悪役令嬢は婚約破棄され嘘の恋に沈み、廃嫡された元皇太子の詐欺師は復讐を果たす

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
50 / 59

第50話 詐欺師は再び舞い戻る

しおりを挟む
「貴様は、何を考えているっ」

 威圧的な怒声がダンテの鼓膜を揺さぶる。

 あまりにうるさいため、耳を塞ぎたかったが、後ろ手に拘束されているためそれもできない。

 ブルームバーグ伯爵邸の玄関口にてダンテは衛兵たちに拘束されていた。

「狂人か!? それとも状況すら把握できぬ白痴か!?」

 フェリドがここまで激怒するのも無理はない。

 ダンテはフェリドの顔に泥を塗り、舞踏会を潰し、犯罪の証拠を盗み出して逃走したのだから。

 それでもダンテはたった一人で戻って来た。

 あまつさえ、玄関をノックし、良い夜ですね、なんて皮肉すら言ってのけた。

「……だから手土産も持ってきただろう」

 フェリドの手には二枚の古ぼけた羊皮紙が握られている。

 その正体は、フェリドが最もよく知っていることだろう。

「我が父の殺害を指示した書類一式だ。これでもまだ私の誠意が伝わらないと?」

 これで本人と証拠がフェリドの手元に揃ったことになる。

 ベアトリーチェ、つまりミシェーリだけでは告発はおろか、糾弾することも出来ない。

 フェリドがガルヴァス殺害の責を負わなければならなくなる可能性は、限りなく低かった。

「くっ」

 フェリドは激情のままに書類を振り上げ……どうすることも出来ず、無造作にポケットにつっこんだ。

「それから、私の目的は以前から言っているはずだが」

「アンジェリカか……」

 ダンテが何度も愛を囁き、ともに時間を過ごしてきた女性だ。

 例えダンテの中ではすべてが偽りであっても、外から見れば違う。

 そして、嘘も貫き通せば、きっと――。

「ああ、私が唯一望むのはアンジェリカだけ」

「それは嘘だろう。貴様は体よく利用しているだけだ。本当の望みはなんだ」

 これはダンテの嘘が見抜かれているわけではない。

 フェリドが利益でしか物事を見ない人間だから、アンジェリカそのものに価値を見出す人間を理解できないだけだ。

「今の私にはアンジェリカが必要なのでね……」

 これは本当に、掛け値なしの真実である。

 ベアトリーチェへの気持ちを上書きするためにアンジェリカへの偽りの愛を利用するという、悲しくも自分勝手な理由であったが。

「それを信じるにしても、貴様はやりすぎた」

 ダンテの相棒であるアルが、執務室にあった書類を根こそぎ奪っていった。

 その中には、フェリドの行っていた悪事の証拠も含まれている。

「そんなに痛かったのかな?」

「私は一度でも敵対した者を許さない」

 フェリドに許されなかった者の末路は死、あるのみ。

 ダンテもこのままではそうなってしまうだろう。

 だからダンテは、詐欺師らしく、弁で以って道を切り開くつもりだった。

「……あんたを出し抜いた者の力を利用しようとは思わないのか?」

「必要ない。それよりも従順で、強い力を既に持っている」

「皇帝の血は?」

 ダンテがそういった瞬間、フェリドのこめかみがピクリと動く。

「貴様がそうだから、迷惑なのだ」

「なるほど」

 フェリドは、次期皇帝にテレジア侯爵家の子どもを推している。

 ガルヴァスを殺したのも、このテレジア侯爵家に取り入るためだった。

 だが、皇帝の血を引くダンテとアンジェリカが恋仲であり、しかも婚約までしたとなれば、テレジア侯爵家はどう思うのか。

 きっと、フェリドが侯爵家から離れ、独自に動き始めたと思うはずだ。

 そうなれば、事実はどうあれブルームバーグ伯爵家とテレジア侯爵家の関係は険悪なものとなってしまうだろう。

「では、テレジア侯爵家の狗のままでいい、と」

「――のっ、口を慎めっ!!」

 怒鳴りつけられたところでダンテの口は止まらない。

 ダンテにとって、口こそ最大の武器。

 言葉こそ己の未来を掴み取る手段なのだ。

「私が継承権を放棄すれば、テレジア侯爵家との仲を一時的に保つことも出来るだろう。そして――」

 ダンテは口元に歪んだ笑みを浮かべる。

 これは悪魔の誘惑だ。

 欲望を煽り、破滅への道を歩ませる。

 それが分かっていても、人間である以上、必ず誘われてしまう。

 特にフェリドの様な、強欲な人間は。

「ブルームバーグ伯爵家の……いや、あなたの血を引く孫が、皇帝になれる権利を持つ」

 この先ダンテとアンジェリカの間に男児が生まれるかどうかは分からない。

 それでも、もしも生まれたら……。

「私を逃せば、あなたは一生テレジア侯爵家に頭が上がらないだろう。あなたはおこぼれを貰うだけの人生を過ごすことになる」

「……黙れ」

「私は男児だ。女性から生まれた男児よりも高い継承権を持つ。つまり、次は確実に――」

「黙れぇっ!!」

 フェリドは明らかにうろたえていた。

 目の前にぶら下げられた餌は、あまりにも甘美で大きい。

 それを袖にするのは、フェリドは少しばかり強欲に過ぎた。

「考えてもみてほしいのだが、わたしは私という個人だけであなたに対抗してみせた」

 ダンテはまたも拘束を抜け出す。

 なんの技を使ったわけではない。

 衛兵が、場の空気に飲まれて自らその手を離したのだ。

「あなたと私が組めば、次は国の頂点に届きうる。そうは思わないか――」

 ダンテはフェリドの肩に手を置いて、

「――お義父上」

 と囁くと、そのまま横を通り過ぎていく。

 そして壁に取り付けられた燭台から火の灯るロウソクを外すと、またフェリドの隣にまで戻って来た。

「さて、それでは結論よりも先にやるべきことをやってしまおう」

「なにを……だ?」

 フェリドの問いに、ダンテは指示書の入ったポケットを指差す。

「せっかく私があなたにとって致命傷となりうる証拠を盗み出して来たんだ。それを後生大事に取っておくつもりなのか?」

 金庫にしまっておいたところで意味はない。

 それどころか再び盗み出されてしまう可能性さえある。

 そうならないようにするためには、この世から消滅させてしまう必要があった。

「私が信用ならないのなら、自分の手で焼き捨てては?」

「燃やす……」

 ハッと何かに思い至ったのか、フェリドはポケットから指示書を取り出し、視線を走らせる。

 すべての文字を一言一句余さず読み、自分のサインを確認してからダンテを睨みつけた。

「これが偽物ではない証拠は?」

 フェリドの中では、ダンテの信用は限りなくゼロに近い。

 全ての行動を疑い、裏にある意図を読み取ろうと必死だった。

「それが偽物であれば、あなたがそう主張するだけで事足りるはずだが。私としては、それが無くなろうが存在しようがどちらであっても私には関係がない」

 証拠は、誰の手の中にあるか、でもその効力が変わってくる。

 例えばルドルフやフェリドの手の中にあれば、偽物であろうと本物になるし、詐欺師であるダンテが持っていれば本物でも偽物になる。

 そんな代物を、本物であると証明するのは不可能であった。

「ならば何故こんな真似をするっ」

「あなたに取り入るために」

「何故だっ」

「アンジェが欲しいから」

 結局、何をしてもダンテは信用されないのだ。

 しかし、捨てるには欲望が邪魔をする。

 フェリドはどうすることも出来ず、思考は空回り続けた。

「では……」

 ダンテはふっとロウソクを吹き消してから、一歩後ずさる。

「あなたの気が済むまで私は牢にでも入っておこう。……ああ、でもアンジェには私が居ることを伝えておいてほしい」

「貴様は要求できる立場ではないっ」

 ダンテは軽く肩をすくめると、話は終わりだとばかりに衛兵の方へ振り向く。

「それでは、案内してもらえるかな?」

「え?」

 衛兵はダンテの言葉に従ってよいのか分からず、主とダンテを交互に見比べる。

 そんな衛兵へ、フェリドはおざなりに「連れていけっ」と命じたのだった。

 しかし、フェリドは気づかない。

 始めはダンテを殺すかどうかと考えていたのに、今は牢に入れるかどうかという選択にすり替わっていることに。

 少しずつ、ダンテの術中にはまりつつあった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...