『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第138話 全ての終わりに

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 歌が聞こえる。

 とても聞きなれた声で。

 張りのあるバリトンで、高すぎず、低すぎず、私の耳にはとても心地いい。

 ずっと聞いていたいくらいだ。

 本当に、こんな歌の中で眠れたら最高だなって思ったから、私は意識を手放そうと思ったのに……。

――帰ってこい!

 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。

 直接そう言われたわけじゃないのに、強く心に響くのだ。

 でも、帰るって……どこに?

 ああ、私は確か異世界に行ってしまったから……日本かな。

 お父さんお母さんどうしてるかな。友達の藍ちゃんとか……あれ? 日本でいいんだっけ?

 何か大事な事を忘れてるような……。

 大事? 違う、嫌な事があって……でも楽しい事もあった気がする。

 ……思い出せないや。思い出せないってことは大したことじゃないのかも。

――一緒に……!

 まただ。また声が聞こえた。

 一緒に? 一緒に何するんだろう。

 えっと……何か、すっごく楽しかった気がする。

 覚えてないけど、人生を掛けられるぐらい夢中になって……。そうだそれで一緒にやってくれる人が……居た……のかな?

 だから一緒にって……。

 誰だっけ?

 誰――あ――。

 わた……し……。

 頭、痛い。

 胸が、痛い。

 思い出さないと。これは絶対思い出さないといけないヤツだ。

 私の中で何かが叫んでる。何よりも大切なものだって。

 友達! そうだ、友達が居た。

 とっても頼りになる、強くて優しい女の子。

 私が傷つけちゃったのに、私のことをずっと応援してくれて、守ってくれて、助けてくれた。

 とってもとっても大好きな親友。

 名前は――エマ。

 それから、弟! ……ってなんでだろ、舎弟なんてヤンキーみたいな単語が頭に浮かんできちゃった。

 私を立ててくれて、いっつも見守ってくれて、縁の下の力持ちって感じで助けてくれた人。

 ああ、そうだ。初めて会った時はチンピラみたいなんて思っちゃってごめんね、ハイネ。

 それから……。

――愛してる。

 ふふっ、なんでだろ、笑っちゃった。

 あれかなぁ。いちいち言わなくていいよって感じ。

 だって恥ずかしいんだもん。

 そんなの言わなくても分かってる。

 私に最期の時が来たとしても、せめて思い出だけでも持っていたいってくらい、大切で、大好きな人。

 その人は、私と同じものが好きで、同じことをして、一緒に――って。

 ずっと同じ時間を生きて、一緒に居たくて、これからも一緒に生きて――たくて。

 ああ、そうだ。全部思い出した。

 私が帰らなきゃいけない場所は日本じゃなくて異世界の方。

 そこにも私を待っててくれる人が居て、大切な仲間達が居て――愛してる人が居る。

 私の帰る場所はそこなんだ。

 私が生きるべき場所は、その人の隣なんだ。

 私は――私は――その隣で歌いたい。

 ――これからも一緒に歌おう。

 ねえ?

「グラジオス」







「き……ら……」

 私が目を開けて一番最初に見たのは、世界で一番愛しい人の顔だった。

 何故か随分と疲れ果てて、しかも声がガラガラになってしまっている。

 なんで居るんだろうとか、なんでそんなに泣きそうになっているのとかいろんな事が頭を駆け巡る。でも一番最初に私の口を突いて出たのは――。

「駄目じゃん、声大切にしないと。せっかく綺麗な声なのに歌えなくなったらどうするの」

 なんて不満だった。

 だって私はグラジオスと歌うのが好きなのに、これじゃあ歌えなくなってしまう。

「お前は……」

 グラジオスは苦虫を噛み潰しながら、こみ上げてくる笑いを堪えている感じの奇妙な表情をしている。

 そんなに変な事を言った覚えはないんだけどなぁ。

「お前こそ、倒れるまで歌い明かした事が何回あると思ってる」

 うわ~、声ガラッガラだ。これ戻るの?

「待ってまってグラジオス。喋っちゃダメだって……つっ」

 グラジオスの言葉を遮るために体を起こそうとしたら、鋭い痛みが腹部に走った。

 その痛みはかなり激しく、思わず顔を歪めながら体を丸めて耐えなければならないほどだ。

「雲母っ」

 グラジオスが私の体を感情のままに掻き抱く。

 もう、大袈裟だなぁ……ってそっか、私刺されたんだっけ。絶対死んだと思ったんだけど、まだ生きてたんだ。

 まだ……生きられたんだ。グラジオスと一緒に生きて居られるんだ……。

「グラジオス……」

 私は最高の幸せをくれる、世界で一番大切な人のぬくもりをしっかりと抱き返す。

 絶対に離さない。その意思を運命に刻み付ける様に、固く、強く。

「グラジオスっ!」

 私はこの人がいい。この人の隣でなきゃダメなんだってはっきりと再確認できた。

 涙があとからあとから湧き出て来る。でもこれはうれし涙なんだ。

 私がグラジオスと居られる事が嬉しいから流れて来る涙……なんだ。

「今医者を呼んだ。グラジオス殿、あまり触らない方がいい」

 グラジオスよりもう少し離れた位置からルドルフさまの声が聞こえてくる。

 もしかして、私が生きてるのってルドルフさまがお医者さん呼んで処置してくれたからかな……ってそうだ、全部思い出した!

 あれからどうなったんだろ。

「ルドルフ……さま」

 私は痛みを堪えながら声のした方に転がって体ごと顔を向ける。

 そこには少し寂しそうな顔をしたルドルフさまが私達の事を眺めて居た。

 その表情は……たぶん、失恋。エマが時々グラジオスの背中にこんな表情を向けていたことを思い出してしまった。

 本当は突き放した方がいいんだろうけど……今そんな事をしたら、ルドルフさまの孤独は深まるばかりだろう。

 だから私はルドルフさまの表情に気付かないふりをして笑いかける。

「ありがとうございます、ルドルフさま」

「いや、礼を言うのは私の方だよ、キララ」

 ――ルドルフさまは、また笑顔の仮面をつけて心を止め、たった一人で痛くないと意地を張って生きて行くつもりなのだろう。

 駄目だって言ったのに……。仕方ないなぁ。

「グラジオス、ちょっと悪いんだけど扉の方に行ってさ、お医者さんとか来たら待ってるように言ってくれない?」

「……なにをするつもりなんだ?」

 私の意識が戻ったとしても、まだ体の状態が良くない事は私が一番分かっている。たまに眩暈がするし、喉だってカラカラだ。

 点滴なんて物が存在しないこの世界じゃ、これから先の治療だっておぼつかない可能性もある。

 それでも優先すべきことだと私は感じたのだ。

「色々とこじらせてる子に、めって言ってあげるだけ……かな」

 そう言うと、私はルドルフさまに向かっておいでおいでと手招きする。

「……そのこじらせている子って、もしかして私の事かな?」

「はい、叱ってあげますから早く来てください」

 少し不満そうな表情を浮かべているグラジオスと入れ替わる様に、固い笑顔を浮かべたルドルフさまがやって来る。

 私から離れたい、でも一緒に居たい。そんな相反する感情アンビバレンツを抱えているのかもしれない。

「体起こしたいので手伝ってもらえますか?」

「ああ、いいよ。どうすればいいかな」

 私はルドルフさまの手を借りて上体を起こす。

 ルドルフさまは私が楽になるだろうと思ってか、大きな枕を背中とベッドの間に挟んでくれた。

 さて、強引にやっちゃおうかな。

「てやっ」

 私は近くにあったルドルフさまの頭を抱え込むようにして自分の方へと引き寄せる――体に力を入れた瞬間、胃のあたりに激痛が走るが表情に出さない様に堪える――と、ルドルフさまの顔面を私の膝に押し付けた。

「なに……を、するんだい?」

「聞き分けの悪い子にお仕置きするんです」

 そう言って私はルドルフさまの頭を撫で始めた。

 ルドルフさまは抵抗する様子などなく、ただ私にされるがまま受け入れる。

「今回の事があっても、私はルドルフさまを恨んでなんかいません」

 ルドルフさまは何も答えない。

「というかですね……」

 私は拳を固めると、ルドルフさまの頭に振り下ろした。

 ごちんっとなかなか痛そうな音がするが、手加減しているのでそんなに痛くはないだろう。というか私の手の方が痛い。

 ルドルフさま、なかなか石頭なのね。

「……なにかな?」

「そういう顔、しちゃいけません。めってしちゃいますよ?」

 今、ルドルフさまの顔は布団に埋もれているため誰からも見る事は出来ない。誰も、彼の表情を見て居ないのだ。

 一体どんな顔をしているだろう。

 それはきっと、ルドルフさまにしかわからない。

「私はルドルフさまの味方だって言いました。だから怒りますし、悲しいんです。そんな……世界の全ては自分と関係ない、みたいな顔してたら」

 ルドルフさまが心から望んだ私を、自分のせいで傷つけ、死なせかけた。

 それに耐えるには、心を止めて、感情を麻痺させて、自分は平気だ関係ないと唱え続けるのが楽だ。

 もしくは、暴力の世界に行って狂ってしまうのも楽になれるだろう。カシミールの様に。

「辛かったら辛いって言ってください。痛かったら痛いって言ってください。一緒に居ますから。恋人の様に寄り添う事は出来ませんけど、友人としてあなたを支えますから」

 私は、聞いてしまった。

 ルドルフさまがこうなってしまった原因を。

 もしかしたら、口さがない噂だったのかもしれないが、ルドルフさまは否定しなかった。

 つまりはそういう事だ。

 だから、人を愛することに対してあれほどの拒絶感を持つようになってしまったと考えれば……納得がいく。

 これはあくまでも憶測だけれど……。

「キララ……」

「はい……じゃないや。どうしたの、ルドルフ」

 私は一歩、ルドルフとの距離を詰める。

 多分、誰も入ったことのないであろう心の内側へと足を踏み入れた。

 ルドルフの右手が、布団を強く握りしめる。

 その手は奇しくも私を突き飛ばして命を救ってくれた手で、短剣を受け止め傷ついてしまった手だ。

 私はその手に左手を重ね、右手で頭を撫でる。

 母親が子供を慰める様に。

 母親になった経験はないが、してもらった経験はある。こうやって頭を撫でて貰ったら、とても心が安らかになった。

 ルドルフもそうであればいいな。

「…………ありがとう」

 震える声でそう告げられる。

 ルドルフは今、多分……。

「こちらこそ、だよ」

「それから…………」

 長い長い沈黙の後、ルドルフは消えそうなくらい小さな声で、ごめん、と一言呟いた。

 カシミールに邪魔されて、私達は完全に仲直りすることが出来ないでいたが、今、私達は心の底から互いを許し合う事が出来たのだと思う。
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