使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん

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第32話 アメリス、道無き道を行く

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「ローナ、まだ到着しないの?」

 私はゼェゼェと息を吐きながら、先行するローナの背中に問いかける。

「え、まだ三分の一も進んでないよ?」

 こちらを振り返った彼女はあっけらかんとして疲れなど一切感じていないかのように返事をした。これだけ険しい道を進んでいてなぜあんなに元気なのだろう。

 最初は整備されていない道を進むというから、せいぜい森の中を突っ切るとかだと思っていた。しかしそんななまやさしい道のりなどでは決してなかった。

 今私が立ち向かっているのは、断崖絶壁である。ローナがバッグから取り出したロープを崖の上にかけて、それだけを頼りに二人して壁を登っているのだ。下を見ると地上波はるか彼方であり、落ちたりしようものなら絶体絶命である。

 この崖に来るまでも真っ暗なトンネルを通ったり、今にも崩れそうな吊り橋を渡ったりしたのに、まさかまだ三分の一も進んでいないなんて! ここに道を作ろうとしなかった先人たちの判断は賢明と言う他ない。私はそんなことを考えながら、命を繋いでくれるロープをしっかりと握りしめて、ヒィヒィ言いながら手繰り寄せた。

 その後も変な道ばかりであった。異常にぬかるんでいる道や、即席のイカダを組まないと渡れない川など、人間が通過するにはあまりにも厳しすぎる道ばかりであった。本当にこんな道を進んでいて商業地区にたどり着くことができるのか不安になってくる。

「ちょっとローナ、このまま進んでて大丈夫なのよね?」

 流石に心配になってくるんだけど。私は彼女に尋ねると、

「大丈夫だって。お姫様にはわからないだろうけど、こういうところは自然の遊び場なんだ。この辺はよく遊びにくるし」

 こんなところで常日頃遊んでいるの? 元気にも程がある。そんなに子供たちはパワフルなのかと驚かされる。

「村の子たちは体力が違うわね。天然の要塞でこれだけ鍛えていれば普段の力強さにも納得いくわ……」

 ここで毎日遊んでいたら、下手をしたら兵士たちよりも強靭な体を作ることができそうだ。ローナが特別に運動神経がいいのかと思っていたが、子供というのは恐ろしい。

「たちって言うのは違うよ。この辺で遊んでるのはわたしだけだよ。他の子は危険だからってついてこようとしないんだ。こんなに楽しいのに」

 前言撤回、ローナがやっぱり特別らしい。言い終わると、彼女はくるりと私の方にむけていた顔を再び前に向けて、進み出した。私がヒィヒィ言って進む道をいとも簡単に進んでいく逞しい少女を見て、ただただ無事に五体満足でマスタールに到着してくれることを祈ることしかできなかった。

    *

「ついたよアメリス。ここの道を抜ければ商業地区の大通りに出るよ」

 憔悴しきった体に、どこからか声が聞こえてきた。疲れすぎて最初はローナの声であると識別するのにさえ時間がかかってしまう。顔をあげると、目の前には微かに人の往来が見え、耳をすませば以前聞いた町の賑わいが聞こえた。

「やっとついたのね……」

 ここにくるまでにだいぶやつれた気がする。ほとほと疲れ果てて、体力はほとんど残っていなかった。

「ここからが本番だよ。わたしたちで例の薬屋の動向を探らなきゃいけないんだから」

 ローナはそう言って胸の前で拳を握った。疲れている様子など微塵も感じさせない態度であり、元気が有り余っているようであった。

「ちょっと待ってよ、少し休みましょうよ……」

 だがこんな険しい道のりを進んだ経験なんてない私にとって、もはや身体の疲労は限界まで上り詰めていた。しかしローナにとっては一分一秒でも惜しいらしく、私は彼女に引っ張られるままに例の薬屋の近くまで連れて来られてしまった。だが薬屋へとつながる小路へ入ろうとしたところで、私はふと足を止めた。

「どうしたのアメリス?」

 私の腕を掴むローナが怪訝そうな表情でこちらを見ている。

「いや、例の薬屋は兵士たちが見張っているはずじゃない? だから下手に近づいたら彼らにバレてしまうんじゃないかしら」

 そう、彼らだって熟練の兵士、私たちが薬屋に近づくのに気づかないことなどあり得ないのである。

「でもどうするの? 近づかなきゃ見張れないよ?」

 どうやらローナは何も考えていなかったようだ。なぜか親近感が湧いてくる。

「それなら任せなさい。私に策があるから」

 しかし、それは以前の私についてだ。今の私はさまざまな経験を通して成長したはずである。ここまでの道のりではだらしない姿しか見せられていない。そろそろ名誉挽回しなくっちゃね。

「策?」

「まあついて来なさい。きっと驚くから」

 私は自信満々に腰に手を当てて答えた。薬屋へと続く道は全てを闇へと誘うように混沌とした黒い光を放っていたが、私にはそんなもの何も怖くなかった。
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