人質王女の恋

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 寝室でそろそろ寝支度をしようかという時、テイラーが思い出したようにアスランに言った。

「陛下。明日の午後は予定が入っていないようなのですが、入れてもかまいませんか?」
「事による。なんだ?」
「はい。ミシェル殿下のドレスが出来たら教えてくれとルリーンに言っておいたのですが、予定より早く上がったそうで。ではいつ陛下が伺ってもいいのかを殿下とご相談しておいてくれと言いましたところ、ルリーン曰く『最初のドレスなので間髪入れないでお越しいただいた方がいい』とのことで。では明日の午後に……と話しはしておいたのですが、陛下に無断で決めてしまったのでもしご都合が悪いようでしたら別日にいたしますが」

 アスランは即答しそうになった。
 テイラー相手に恰好を付けても最早無駄なことは解っていたが、飛びつくような即答をしてしまったらまたからかってくるのは目に見えている。出来る限り冷静に言葉が終わるのを待ちひと呼吸おいたが。
 テイラーは話している間、アスランの身体がビクリと反応し顔をわざと硬く作ったのを見逃してはいなかった。

「明日は、とくになんの予定も無かったのだろ? だったらかまわない。行くことにしよう」

 冷静に言ってはみたがテイラーを横目で見るとニヤリとしているのがわかったので、やはりアスランの格好つけは無駄なことだった。

「わかってる風に笑うな」
「いえいえ。なにもわかっておりませんよ。陛下がこの一週間ミシェル殿下の事ばかり考えて上の空だったとか、逢えるのが決まって嬉しいのを必死でわたしに隠そうとしているとか。わかっていませんよ」

 アスランは苦虫を潰したような顔でテイラーを睨む。

「なにを考えていたかなんてわからないだろ」
「この一週間でミシェル殿下のドレスのこと三回わたしに確認しましたし。物思いに耽っている風だったりニヤニヤしだしたり。明らかに恋する男って感じでしたよ?」
「こっ! 恋する男ってなんだ!」

 アスランは焦って声を荒げた。
 確かに、ミシェルの事は一週間ずっと考えていた。
 前回の事を思い出し、それだけで胸を熱くさせていたのも事実だった。
 しかし。恋だというのをアスランは認めてはいない。

「明らかに恋する男ですよ。陛下の女性関係はすべて存じておりますが、今まで一度だってこんなウキウキとした陛下を見たことがありません。こないだなんてお茶菓子を召し上がって『こんなのは女性が好きそうだ。今度の土産に持って行こう』とか言っちゃってっ。明らかにミシェル殿下へのお土産のことですよねー。他に土産を持って行くところなんかないんですから。二十七歳にして初恋とはかなり遅いですが、よろしいんじゃないでしょうか、王様が恋したって」

 この一週間をテイラーに見透かされて過ごしていたとは痛恨だった。

「初恋ってなんだ! そうじゃない! ……それと、最初のドレスなので間髪入れないでとかなんとか、どういうことだ?」

 なんとか自分の話からそらしたかったアスランだったが、どうしたってテイラーにはお見通しだ。

「別に悪ことではないと思いますけどねー。あ、ドレスのことはですね。グルシスタから着てきたドレスは大人しめですけど、ヒューブレインのはこう……この辺りが大胆ですからねー。ミシェル殿下が躊躇する間を作らないでお会いした方が、陛下にはより喜んでいただけるはずだとルリーンが。楽しみですね、陛下ー」

 女性の胸の形を手で表しながらテイラーがふざけるので、アスランはたまらずカウチにあったクッションを顔に投げた。
 テイラーはそれをキャッチし、ニヤニャとした顔をアスランに見せた。
 これ以上は旗色悪い。にやけるテイラーを残して無言で寝室に向かった。

「あ、陛下。ミシェル殿下への手土産は、こないだお気に召していたマカロンでよろしゅうございますか?」

 もちろん返事はしないが優秀なテイラーはちゃんと用意してくれるとわかっているので、明日の手土産の問題はなさそうだ。
 
 



 
 出かけにシャツを迷った。
 普段は服装に頓着の無いアスランなので出されていたものを着る。シンプルな物が好きなので午前の仕事が終わると飾りのないものに着替えるのだが、今日はミシェルに逢うため女性受けのよさそうなドレスシャツにするのか迷ったのだ。

 女性受けとか……。なにを考えているんだオレは……。

「ありのままの陛下でよろしいのですよ」

 こんな時にもステラ―がしたり顔でアスランに寄り添うので癇に障る。
 柄にもなく緊張し始めているのだ。

 テイラーが恋だ・恋だと言い出すから、変に意識してしまっているじゃないか!

 アスランは乱暴にいつものシンプルなシャツを羽織り、テイラーが持つフロックコートに袖を通す。

 そんなんじゃない。恋とか、そうじゃない。
 少し気になっている。それだけだ。
 気になって、逢いたいのはいけないことじゃないはずだ。それをテイラーがからかうから癇に障るし、意識させるから緊張してしまっているじゃないか。
 





 計画していた通り寝室の隠し扉から隠し部屋へ行き、そこから下がって貯蔵庫の方へ出て使用人通用口を使って外に出ると、塀伝いにある林の中に入って緑の離宮を目指した。
 心なしか足の進みが早くなる。少しでも早く着きたかったのだ。ミシェルに逢いたい気持ちがそうさせてしまっている。

 後ろを付いて行くテイラーもそれに気が付いていたが、何も言わずにしたがって歩いた。
 まさかスキップし出したりはしないだろうが、こんなに機嫌のいいアスランはなかなかない。
 日頃政治経済・外交国防で忙しく難しい顔が固まってしまっているアスランの心が、理由がなんにせよ公務以外の楽しみを持って弾ませているのはいいことだとテイラーは思っていた。
 しかも相手は王が恋をするにふさわしい品格と教養を持った王女。
 更に言えば王女は表向き賓客ではあるが人質として来ている格下国の人。期間が終われば国に帰る後腐れのない女性なのだ。
 恋愛になってもミシェルであればそれを自慢気に吹聴するようなことはなく、顔の痣のせいで表に出ることが普通に出来ないのであれば王との婚姻を望むこともない。
 別れがくれば少しは切ない期間もあるだろうが、お互いよき思い出として終わってくれればいいのだ。
 王の婚姻は政治も絡む国事だ。それはアスランも解っている。
 今のうちに自由に恋愛して、ミシェルが帰国した後に相応な娘と結婚して世継ぎを設けてくれたらいい。
 このひと時、数か月間を普通の男のように少し遅い青春を謳歌したらいい。
 テイラーはそう考えていた。
 




 緑の離宮の入り口では執事のクロウと使用人たちがアスランを出迎えていた。
 天気もよく気持ちのいい陽気なので庭のガゼボにと案内される。
 アスランは明らかに浮ついていた。努めて平静を装っていたのでクロウたちからはそのように見えてはいないが、ワクワクと胸が躍っていた。
 以前見せられたデザイン画を思い出しながらどのドレスを着てくるのかを想像して、座ってすぐから足を何度も組み替えてテイラーに失笑されていた。
 そこへ間もなく登場したのが、白地にピンクと赤の花模様のドレスと来たミシェルだ。

 実はガゼボでお茶を……と提案したのはルリーンだった。
 芝の緑に映える、外で見るのにピッタリのドレスだからだ。
 白いドレスがレフ版になりミシェルの陶器のような肌が太陽光で輝く姿を見せてアスランの目を釘付けにしてやろう、呼吸を止めてやろうという思惑で。

 まんまとアスランはルリーンの思惑通り、芝の上をガゼボに向かって来るミシェルの姿に息を呑んで見とれた。
 レディが向かって来ているのに、立ち上がるのも忘れてしまった。
 ミシェルが目の前まで来てもアスランが立ち上がらず惚けてしまっているので、後ろに控えてたテイラーが足で椅子をこついた。

「本日はご足労賜りまして恐悦にございます。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくお過ごしであらせられましょうか」

 ドレスの裾を持ち上げ膝を折ってミシェルが挨拶をするのだが、やっと立ち上がったアスランは立ってもそのままのミシェルを見下ろしてただ見とれてしまっていた。
 頭を下げたままでアスランの返答を待つミシェルだったが何も返ってこないので、そのままの姿勢で言葉を続けた。

「本日は陛下より賜りましたドレスで参上いたしました。このような素晴らしい品を……」
「王女」

 ミシェルの感謝を遮り、アスランはやっとで声を発した。

「はい」
「顔を上げてくれ」
「はい」
「座ってくれ」
「あの……」
「わたしは寝室の隠し扉から隠し部屋へ行き、そこから下がって貯蔵庫の方へ出て使用人通用口を使って外に出て塀伝いにある林の中に入ってここに来た」

 ミシェルはアスランが言っている意味が解らなかった。
 ここまでどうやって来たかを説明していることは解るのだが、意図が解らずすぐ後ろに控えていたルリーンを見る。

「たぶん、隠れながらすごく遠回りをして来たと説明しているのではないかと……?」

 小声で耳打ちされ、理解したミシェルは再び膝を折って頭を下げた。

「それは、寛大なるご配慮までたまわ……」
「座ってくれ」

 アスランは再びミシェルの言葉を遮った。

 アスランの後ろではテイラーが俯いて首を振った。
 ルリーンはそれを見て小さく片手を握った。うまく行った!という感じだ。

 ミシェルは戸惑ったが、言われた通り椅子の前まで移動してアスランに合わせて腰を下ろした。

 ミシェルと一緒に椅子に腰かけたアスランだったが、なぜアスランがミシェルの言葉を遮ってしまっていたかと言うと。
 故意ではない。単にミシェルの言葉が耳に入ってきていないだけだった。

 なんなんだ。なんてことだ!
 こんなのは想像超えすぎている!
 なんでこんなに輝いているんだ!
 フリルとレースでこんなにも輝くのか?
 こないだまで地味なドレスだったから急に艶やかになって見違えているだけか?
 いやいや、ちがう。確実に輝いているんだが!
 可憐なドレスに楚々とした動き。更に谷間の手前まで開いている胸が! 真っ白だ!
 鎖骨が緩やかなカーブを描いて女性らしさを強調している! シミひとつなく透き通って血管が見えそうだ!
 しかも今日は髪もヒューブレインの婦女風に後ろでまとめて、細くて長い首が!そこから色香が!
 白か? 白に惑わされているのか?
 惑わされるだろこれは!
 なんでこんなんに可憐でかわいらしいんだ!
 顔半分隠して見えてないんだぞ? それでなんでこんなに魅力的なんだ!

 ……と、いうようなことで大混乱中なので。アスランはミシェルの挨拶も耳に入っていないし、自分がどう返事してしまったのかもわかっていない。

 互いの後ろに控える侍従・侍女は目を合わせ、テイラーは『参りました』の顔。ルリーンは『そうでしょうね』と勝ち誇った顔をしていた。
 お茶を出すクロウは無表情だが、アスランの気持ちを察して心の中で頷いていた。
 クロウでさえ、ミシェルの姿に感嘆してしまったからだ。
 このまま放置でも面白い気はしているのだが王の威厳に関わることなので、テイラーは普段人前では絶対に触らないアスランの肩に手を置いた。

「陛下、これを」

 肩に置いた手に力を加え耳元で大き目の声を出し、持参した手土産をアスランの目の前に差し出す。
 冷静な顔して頭の中大混乱真っ最中のアスランは、それでやっと我に返ったようにミシェルから目をそらして目の前に差し出された箱を見ることが出来た。

「あ、ああ。王女に、菓子を持ってきたのだ」

 テイラーから受け取った箱をミシェルの前に置く。
 ミシェルもアスランの不可解に混乱していたが、受け取り礼を言った。

「このようなお気遣いまで。陛下は本当にお優しくていらっしゃいます」

 普段、アスランはこんなセリフはよく言われる。他の誰が言っても何とも思わない。
 それなのにミシェルが言うと、わずかに照れる。

「いや。こんなことは、なんでもない」

 やっと会話が始まりそうな雰囲気を察して、ルリーンがアスランに膝を折る。

「陛下。それではわたくしどもは下がっておりますので、ご用がございましたらお呼びください」

 ガゼボのテーブルの上には呼び鈴が置かれてあり、用があったら鳴らしてくれということだ。
 茶の支度が終わったクロウとアスランの後ろにいたテイラーも礼をし、二人を残して屋敷へ引き上げて行った。
 ミシェルはアスランの土産の箱を膝に置きアスランを伺う。

「開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ。最近流行っている菓子らしい。気に入るといいのだが」

 箱を開けるとジャムが挿まれた色鮮やかなマカロンが綺麗に並べられていた。

「初めてのお菓子でございます。今いただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、食べてみてくれ」

 ミシェルが気に入るといいと願いながら、その一つを口に運ぶ様を見つめてしまう。
 チェリー色の唇が小さく齧る様を見て『なんてかわいらしいんだ!』とまた頭の中で叫んでしまっているのだが、王として身に着けてある無表情の技を発動させて感想を待つ。

「なんて不思議なお菓子なんでしょう。こんな食感は初めてです。とても美味しいです」

 よかった! 土産は成功だ!
 安堵で胸を無仕草で撫でおろし、努めて平静を装った。

「それは、よかった」

 平静を装っているつもりだったが、実は顔に少し出てしまっていた。
 ミシェルはアスランの顔がほころんだので、ほっとしていた。何度も言葉を遮られたので少し不安になっていたのだ。

「このような珍しいお菓子も、そしてこのドレスも。陛下の寛大なるご配慮に心より感謝申し上げます。身に余る光栄なことと存じます」
「いや、ドレスも菓子も、こちらにいる間は我が国の文化を経験してもらいたい。隣国とは言っても今まで交流がなかった分知らないことも多いいだろう。わたしも王女の国の話を聞きたくて来たのだ」

 一番の理由はドレスを着た姿を見たかったなのだが、そこは言わない。

「わたしもグルシスタのことも知っていただきたく思います」
「よかった。今日は食文化の話を聞きたいのだがいいか?」
「もちろんでございます」

 ミシェルの唇が美しく笑みを作るので、アスランはまた息が止まる。
 まったくオレはおかしい……。

「食のことで、陛下にお礼を申し上げねばなりませんでした」
「なんだ?」
「塩でございます。グルシスタには海がございませんので、塩を作ることが出来ないのです。今までは山にある岩塩とコースリーから輸入していたのですが、コースリーとの同盟関係が破綻して塩問題は国民生活にとって大事でした。山からはほんのわずかしか取れないのです。しかし貴国と同盟関係を築くことが出来、貿易が開始され塩問題はなくなりました。しかもモロー公爵の話ではコースリーの半分以下の値で塩を仕入れることが出来るようになったと。それがどんなに助かることか。高価で貴重だった塩を民が普通に買えるようになるのです。とてつもない恩恵です」
「それはいいことだ。にしても、倍以上とは……コースリーは随分な強気だったのだな」

 ぼったくりもいいところだ。
 コースリーはヒューブレインよりは狭いが、海に面していて塩はいくらでも作れるはずだ。
 戦争の参戦要求にしろ、貿易関税にしろ。グルシスタが随分苦しめられていたことがわかる。

「そうか、塩がそれほど大事だとは」
「海産物も輸入でしたので、こちらに来てから新鮮なお魚のお料理をいただくことが出来て驚いています」
「国では魚はあまり食さないのか?」
「川魚がありますがそんなに多く取れないのです。海のものは塩漬けやオイル漬けを輸入していましたが、こちらも高価なので頻繁には……」
「魚は好きか?」
「こちらに来て好きになりました」

 海がないとは不便なことだと思った。
 地理的にコースリーからでも新鮮な海産物は難しい。
 そこで気付く。

「王女は国の外へ出るのは今回が初めてか?」
「はい。そうでございます」
「では、海を見たことがないのか……」
「はい、ございません。絵画でしか見たことがございません。なので、宮殿の外へ出るご許可を頂けるのであれば、こちらにいる間に一度海を見に行ってみたいのです」
「それはもちろんかまわない。ブロンソンに言えば準備させる……」

 そうか。海を見たことがないのか。
 海が見たいのか。

「西のカブコートという街に小さいが城がある。海に面して建っていて、庭から海岸を一望出来るし水平線に日が沈むのがとても美しい。そこを使ってかまわない。ゆっくりしてくるといい」

 アスランの許可にミシェルが輝いた。
 実際に輝いたわけではない。手を胸の前で合わせて嬉しそうに小さく肩を揺らしただけ。アスランにはその喜ぶ様子が輝いたように見えた。

 連れて行ってあげたい。

 自分が連れて行ってあげたい想いが溢れ出しそうになるのをどう押さえたらいいのかわからないほど、強く想ってしまった。
 精一杯で『行ってこい』と言ってはみたが、カブコートの城の庭に立つミシェルを想像すると呼吸が苦しくなる。
 行ってよいというだけでこの輝きなら、実際の海を見たらミシェルはどんなに喜び輝くだろうか。
 しかしそれは絶対に出来ない。
 アスランがミシェルを連れて出かけたりすることがどんなことになるのかも想像がつくからだ。
 王宮内ならともかく、門の外へ出て行くには侍従下僕の側用人の他に護衛の近衛兵が最低でも三十はつく。最低でもだ。
 こっそりテイラーと忍んで出て行ける距離じゃない。二~三時間で帰ってこれる場所じゃない。
 それだけ団体で動くとなると、同行者を秘密には出来ない。箝口令を敷いたとしても必ず漏れる。
 そうなればミシェルが注目されてしまう。
 この静かな環境を壊すこととなる。
 今だって貴族の間で緑の離宮の客人の噂が出ている。
 それがどこからそうなったのか軟禁されている人質という噂で『王のご機嫌を損ねているらしい』から放置されているだけだ。
 若い王女の賓客となれば、社交界に引っ張り出される。
 それは避けてあげたい。
 アスランが海に連れて行ってあげることは、絶対に出来ないのだ。





 楽しい時間は過ぎるのが早い。
 ただ食の話をしていただけで、もうすぐに黄昏時だ。
 前回同様クロウが何度か茶の交換に来たが、そのたびにアスランは焦るようなソワソワした気持ちになった。

 もう時間が経ったのか。まだ帰りたくない。もっとミシェルを見ていたい。ミシェルの話を聞きたい。自分の話も聞いてほしい。

 時間が過ぎないでほしいと願った。
 しかし確実に太陽は傾いていく。
 ミシェルも同じ気持ちかどうかが気になった。

 そろそろのタイミングを窺わないで欲しい。
 次にまた来てもいいのか確認したい。

「今更だが、今日のドレス……。その、とても似合っている。本当だ。驚いた。まるでヒューブレインの貴婦人だ。あ、もちろん、貴国のドレスも似合っていたが……。王女は気に入ったか?」
「はい。もちろんです。ありがとうございます。陛下のご厚意のおかげでございます」

 ミシェルが照れるように俯いた。
 本当はこんな言葉ではまったく足りていない。
 どれだけ素晴らしいかを伝えきれない。

 照れて声が消えそうになる仕草にもアスランは甘く胸を高ぶらせる。
 次のドレスも見せろというのは、やらしいだろうか?
 くれてやったものだから当然だと言っているように聞こえてしまうだろうか?

「全部で三着、作っていただきまして。あと二着も出来上がりましたら届くと、ルリーンが……」
「そうか。それも気に入るといいが……」

 他の女性に贈った物を着けて見せろなど言ったことはない。
 着けている姿に興味がなかったこともあるが、着ける・着けないは向こうの自由だからだ。
 それを見たいから来るというのは、着ろと強制していることになる。
 でも! 言う権利がないことはないんじゃないか?
 いや、着なくてもいい。着ているところも見たいが、着ていなくても逢えればいい。逢いたい。
 逢いたいと、言ってはいけないだろうか。
 前回の非じゃない。
 完全にミシェルに持って行かれている。
 帰りたくないし、目の前にまだいるのにまた逢いたいと願う強さが増すばかりだ。

「あの、陛下」
「なんだ?」

 ミシェルが言い澱むように次の言葉を探しているので、アスランは少し構えた。
 なにか言い辛いことを?

「陛下が仰っていらしたこちらへ来る道のことですが……」

 アスランの頭にクエスチョンが浮かぶ。
 最初の混乱中に言ったことはすっかり忘れているからだ。

「随分遠回りして、いらっしゃったと」
「遠回りというか、中庭を突っ切ってくるのは宮廷に住む者とすれ違わなければならないのが面倒なのだ。皆立ち話が好きなようだ。林の中の方が誰にも会わずすんなり来れるといいうだけだ」
「そうですか。ご面倒をおかけしてしまったのだと」

 オレはなにを馬鹿なことを口走っていたのか……。

「いや、面倒ではない。楽しみにしてきたのだ。その……、散歩にもちょうどいい距離だ」
「本当でしょうか?」
「もちろんだ」
「それならば……」

 ドキリと、鼓動が強く打った。

 これは、もしかしたら。また……っていう? そういう話しに……。

 ミシェルのベールが風に揺れて言い澱みキュっと結ばれた口の上にある鼻が見えて、それが微かに赤くなっている気が……。

「陛下。そろそろお戻りになりませんと」

 テーイーラ―――!
 なんてタイミングで来るんだ!

 アスランは迎えに来たテイラーを完全無視してミシェルを見つめた。

「それならば、なんだ……?」

 続きを言ってくれ!

「ミシェル殿下、そろそろお寒くなりますからお掛けください」

 ルリーン―――!
 いや、ルリーンは悪くない。
 確かに気温が下がってきた。ショールを持ってきたのは正しい。必要だ。
 しかしタイミング!
 減給にするぞ!
 いや、そんなことはしないが……。

「本日も長い時間お引止めしてしまい申し訳ございませんでした」

 ルリーンのタイミングでミシェルが立ち上がってしまった。
 続きはもう、言う気配はない。

 いや、オレが言わなくてはいけなかった。

 しかしそのタイミングも、もう終わっている。
 アスランは下がりそうになる首をなんとか持ち上げて立ち上がった。

「いや、今日もこちらが長居を決め込んでしまった。楽しい時間を過ごさせてもらった」

 女性と次の約束をするのがこれほど難しいことだとは……。

「ルリーンの言う通りもうだいぶ涼しい、今日はここで、見送りはいい」

 今はこれが精いっぱいだった。
 ミシェルは膝を折って頭を下げた。
 名残惜しい気持ちを抑えて、アスランはミシェルに背を向けた。
 その後をテイラーが追う。
 その時。

「あ、陛下。次のドレスは来週届きますが」

 ルリーン―――!

 アスランは思わず心の叫びの勢いのまま振り向いてしまった。

 落ち着け!
 
「そうか」

 それなら……と、言っていいだろうか?
 言うなら今だ。約束が出来る。
 言ってもいいのか。いや、言わなくては……。

「それと。もしご許可を頂けましたらでいいのですが。なにか読むものを、本をお借りできないでしょうか? 殿下は本がお好きなのですがここにはあまりありませんし、我が家にも医学書やそれに関連したようなものしかありません。もし陛下がお読みになったもので殿下にお貸しいただけるものがあれば」

 ルリーン、絶対にお前の給金を上げてやる。絶対だ。絶対にだ!

「そうか。それならば、なにか選んでこよう」

 そうすれば、ドレス以外にもここに来る口実が出来る。
 本を持ってくるという口実があれば、何度でもここに逢いに。

「ルリーン、そんなのはいけないわ」
「いや、かまわない。本は沢山ある」

 断らないでくれ。

「でしたら私が取りに行ってもいいですし、テイラーさんに渡してもらっておけば」

 それじゃだめだ!

「そうだね。預かってルリーンに渡すよ」

 黙れテイラー!

「でも、せっかく共通のものを読むのでしたら、感想とかお話ししたいですよね?」

 ルリーン、お前は本当に良い子だ……。

「いけないわルリーン。陛下にそのようなこといけません。陛下、申し訳ございません。わたしの侍女が弁えぬことを申しました」

 逢いたいんだ。話しがしたいんだ。次の約束がしたいんだ。

「いいんだ王女。ルリーンは王女を思って言ってくれているのだ。それに本の感想を言い合うのは、きっと楽しい。公務の息抜きになる。王女がいいなら……新しいドレスも見せてほしいし。本も貸したい。また、来てもいいだろうか?」
「それは、もちろんでございます。陛下のよろしいように」

 ミシェルの口がキュっと結ばれた。
 それは口角が上がった笑みを抑えるような可愛らしい結ばれ方だったのを、アスランはしっかりと見てしまった。
 同じようにアスランの口もキュっと結ばれた。

「では、来週。また来る」
「お気をつけてお帰り下さいませ」

 アスランは胸が苦しくなった。
 甘く切なく、苦しくなった。
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