っていた。アイは心の中で葛藤しながら、つとめて明るい笑顔を浮かべた。かげろうの前では、弱さを見せたくない。良い面だけを、なぜか晒したくなる。この無自覚の衝動が、彼を駆り立てる。
 
「かげろう、来てくれたんだね。わたくし、ちょっと夜風が気持ちよくて、ぼーっとしてた。かげろーも一緒に月見しない?」
 
 アイは彼の袖を軽く引き、踊り場の中央に移動した。かげろうは彼の横に立ち、夜空を仰いだ。二人の間に、静かな間が流れる。アイの黒髪が風に舞い、甘い花のような匂いが微かに漂う。かげろうはそれを嗅ぎ、内心で違和感を覚えた。

 獣神体アニムス同士であれば、お互いの縄張りを守るため、不快なフェロモンを発散し合うはずだ。なのに、アイの香りは心地よい。柔らかく、優しい甘さ。なぜか、心を落ち着かせる。
 
 「アイ様、夜遅くに呼び出して申し訳ありません。何か、ご用件が。」
 
 かげろうの言葉に、アイの胸がざわついた。話そうか。今なら、エレクトラさまの命令で王宮に潜り、公王派が革新的な辺境伯派のリーダーを誅殺しようとしている証拠を盗み出したこと。派閥の板挟みで、心が疲弊していること。

 そして、自分の本当の体質――人間体アニマであることを。でも、かげろうの穏やかな横顔を見ると、言葉が凍りつく。弱い自分を、暗い秘密を、晒したくない。なぜか、良いところしか見せたくない。
 
 「ううん、特別な用じゃないよ。かげろー、ただ会いたくなっただけ。学園で顔合わせてるのに、こうして二人きりだと、なんだか新鮮でしょ?クラスが違うからかな?」
 
 アイはおちゃらけた調子で彼の肩を軽く叩き、階段に腰を下ろした。かげろうも隣に座る。アイの匂いが近くなり、かげろうの違和感が深まる。不快感がないどころか、心地よい温かさが胸に広がる。獣神体アニムス同士ではありえないことだ。
 
「アイ様、最近お疲れのようですね。学園の訓練が厳しいのですか。」
 
 話したい、全てをぶちまけて自分だけ楽になりたい。

 ――でも、かげろうの瞳を見ると、言葉が溶けてしまう。代わりに、明るく笑ってごまかした。
 
 「疲れてるって、バレちゃった? でも、大丈夫よ。かげろうとこうしてるだけで、元気出るよ。ほら、月がきれいだよ。貴方と見ると、もっときれいに見えるんだよ。」
 
 アイは彼の腕に軽く寄りかかり、夜空を指した。かげろうは微笑み返したが、内心の疑問を抑えきれなかった。アイの香りが、甘く包み込むように漂う。不快なフェロモンが一切ない。これは、なぜか。
 
 「アイ様のおっしゃる通り、月は美しいです。ですが……何か悩まれているようでしたら、ぜひお聞かせください。」
 
 かげろうの声は、真剣だった。アイの心臓が早鐘はやがねのように鳴る。

 ――話そう。今なら、すべてを。エレクトラさまの冷たい命令、公王派の暗殺計画を暴いたこと、派閥の狭間で苦しむこと。そして、自分の体質の秘密を。

 でも、かげろうの優しさに触れると、弱さを晒せない。自分の内面の良いところだけを、なぜか見せたくなる。この想いの正体に、アイ自身気づいていない。
 
「かげろー、そんな真面目な顔しないでよ。わたくし、ただいつも不知火しらぬい陽炎かげろう連合で頑張ってるの、かげろーを甘やかしに来ただけだよ。あなたはいつもわたくしを守ってくれるから、こうしてると安心するの。ねえ、星も見て。流れ星が流れたら、願い事しよっか。」
 
 アイはおちゃらけて彼の指を突っつき、笑った。かげろうは苦笑しながらも、彼のペースに合わせた。アイの匂いが強く漂い、かげろうの胸に穏やかな波が立つ。獣神体アニムス同士では感じないはずの、この心地よさ。
 
 「アイ様の願い事……何でしょう。」
 
 かげろうの問いかけに、アイは少し目を伏せた。一瞬、本当の願い――この苦しみから解放されたい、秘密を誰かに分かち合いたい――が浮かぶ。でも、すぐに明るく振り払う。
 
 「秘密だよ~。流れ星が来たら、ちゃんと願う。かげろうも、願い事ある?」
 
 二人は夜空を見上げ、静かに時を過ごした。風が髪を揺らし、月光が二人の影を重ねる。アイの秘密は、結局胸の奥に沈んだままだった。かげろうの前で、良い所しか見せたくない。この無自覚の恋心が、彼を優しく縛っていた。かげろうは隣の温もりと甘い匂いに、静かな違和感を抱き続けた。

  月光が二人の輪郭を柔らかく縁取り、踊り場の石は夜の冷気を湛えていた。アイはかげろうの隣に座ったまま、ふと彼の炎の髪に指を伸ばした。
 
「かげろうの髪、太陽みたいにきれいだね。触ってもいい?」
 
 問いかけながら、すでに指先が髪をいている。さらさらとした感触に、アイは無意識に目を細めた。かげろうはわずかに体を強張らせたが、すぐに息を吐いて任せた。
 
 「アイ様、どうぞご自由に。」
 
 その声は低く、少しかすれていた。アイは髪を耳にかける仕草で彼の頰に触れ、ふと気づいて指を止める。でも、すぐにまた別のふさまんで遊ぶ。かげろうは彼女の指の動きに合わせて首をわずかに傾け、アイの匂いを深く吸い込んだ。甘く、優しいそれが、彼の胸を静かに満たす。
 
 アイは無意識に膝を寄せ、かげろうの肩に頭を預けた。肩口に触れる黒髪が、彼の首筋をくすぐる。かげろうはそっと手を伸ばし、アイの背に軽く触れた。制服越しに伝わる温もりに、二人の息がわずかに重なる。
 
 「かげろー、ちょっと寒いかも……。」
 
 小さな呟きに、かげろうは自分の外套を脱ぎ、アイの肩にかけた。大きな布が小さな彼を包み、かげろうの匂いが混じる。アイはそれを引き寄せ、顔を半分埋めて微笑んだ。
 
 「あったかい……かげろうの匂い、好きだよ。」
 
 無自覚な言葉に、かげろうの耳が熱くなる。彼はアイの髪に指を滑らせ、そっと撫でた。アイはくすぐったそうに身じろぎし、かげろうの胸に額を押しつける。二人は言葉を交わさず、ただ寄り添っていた。月光の下、無意識の甘さが静かに漂う。
 
 やがてアイが小さく息を吐き、かげろうの指を握った。絡まった指は離れず、夜風が二人の体温を優しく混ぜ合わせた。
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