悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
23 / 59

第23話 お義父さま

しおりを挟む
「アンジェ、足元に気を付けて」

 ダンテがアンジェリカの手を取り、校舎と外とを繋ぐ3段ほどの石段をともに下りる。

 ダンテが学校の授業に顔を出すようになってから、ふたりの仲は急速に近づいて行った。

「ありがとうございます、ダンテさま」

 アンジェリカがダンテに敬語を使い、ダンテがアンジェと愛称で呼ぶほどに。

 ふたりで並び立てば、あまりに整った容姿によって一枚の絵画か何かのように見えるほどであり、そのほか全てがかすんで見えるほどである。

 取り巻きの誰もが異を唱えることなど出来なかったし、アンジェリカの不興を買ってまで間に割り込める者も居はしなかった。

「また明日、かな?」

「ええ、そうなりますわ……」

 学校の授業が終わり、交流などの理由をつけ、居残れる限界ギリギリの時間になってもアンジェリカはまだ帰りたくないと名残惜しそうな表情を見せる。

 ダンテも同じ気持ちだとばかりに、似たような表情を作って顔面に張り付けた。

「アンジェも同じであれば嬉しいのだけれど、私はこの時間が一番つらい」

「ええ!」

 アンジェリカは強く同意すると、ダンテの手をぎゅっと握りしめる。

「私もそうなのです。毎日毎日、胸が張り裂けそうになりますの……」

 ブルームバーグ伯爵家の一人娘であるがゆえに、アンジェリカは帝都の一等地に大きな邸宅を構え、そこから毎日馬車で通っている。

 ダンテが全力で走れば10分と経たないで着ける近場なのだが、それでも互いに目視しあえるような距離ではない。

「よかった……いや、本当はよくはないのだけどね」

「もうっ。寄宿舎へ移れるよう、お父様に頼み込んでみようかしら」

 みようと言っているのは、ブルームバーグ伯爵家の所領が、帝都からは数週間かかる位置にあるからで、アンジェリカの父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵とはそうそう会えないからだ。

 手紙で伝えるという手段もあったが、下級貴族が入るような寄宿舎にブルームバーグ伯爵家の一人娘が住みたいなどと書いて送ったところで、医者が寄越されるだけであろう。

「無理はしなくてもいいんだよ。でも、そうなれれば嬉しいかな」

「~~~~っ」

 ダンテから笑顔とともに囁かれたのがよほど嬉しかったのか、アンジェリカは声にならない歓喜の悲鳴をあげてからダンテの名前を口にする。

 そうやって互いの想い――決定的にすれ違ってはいるのだが――を伝え合いながらふたりが校門まで歩いていくと、いつも通りにブルームバーグ伯爵家の白い箱馬車がアンジェリカの帰りを待っていた。

 ――2台も。

 ダンテの背筋に稲妻のような衝撃が走り抜ける。

 まだ時間がかかるとダンテは踏んでいたのだが、ブルームバーグ伯爵家は事態を重く見ていたらしい。

 ダンテにとってはここからが本番なのだ。

 どれだけ金をむしり取れるのか、ダンテの手腕にかかっていた。

「あ、あの、ダンテさま……」

 ダンテとアンジェリカの姿を認めたからか、アンジェリカのものではない別の馬車から御者らしき男がおりて近づいてくる。

 男は、かつてダンテを足蹴にした御者とは違ってアルの様な執事服――と評しては値段に差がありすぎるだろうが――で身を固めており、御者からして他とは格が違っていた。

「大丈夫。心配しないでくれ」

 ダンテはアンジェリカを安心させるために、一言断ってから繋いでいた手をほどく。

 それでもアンジェリカは不安げな表情のままであったため、一度彼女と頬を触れ合わせてチュッと音だけを鳴らすビズを行う。

「ね?」

「……はい」

 頬を染めたアンジェリカが俯いたまま小さく頷く。

 彼女は未だ憂いたままであったが、少しは紛れたであろう。

 ダンテはそんなアンジェリカから体を離すと、歩いてくる男へと向き直る。

「君、私に用事があるのかな?」

 男が近づいてきてようやくダンテにも確認できたのだが、男の髪にはちらほら白いものが混じり、頬や額にはしわが刻まれている。

 かなり長い間フェリドに仕えているのかもしれなかった。

「ダンテ・エドモン・ブラウンさまでらっしゃいますね?」

 慇懃いんぎんな口調で初老の男が確認する。

 それをダンテがうなずくことで肯定すると、男は体を深く倒す。

「我が主がお呼びでございます。少しお時間をいただけますでしょうか」

 質問ではあったが、その口調には有無を言わせぬ迫力が備わっている。

 ダンテが嫌だと言っても叶えられることはないだろう。

 もっともダンテが嫌だと言うはずがなく、むしろ待っていましたと喝采を上げたいところなのだが。

「分かった」

 アンジェリカにすら敬語を使わないのだ、それより下の立場である男へ使う敬語は持ち合わせていないと、ダンテは鷹揚にうなずいてから、男の案内に従ってもう一台の箱馬車へ向かって歩いて行った。

「旦那様、連れてまいりました」

「入れろ」

 箱馬車の中からは低く、重々しい声で命令が下される。

 横柄で傲慢。命令することが当然。

 ダンテはその声からそんな印象を受けた。

 初老の男が失礼しますと言いながら箱馬車の扉を開く。

 カーテンの一切が締め切られ、薄暗い室内には一人の男――フェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵が座っていた。

 見た目は40代後半。アンジェリカと同じ金色の髪の毛を全て後方に流して油で一部の隙もなく固めている。

 エメラルドグリーンの瞳はまるでナイフか何かのように鋭く、ダンテなど気にも留めていないとばかりに正面へと向けられている。

 また、貴族にしては珍しくやせ形で、無駄なぜい肉などかけらもありはしない。

 身長は座っていてわからないが、ダンテより少し小さい程度で180サント後半はあるだろう。

 総じて実にどっしりと、かつ威圧的な雰囲気を持つ男で、一代でブルームバーグ伯爵家を大きくしたと聞けば誰しもが納得してしまうほど強い意志を感じさせる男だった。

「失礼いたします」

 しかしダンテはそれに気圧されることなく、薄く微笑み浮かべ、優雅な所作で一礼すると馬車の中へ入っていき、臆することなくフェリドの前に腰を下ろす。

「……貴様」

 フェリドは目を見開き、信じられないとばかりにダンテの顔を凝視する。

 あまりに無遠慮な態度がフェリドの癇に障ったかとダンテは危ぶんだのだが、どうやらそうではない様で、ダンテの顔そのものを穴が開くほど見つめていた。

「いかが致しましたか、ブルームバーグ伯爵」

「いや、なんでもない」

 フェリドは振ると、口の中でもごもごと何事か呟く。

 かつてダンテの両親は殺されたのだが、その死にフェリドが深く関わっていることを、モーリスは匂わせていた。

 ダンテの面貌になんらかの覚えがあっても当然であろう。

「ダンテ、と言ったか。貴様、なぜここに呼ばれたか分かっておろうな」

 再び刺すような視線に戻ったフェリドが、前置きもなく本題に入る。

 しかもその態度は、仮にも貴族同士であれば当たり前のように行われる最低限の礼儀すらなく、ダンテをまるで虫けらか何かとでも思っている様であった。

「いいえ、まったく」

 しかしダンテは、そんな威圧的な態度をとるフェリドの前であっても、飄々ひょうひょうとした態度を崩さない。

 フェリドの碧眼を正面から見据え、それでも微笑みをたたえたままであった。

「……貴様は愚鈍か?」

「愛とは愚かなものですよ。だがそれも良いものです。なにせ勇気を貰える」

「それは蛮勇でありただの世間知らずというのだ、若造」

 ダンテとフェリド、ふたりの視線が真っ向からぶつかり合う。

 ふたり共に変わらぬ鉄面皮の裏側に本心を隠し、自らの意思を通そうと画策を始めたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...