19 / 52
第19話 アメリス、移動する
しおりを挟む
私は今、馬車の中にいる。どうやってヨーデルの村まで向かうかをアルドたちと話し合った時に、これだけの人数がいれば誰かに見つかる前に察知することは容易であるので、馬車を走らせても問題ないという結論に至った。なので一度は道に放置してきた馬車を再び拾った。
それに先ほどは緊急事態であったため馬車を乗り捨てたが、下手に私たちがいたという証拠を残すのも良くないということも考慮した結果である。
馬車に乗っているのは、馬車を操作するヨーデル、そして荷台には私とアルドである。はたから見れば、道を馬車が走っているだけであり、アルドたちと出会うまでに私とヨーデルの二人で村に向かっていたのと変わらないように見える。しかしゆっくりと走る馬車と並行して、森の中を兵士たちが並行して歩いているのだ。何かあればすぐに私のいる馬車まで伝わり、対処することができる。
私はゆったりとした振動に身を任せながら、これからのことを考えていた。とりあえず第一の目標であったヨーデルの村までたどり着くというのはアルドたちの協力もあり、達成できそうである。
しかしまだこれで終わりではない。ヨーデルの村のみんなを説得し、さらに私の追放が広まるまでに彼らをマスタールの検問所までに連れて行って安全を確保しなければならない。
ロストスによれば、私が追放されたという情報が広まるのは早くて明日の明朝である可能性があると言った。
なぜであるか理由を尋ねると、もし私の追放の情報を新聞社がゲットしていれば、明日の朝一番の新聞で大々的に発表するだろうという予測が立てられるということであった。彼はあくまで可能性の話ですよと付け足していたが、万が一のことを考えると日が昇るまでにはマスタールに戻っておきたい。
遠足は帰るまでが遠足なのだ。
私が考え込んでいると、向かいに座るアルドが、
「アメリス様、難しい顔をされていますが何かまた一人で考え込んでいませんか?」
と言った。彼は精悍な顔立ちでこちらを覗き込んでいる。出会った時は疲れた顔をしていたが、今は昔の威厳ある顔に戻っていた。さすがは私に仕えていた兵士の隊長であっただけのことはある。ロナデシア家の兵団の仕組みで令嬢の護衛の隊長まで成り上がるのは簡単な道ではない。
ロナデシア家専属兵団の総督権は、お父様とお母様にある。すなわちお母様が全てを握っているということだ。その下に総隊長がおり、大勢の兵士たちを束ねている。
そこから枝分かれして、私たち姉妹にそれぞれ直属で仕える者や有事に動けるように配備される者、街の見回りや治安維持などを担当する内地勤務といったように別れる。その中でもやはり領主の一族と直に接する任務は相当な実力がないと就任することはできないのだ。それをアルドは異例の若さで成し遂げた。その秘密は彼の生い立ちにある。
アルドはもともと孤児であったところを当時のロナデシア家専属兵団の総隊長であった人物に拾われて育てられたため、幼い頃から兵士として活躍するように育てられてきたと以前聞かせてくれた。だから年齢の割に経験は豊富で、みるみるうちに出世を遂げて私の護衛の隊長まで上りつめたのだ。
彼とは何年にも及ぶ付き合いになるが、改めて考えるとすごい経歴だ。これほどまでの人物が私のために力を貸してくれるなんて自分でも信じられない。その力添えを仇で返してはいけないと心に刻む。
「いいえ、大丈夫よ。ただこれからやらなければならないことを確認していたの。ここからが本番だから気を引き締めなきゃいけないなって」
私はアルドにはっきりとした口調で言い返す。もう迷いはない、やるべきことをやるだけだ。
「わかりました。でも気負う必要はないですよ、あなたならきっと上手くいきます。ほらあの時だって……」
アルドは時折見せる優しい笑顔で私に微笑み返す。普段は強面である分その笑顔は一層素晴らしいものに見える。
しばらくアルドと昔話に花を咲かせていると、馬車は停止した。
「アメリス様、到着しました。タート村です」
ヨーデルの言葉で、私は馬車を降りる。兵士たちの協力もあり、うまくヨーデルの住むタート村まで滞りなく来ることができた。
降りた場所は村の入り口であり、斜めになった看板にタート村と書かれている。私がその看板を眺めていると、後ろから兵士たちも到着して私を囲むような陣形となった。みな一様に私のことを見ている。
「あなたたち、ここまで着いて来てくれてありがとう。それじゃあ始めましょう、手はずの通りにお願い」
私がそう言うと、アルドたちは一斉に敬礼をして村へと走って行った。
馬車の中でアルドと思い出話ばかりしていたわけではない。どうやって素早く村人たちの移動を達成するかについても議論を交わした。急に兵団たちがいきなり村に入っていったら村人たちはパニックになってしまうだろうし、深夜であるから逃げ出してしまう人もいるだろう。
だから兵士たちが一軒一軒、一人づつ彼らの家を訪ねて事情を説明し、とりあえず村の中央の広場まで集まってもらうことにした。そうすれば多少は混乱を抑えれるだろうというアルドの意見だった。
私は兵士たちが散っていく姿を見ながら、いよいよここが正念場であると感じていた。ヨーデルは村の人間ならばアメリス様の指示にしたがってくれるはずだと言ってくれたが、そう上手くいくかはわからない。短くひゅうと息を吐き、脈を整える。
「いきましょう、アメリス様」
右隣に立っていたヨーデルがそう言って、足を一歩前に進めた。
「ええ」
私もその声に呼応するように、前へ向かって歩き出す。隣を歩くヨーデルに歩幅を合わせ、力強く大地を踏みしめながら、私は広場へ向かった。
それに先ほどは緊急事態であったため馬車を乗り捨てたが、下手に私たちがいたという証拠を残すのも良くないということも考慮した結果である。
馬車に乗っているのは、馬車を操作するヨーデル、そして荷台には私とアルドである。はたから見れば、道を馬車が走っているだけであり、アルドたちと出会うまでに私とヨーデルの二人で村に向かっていたのと変わらないように見える。しかしゆっくりと走る馬車と並行して、森の中を兵士たちが並行して歩いているのだ。何かあればすぐに私のいる馬車まで伝わり、対処することができる。
私はゆったりとした振動に身を任せながら、これからのことを考えていた。とりあえず第一の目標であったヨーデルの村までたどり着くというのはアルドたちの協力もあり、達成できそうである。
しかしまだこれで終わりではない。ヨーデルの村のみんなを説得し、さらに私の追放が広まるまでに彼らをマスタールの検問所までに連れて行って安全を確保しなければならない。
ロストスによれば、私が追放されたという情報が広まるのは早くて明日の明朝である可能性があると言った。
なぜであるか理由を尋ねると、もし私の追放の情報を新聞社がゲットしていれば、明日の朝一番の新聞で大々的に発表するだろうという予測が立てられるということであった。彼はあくまで可能性の話ですよと付け足していたが、万が一のことを考えると日が昇るまでにはマスタールに戻っておきたい。
遠足は帰るまでが遠足なのだ。
私が考え込んでいると、向かいに座るアルドが、
「アメリス様、難しい顔をされていますが何かまた一人で考え込んでいませんか?」
と言った。彼は精悍な顔立ちでこちらを覗き込んでいる。出会った時は疲れた顔をしていたが、今は昔の威厳ある顔に戻っていた。さすがは私に仕えていた兵士の隊長であっただけのことはある。ロナデシア家の兵団の仕組みで令嬢の護衛の隊長まで成り上がるのは簡単な道ではない。
ロナデシア家専属兵団の総督権は、お父様とお母様にある。すなわちお母様が全てを握っているということだ。その下に総隊長がおり、大勢の兵士たちを束ねている。
そこから枝分かれして、私たち姉妹にそれぞれ直属で仕える者や有事に動けるように配備される者、街の見回りや治安維持などを担当する内地勤務といったように別れる。その中でもやはり領主の一族と直に接する任務は相当な実力がないと就任することはできないのだ。それをアルドは異例の若さで成し遂げた。その秘密は彼の生い立ちにある。
アルドはもともと孤児であったところを当時のロナデシア家専属兵団の総隊長であった人物に拾われて育てられたため、幼い頃から兵士として活躍するように育てられてきたと以前聞かせてくれた。だから年齢の割に経験は豊富で、みるみるうちに出世を遂げて私の護衛の隊長まで上りつめたのだ。
彼とは何年にも及ぶ付き合いになるが、改めて考えるとすごい経歴だ。これほどまでの人物が私のために力を貸してくれるなんて自分でも信じられない。その力添えを仇で返してはいけないと心に刻む。
「いいえ、大丈夫よ。ただこれからやらなければならないことを確認していたの。ここからが本番だから気を引き締めなきゃいけないなって」
私はアルドにはっきりとした口調で言い返す。もう迷いはない、やるべきことをやるだけだ。
「わかりました。でも気負う必要はないですよ、あなたならきっと上手くいきます。ほらあの時だって……」
アルドは時折見せる優しい笑顔で私に微笑み返す。普段は強面である分その笑顔は一層素晴らしいものに見える。
しばらくアルドと昔話に花を咲かせていると、馬車は停止した。
「アメリス様、到着しました。タート村です」
ヨーデルの言葉で、私は馬車を降りる。兵士たちの協力もあり、うまくヨーデルの住むタート村まで滞りなく来ることができた。
降りた場所は村の入り口であり、斜めになった看板にタート村と書かれている。私がその看板を眺めていると、後ろから兵士たちも到着して私を囲むような陣形となった。みな一様に私のことを見ている。
「あなたたち、ここまで着いて来てくれてありがとう。それじゃあ始めましょう、手はずの通りにお願い」
私がそう言うと、アルドたちは一斉に敬礼をして村へと走って行った。
馬車の中でアルドと思い出話ばかりしていたわけではない。どうやって素早く村人たちの移動を達成するかについても議論を交わした。急に兵団たちがいきなり村に入っていったら村人たちはパニックになってしまうだろうし、深夜であるから逃げ出してしまう人もいるだろう。
だから兵士たちが一軒一軒、一人づつ彼らの家を訪ねて事情を説明し、とりあえず村の中央の広場まで集まってもらうことにした。そうすれば多少は混乱を抑えれるだろうというアルドの意見だった。
私は兵士たちが散っていく姿を見ながら、いよいよここが正念場であると感じていた。ヨーデルは村の人間ならばアメリス様の指示にしたがってくれるはずだと言ってくれたが、そう上手くいくかはわからない。短くひゅうと息を吐き、脈を整える。
「いきましょう、アメリス様」
右隣に立っていたヨーデルがそう言って、足を一歩前に進めた。
「ええ」
私もその声に呼応するように、前へ向かって歩き出す。隣を歩くヨーデルに歩幅を合わせ、力強く大地を踏みしめながら、私は広場へ向かった。
18
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます
今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。
しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。
王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。
そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。
一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。
※「小説家になろう」「カクヨム」から転載
※3/8~ 改稿中
幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。
【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様
岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです
【あらすじ】
カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。
聖女の名前はアメリア・フィンドラル。
国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。
「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」
そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。
婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。
ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。
そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。
これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。
やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。
〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。
一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。
普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。
だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。
カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。
些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです
ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?
『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します
☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。
しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。
ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。
死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。
「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」
化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。
これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる