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プロローグ:本日の試食
しおりを挟む「いざ!」
どーん、とおれが出した皿の上には、ホカホカと湯気を立てる親指サイズの物体がある。
刻んだ根菜(らしきもの)と屑肉(のようなもの)を混ぜてこねて香辛料(と勝手に認識しているなにか)をぶっこんで、挽いた穀物の粉を水でこねた皮で包み、ふっかふかに蒸したもの――そう、これは、シューマイだ。
「……あの挽粉を、今度は蒸したのか」
いつも通り陰湿な部屋のど真ん中に鎮座しやがったイケメンは、いつも通り長い足を組んだまま、いつも通り偉そうに目を細める。
おれの料理を胡乱げに見つめるのは、たぶんこの世界でただ一人、こいつだけだ。
「今度は大丈夫だろうな。昨日の焼いた挽粉は固くて食えたもんじゃなかったが」
「謝ったじゃん! バリカタなパン食わせてサーセンでしたって言ったじゃん! 素人にパンとか挑戦させんのがわりーんだっつの。膨らむわけねーっつの。アレは保留、週末にもっかい図書館で酵母の勉強してきます。もういいからさっさと食ってくださいよ。はよ。おれも仕事があんの、はよ!」
「急かすな煩い。これはこの液体に付けて食うのか?」
「……うまい? いける? いけてる?」
イケメンは物を食う動作も様になっていて一々腹が立つが、そんなことに逐一突っかかっていては本当に時間が無くなってしまう。
なんとおれは忙しい。勿論このイケメンも忙しいはずで、その合間をぬった毎日の試食会は、実は結構忙しない。
シューマイもどきを軽く齧ったイケメンは、咀嚼した後にゆっくり飲み込み、残りのシューマイも口に放り入れた。
これはつまり、まずまずうまいってことだ。
にやっと笑ってドヤっと指を立てる。おれのこの仕草が『どうだこのやろう』という意味であることを知っているイケメン野郎は、ものすごく嫌そうに眉を寄せた。
「……まあ、及第点だ」
「うまいってー素直に言ってもいいんすよー黒館様ぁー」
「その呼び方やめろと言ってるだろ。大体お前は――」
ひとこと多い。
そう続く筈だったイケメンの言葉は、耳をつんざくような鐘の音でかき消された。
そうだった。おれもイケメンもそういや忙しいんだった。
ハッと二人同時に多忙さを思い出して、イケメンは残りのシューマイを口に放り込み、おれはさっさと皿を片付ける。館内はもう、バタバタと開店準備に追われる従業員たちで阿鼻叫喚状態だ。
「及第点ってことは、メニューに入れてもオッケーです?」
「大量生産できるならな。メイディーに伝授できるようなら考える。この食い物はまあ、まずくはない、が、生産性が悪そうだ。それと週末は市場に行くから図書館は諦めろ。……ハルイ、扉を足で開けるな、群青たちが真似をする」
「えー。じゃあゼノさま開けてくださいよ。おれ両手塞がってる」
「使用人の分際でおまえ……」
「おれ、ゼノさまの『働くものみな平等』って言葉、好き」
「…………口だけは達者で困る」
はあ、とため息を吐くのもいつものことで、なんだかんだと文句を言いながら扉を開けてくれるのもいつものことだ。
おれは随分とこの世界に慣れた。でも、この人の隣を通りすぎるとき、しれっと心臓の音を誤魔化すことにはまだちょっとだけ、なれていない。
廊下に出たイケメンことゼノさまは、二階の吹き抜けに面した露台に立ち、パン! と一回手を叩く。
「さあ、夕刻の鐘が鳴ったぞ! 準備はいいか、心構えは万全か、部屋は清潔か、身だしなみは完璧か! 隣を見ろ、さあ指を差して隅から隅まで整えろ、無駄な口は噤め、ここから先は客の相手で手一杯だ! 働くものみな平等!」
『勿論完璧です黒館様!』
「その名で呼ぶな馬鹿者どもッ!」
嫌そうに怒鳴るゼノさまに、無駄な笑いがどっと起こる。おれは両手に皿を抱えたまま、笑いの渦の中階段を駆け下りて厨房に向かって走る。
ゼノさまの、でかくて心強い声が、背中をびりびりと叩いた。
「――さあ、今宵も商いをこなすぞ馬鹿ども!」
これがおれの、今世の忙しない人生の日常だ。
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