亡国の公女の恋

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 湖から離れ暫く行ったところで止まると、ルカは馬を降り乗ったままのスヴェトラーナを見上げた。

「あの、俺は、そんなつもりでは……」

 アクサナとのことを説明しようとしたのだが、上手く言葉が出てこない。
 元々あれはアクサナが一方的にルカに迫っていただけで、ルカがいい訳のようなことをする必要はないのだ。
 しかしルカはスヴェトラーナに誤解されたと思っていた。
 スヴェトラーナの寝ている横で今日知り合ったばかりの女性と不適切な行為をしようとしていたと思われたのではと焦っているのだ。
 そうじゃないと説明したいのだったが、どう言えばいいのかわからなかった。
 ただこれ以上アクサナと一緒にいたくなかったし、気まずいところへスヴェトラーナを置いておけなかった。
 だから逃げたのだ。スヴェトラーナを連れてアクサナから、あの場所から。

「勝手に担ぎ上げてすみません……。ただ、本当に、あの、俺はそんなんじゃなくて……」

 ルカは顔も耳も真っ赤にしてなんとか伝えようとするのだが、言葉にならない。

 スヴェトラーナはショックを受けていた。
 ルカがあのままアクサナと関係を持ってしまうかもしれないと思って固まっていたのだ。
 そんなことは堪えられない。
 自分が愛されたいと願う男性が他の女性に触れるのを知るのも辛いのに、それがすぐ側でされたのでは。
 ルカは拒んでいたが、過酷な旅でルカは常に緊張している。
 それがアクサナによって紛らわせることを選んだとしても、アクサナも求めている状況ではそれを責めることは出来ない。
 アクサナが初対面なのにルカを欲しがった気持ちがわかる。
 ルカは真面目で素敵な青年だ。背も高く顔も穏やかで、喋り方も優しい。
 この旅が終わりルカの言う『身の丈に合った暮らし』を始めたら、きっとアクサナのようにルカを欲しがる女性はすぐに現れるだろう。
 そんな女性と人生を共に歩んでいくのはルカが手に入れる出来る幸せなんだろう。

 それが私ではだめなのだろうか……。

 亡命が受け入れられたとしてもどのような扱いになるかはわからない。
 もしそれなりの保護をしてもらえたとしても、スヴェトラーナはそれを捨てられると思っている。
 スヴェトラーナの望みはひとつだけ。ルカだけだ。
 アクサナに嫉妬して思いついたことではない。簡単に考えているわけではない。
 生きてこの旅を終えられても、ルカのいないこの先の人生を考えたくないのだ。
 この緊迫した毎日で頼るただひとりのひとだから勘違いしてしまっているわけじゃないと確信している。
 ただルカを愛してしまった。ルカに愛してほしい。


「ルカ、わたしではだめですか?」
「……姫様?」
「アクサナと、しようとしたこと、私ではだめですか?」
「姫!」

 ルカはスヴェトラーナが何を言い出すのかと驚愕した。
 ルカは誰かとそんなことがしたかったわけではない。
 それがスヴェトラーナとなどとは、想像すらしない。

 スヴェトラーナの顔が真っ赤に染まっている。
 自分が何を言っているのかわかっているからだ。
 こんなことはもちろん誰にも言ったことはない。
 ルカだからかき集めた勇気で言ったのだ。
 スヴェトラーナは必死だった。

「な・なにを言い出すのですか! そんな、俺そんなんじゃありません! あれは、アクサナが絡んで、いや、からかったのかもしれないですけど……」

 ルカはしたいわけじゃなかったとこを伝えたいが、動揺してただでさえ上手く言えないのに大混乱だ。

 スヴェトラーナが手を伸ばした。
 ルカは馬を降りるのだと気付き、動揺する頭のまま腕を支えて降ろした。
 降ろされたスヴェトラーナはそのままの勢いでルカの胸に飛び込んだ。
 胸に飛び込んで来たスヴェトラーナにルカは更に動揺し、焦り、どうしたらいいのかわからない。

「アクサナがルカとそういうこと……するのが嫌でした」
「し! していません!」
「ルカを温めるのは私がしたいのです。私ではルカを温められませんか?」

 スヴェトラーナはルカの身体にしがみついて言った。
 必死だった。伝わって欲しくて身体をルカに投げ出しているのだ。

 ルカは完全に冷静さを失っていた。
 手が宙を舞う。どこにどうしたらいいのかわからなくなっているのだ。
 こんな状態でスヴェトラーナに触ることが出来ない。

「ルカを愛してしまったのです。ルカに、愛されたいのです」
「姫!」
「本当です。ルカを愛してはいけませんか?」

 いけないに決まっている。
 公女が最下層の兵士を愛するなんて話は許されることではない。
 そんなことはスヴェトラーナだってわかっていいるはずだ。
 もちろんルカもわかっている。だから必死で想いを押さえて。
 なのにこんな風に言われてしまったら、わずかに残っていた冷静な思考まですべて停止してしまう。

 胸の中に飛び込んで来た女性が。
 なにも持たないルカが唯一持つことの出来た忠誠を誓う主が。
 なにも持たないルカが唯一持つ光と崇める女性が。
 初めて女性を愛おしいと思い、しかしそれはいけない事だと必死でその想いを消そうとしていたというのに。
 ルカを愛し、ルカに愛されたいと言ったのだ。
 自分の身を投げ出して、確かにそう言ったのだ。
 スヴェトラーナが。ルカが唯一愛しいと思うスヴェトラーナが。

「あ!」

 ルカは叫び、胸の中のスヴェトラーナを抱きしめた。
 今のルカは真っ白だった。
 あれほど弁えなくてはいけないと思っていた感情をスヴェトラーナの言葉で崩壊させ、過去も未来もなにも考えずただ本能のままにスヴェトラーナを抱きしめた。
 ルカの忠誠を受け入れた唯ひとりのスヴェトラーナにルカ自身に愛されたいと訴えられて、立場も理性も吹き飛んでしまった。
 スヴェトラーナを受け止める事だけしか今のルカにはない。
 胸の中に閉じ込めて、もう離さないとばかりにきつく閉じ込めて。
 スヴェトラーナの命を自分のもののように抱きしめた。
 ルカのすべてが今、腕の中にある。

 必死でしがみついたスヴェトラーナだったが、抱き返されルカの気持ちが身体の中に流れ込む。
 ルカがスヴェトラーナを愛している。そう全身で訴えてきている。
 溢れる。想いが溢れている。
 ルカを、この愛を絶対に失いたくない。
 ルカこそが今スヴェトラーナの生きるすべてだ。
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