マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言

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Tier60 作用・反作用

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「マノ君、ちょっと待ってよ!」

 僕は前をスタスタと歩くマノ君に急ぎ足で駆け寄って、肩にポンっと手を置く。

「……あぁ、伊瀬か」

 マノ君はなぜか驚いたように振り返って僕を見つめる。

「悪い、もう大丈夫だ」

 マノ君は僕と同じ歩調になるように歩みを緩める。

「大丈夫って?」

「……いや、何でもない。気にするな」

 何が大丈夫なのかは僕には分からなかったけれど、マノ君が言うようにマノ君はいつも通りで本当に大丈夫なようだ。
 だから、僕はこれ以上この話を続けるのはやめようと思って、話の話題を変えることにした。

「それにしても、やっぱり相手の記憶を視れるのってすごいね! もし、記憶が視れなかったら広崎さんを救えなかったと思う。マイグレーションっていう能力にはいろいろ問題があるかもしれないけど、それは使う人次第だよ。どんなものだって、使う人の使い方によって良い風にも悪い風にも出来るからね」

 ここまで言って、僕はマノ君の表情の雲行きが怪しくなっていることに気付いた。
 話題を変えるつもりが良くない方向に行ってしまったのかもしれない。

「……どんな薬にも副作用があるように、何事にも作用には反作用がある。記憶が視えるという作用は相手の嘘を見抜けたり、捜査を行う上で非常に役に立つ。今みたいな事情聴取も、相手が記憶喪失でもない限り数秒の間に全てを網羅出来る。だ。相手の記憶を全て視るということは相手の暗部、本人が二度と思い出したくないような記憶やこちらが視るのをはばかられるような記憶を強制的に視せられるということだ。人間の記憶なんてものは、良い記憶よりも嫌な記憶の方が多いうえに解像度も高い。正直に言えば、相手の記憶を視るなんてことは気分の良いもんじゃない。出来ることなら、視る前に事件に関係ない記憶は消しておきたいもんだ。消すだけなら記憶を視ずに済むからな」

 マノ君は吐き出すように言った。
 全ての記憶が視える。
 これはマノ君の言う通り生半可な気持ちで視れるものではないのかもしれない。
 マノ君が視る記憶には相手の感情も入っているのだろうか。
 良い記憶には、喜びや楽しい感情が。
 嫌な記憶には、怒りや悲しい感情が。
 それらをマノ君は自分のことのように追体験しているのだろうか。
 もし、そうならいつか心が壊れてしまう。

「……マイグレーターはマイグレーションの使用練度によって力の差が生まれるって言ってたよね?」

「あぁ、その通りだ」

「だったら、体力が続く限りいくらでもマイグレーションを繰り返して使用練度が高まると思うんだ。けど、その使用練度を高めるために何度もマイグレーションを繰り返せるのは相当な精神力がないと駄目なんじゃないかな。そうじゃないと、使用練度が高まる前に心が壊れちゃうんじゃないかな? ……ううん、全ての記憶が視えるってことはとんでもない量の記憶が自分の脳に入り込むことだよね。そんなことしたら、脳がキャパオーバーになって壊れてもおかしくないよ!」

「……やっぱり、伊瀬は鋭いな。その点に関しては一応問題は無い。マイグレーションで視た記憶をいうのは、通常の記憶に比べて忘却するスピードが非常に速い。数時間で忘れるというわけではないが、数十日もあればマイグレーションで視た全ての記憶は完全に忘れるようになっている。これは多大な負担が脳に掛からないようにする防衛本能みたいなもんなんだろう。そのかわり、覚えているうちに事件に関わりのあることは全部報告書にまとめないといけないけどな」

「よ、良かった。じゃあ、命とか健康には問題は無いんだね?」

「一応な。だが、例外もある。一定期間は覚えていることに変わりはない。その間に反作用のようなものが人によっては出る。そうだな……伊瀬が配属された日に起きた事件があっただろう。その時の報告書に目は通したか?」

「うん、もちろん」

「なら、加藤美緒の遺体の写真は見たか?」

「……少しだけ」

 加藤美緒さんの遺体の状況は見るに堪えないほど酷いものだった。
 僕も堪えきれずにすぐに目を伏せてしまった。

「普通はあんな風になるまで殺し続けることは出来ない。だが、田中連太にはそれが出来た。なぜだと思う?」

「えっと、異常なほどまでの強い愛情や独占欲、執念があったから?」

「いや、田中連太にそこまでのものはない」

「え? なら、どうして?」

「田中連太がマイグレーターで、中村拓斗にマイグレーションをしたからだ。中村拓斗は田中連太のストーカー対象であった加藤美緒と交際関係にあった。そんな中村拓斗の記憶を全て、田中連太は追体験するかのように視たわけだ。となると、その記憶の中にはセックスの一つや二つあって当然だ。これは田中連太の加藤美緒に対する愛憎を増幅させるには十分過ぎる材料となる。普通の人間だって好きな人間が他の人間とヤッてるところを見るなんて嫌悪するはずだ。あ、寝取られが好きって言う特殊性癖の奴は別な。いや、だとしても、好きな人間とヤッてる人間を通して、それを追体験するんだ。好きという想いが強いほど、耐えられないはずだ。ストーカーをするような歪んだ強い愛情を持っているなら尚更な」

「それを田中連太は分かった上で中村拓斗さんにマイグレーションしたのかな?」

「ちっとも分かってなかっただろうな。単純に中村拓斗の体に入れ替われば、好きな加藤美緒に愛されるとでも思ったんだろうよ。本当に浅はかだ」

「それなら、田中連太が中村さんにマイグレーションしなかったら、田中連太がマイグレーターなんかにならなかったら、誰も死ぬことはなかったってこと?」

「そうだな。言い方は悪いかもしてないが、田中連太は加藤美緒に対するストーカー行為程度に留まっていたはずだ。少なくとも、あんな風に殺されることはなかった……だから、八雲はたちが悪いんだ。奴は簡単に人を犯罪者に陥れる。自分の手を汚さずにだ」

 マノ君は自分の下唇を強く噛みしめる。

「それなら、尚のこと八雲を一刻も早く捕まえないとね」

「あぁ、そうだな」

 マノ君は嚙みしめるのをやめて、力強く答える。

「そのために早速、例のお願いを使ったところだしな」

「え? お願いって?」

「まぁ、付いて来れば分かる」

 マノ君がそう言って待合室へと向かうと、そこにはなぜか見知った顔が立っていた。

「早乙女さん!?」

「お久しぶりです、伊瀬さん」

 早乙女さんは相変わらずの綺麗なお辞儀をした。
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