亡国の公女の恋

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 イグナシオ侯爵邸はハロペスの街から暫くにあり、広大な土地に立派な建物だった。
 イグナシオ侯爵家がレイルズの皇帝と遠い血縁関係があり、今回の亡命要請を受けまずは国境に近い侯爵邸で保護することになった。
 レイルズはヒューブレイン王国と同盟国で、コースリーのやり方に反感を持っていた。
 亡命や援護の要請があれば助けるという姿勢を取っているとのことで、レイルズに来たのは大正解だったのだ。
 スヴェトラーナと合流が出来てから一家で首都へ向かい、その後の待遇はその時に相談出来るらしい。
 イグナシオ侯爵に後見となってもらえるということで、今後のきちんとした待遇が期待できるとヴィクトールはスヴェトラーナとルカに歩きながら説明した。
 スヴェトラーナは母親エカチェリーナと弟ゴルジェイが良い待遇で迎え入れて貰えるならこれほど安心できることはないと思った。
 自分はレイルズの首都へは一緒には行けない、エカチェリーナとゴルジェイの安心出来る話を歓迎した。
 ルカを見るとやはり安心したようにヴィクトールと話をしている。
 ルカもこれでスヴェトラーナを連れて行きやすくなると思ってくれるといい。




 *****




「スヴェトラーナ!」
「お母様! ゴルジェイ!」

 イグナシオ邸のサロンで再会したスヴェトラーナたち親子三人は必死と抱き合い、エカチェリーナとゴルジェイは泣いていた。
 ふたりとも綺麗な身支度をしていたので、間違いなく親切にもてなされていることがわかった。
 イグナシオ侯爵と侯爵夫人はスヴェトラーナのことも同情を持って迎えてくれた。

「まずはゆっくりするといい。皇帝が亡命受け入れを決定されましたから、この国で生活出来るようしてくれるだろう」

 威厳はあるが穏やかな人柄の侯爵に、スヴェトラーナは心からの感謝を伝えた。

 付き添った兵士は宮殿を脱出する際ふたり死んだということだったが、侍女も残りの兵士もこの屋敷に滞在していた。
 ふたりを失ったのは悲しいことだが、これだけの者が残ってくれていたことを喜んだ。
 本当ならここにリサやあの兵士たちががいてくれたらとスヴェトラーナは思った。
 そしてリサ達が無事でどこかに逃げていてくれることを願った。



 スヴェトラーナが風呂と着替えを用意され客室に向かったので、その間ルカはヴィクトールにここまでの道のりを報告した。
 ヴィクトール側の話も聞いたが、ルカたちと同じようなものだった。
 残った国民たちは恭順すれば今まで通りの生活を保障するとコースリー側が公布したとのことで、国は落ちたが民の命は助かったと知った。
 それでも、これが戦争である以上敗戦国の国民をどれだけ尊重してもらえるかはわからない。
 実際、キヌルの街の民は逃げ出し、コースリー兵が好き勝手に略奪などの乱暴を働いているらしいことはヴィクトールが旅の途中の噂で聞いた。
 大公妃が野宿を経験し毎日泣いていたと聞き、過酷な経験をしたが無事に逃げ果せたのだから今後は大公を弔い穏やかに生きて欲しいとルカは思った。
 ヴィクトールもルカの話を聞いて、スヴェトラーナがこの国で穏やかに生活出来るようになってほしいと思った。

「お前は本当によく頑張ってくれた。わたしの見込みに間違いはなかった」
「団長に感謝します。この旅の経験がこの先の俺の人生を豊かにしてくれます。一生忘れない、経験でした」
「そうか。それでお前はこの後どうするつもりだ? わたしたちは大公妃と共に付いて行きお仕えしたいと決めているが」
 「俺も、もう決めています。そのことで隊長にお話があります」




 *****




 久々の暖かい湯船に心身共に解され、侯爵夫人の用意してくれたドレスは上質でスヴェトラーナがクロフスで着ていたものと遜色がなかった。
 夕食も豪華ではあったがまともな食事をしていなかっただろうスヴェトラーナを気遣う内容で、感謝に堪えなかった。
 エカチェリーナやゴルジェイと旅の話をし、父ボグダノヴィチを想って祈った。
 途中ルカの姿を探すとヴィクトールから他の兵士と労い合っていると聞いたので、後で逢いたいと伝えて貰えるよう頼んだ。
 ルカのことが気がかりだった。早くルカとこの先の話をしたかった。
 エカチェリーナやヴィクトールにもふたりのことを言わなくてはならないのだから、その話しもしたかった。
 エカチェリーナがどう言っても決意は変わらないし、ヴィクトールがルカを叱責して自分が守ると決めていた。

 メイドが寝支度の手伝いをすると言ってきたが、スヴェトラーナは断ってルカが来るのを部屋で待っていた。
 深夜になってもルカが来ないのでスヴェトラーナに不安が襲う。
 ヴィクトールはちゃんと伝えてくれたのだろうか。こんな時間になったからもう来ないのだろうか。
 今すぐルカに逢いたい。顔を見ないと落ち着けない。
 こんなにも不安になるのはあの引っ掛かりのせいだ。
 なにのどこに引っ掛かっているのかはわからないのだが、確実に胸の奥にある。
 ルカがちゃんとこの屋敷にいるのかだけでも知りたい。この不安を消して欲しい。
 スヴェトラーナは居ても立ってもいられずドアに向かった。
 ルカを探しに行こうと思ったのだ。

 ――コンコン

 ノブに手がかかる寸前でドアがノックされた。
 スヴェトラーナは止まらずそのまま手を伸ばしドアを開けると、ノックの一瞬後にドアが開いたことに驚いた顔のルカが立っていた。

「ルカ!」

 咄嗟に抱きついた。
 スヴェトラーナの持つありったけの力でルカにしがみついた。
 ルカもまた、スヴェトラーナを受け止め抱きしめた。

「姫様、ドアの前で待っていてくれたんですか?」
「待っていました。遅いから、来てくれないのかと探しに行くところでした」

 しがみつき不安を訴えるスヴェトラーナを抱きしめる腕を解き、ルカは見下ろして微笑んだ。
 スヴェトラーナが見上げると、今朝と変わらぬ愛しいと伝える仕草で頬を撫でた。
 ルカの指の甲が頬を撫でる仕草は優しくて、スヴェトラーナは小さなため息を吐いてルカに微笑みを返した。
 引っ掛かりを吹き飛ばして欲しい。この不安を消し去ってほしい。
 スヴェトラーナは願うようにルカの目を見つめるのだが、ルカは変わらぬ微笑みのままで口を開いた。

 「姫様。報酬を頂きに来ました」
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