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戦を呼ぶ少女
しおりを挟む同じころ、マリスフィアの城下では――。
「ねえ、まだ?」
セレナは退屈そうに、肘をつきながら呟いた。
「これだけの人数を連れてきたのはお前だろう。もう……」
アルマダは呆れ声を漏らした。
周囲では、ハンマー支店長以下の商会員たちが忙しく動き、ハイエルフのエリオンや冒険者ギルドのリアナですら、資料を抱えて走り回っている。
皆、出発準備に追われていた。
「わかったよ。ヴェスバスに会いに行こう?」
セレナが口を尖らせて言うと、アルマダは額を押さえた。
――この娘を暇にさせると、ろくなことが起きない。危険だ。
大旅団を率いて移動する準備など、そう簡単に終わるものではないのに。
「誰それ?」
「この土地の持ち主だ。アキラ様の代行として挨拶をして欲しい」
「まあ、そう言うことなら。行くよ、ルナ」
高級な馬車にアルマダとセレナが乗り込み、その周囲を狼たちが静かに取り囲む。
彼らの一歩ごとに、マリスフィアの街道は自然と開けていった。
先頭に立つのは、銀毛の狼・ルナ。
「ワオーン!」
――邪魔だ、どけ。
その咆哮に、群衆が左右に割れた。人々は狼たちの放つ威圧に息を呑み、誰一人として逆らおうとはしない。
やがて、マリスフィア城の門前に辿り着くと、そこではすでに侯都の貴族兵が集結していた。
「何だ! 何だ?」
「おいおい、狼の大群だ! 敵か?」
「戦闘体制だぁ!」
混乱の声が飛び交う中、馬車が砂煙を上げて停止する。
セレナは迷いなく飛び降り、整列しようとしている兵たちをきょろきょろと眺めた。
「着いたんでしょ!」
「待て待て。俺が紹介する。皆、聞け!」
アルマダが一歩前に出て声を張り上げる。
「ここにいるのは、エリシオン国・国王代行のセレナ様だ! ヴァイオレット王女やフェニックス宰相も居られる国だ。失礼の無いように!」
ネグラロサのアルマダの声は大きく、そして何より、この地で彼を知らぬ者はいなかった。
だが――人々の間にざわめきが広がる。
「はっ、聞いたこともない国だな。どうせ魔物の国だろう?」
「ああ、ゴブリンとかオークとなのな」
それは、ごく小さな声。だが、相手は牙狼族。耳の良さは人の比ではない。
セレナは、するりと二人の貴族の前に歩み寄った。
「失礼な奴がいたぞ、アルマダ!」
「はぁ? お前たち、何を言ったんだ?」
「……」
次の瞬間、二人の貴族は地面に崩れ落ちた。
ただ肩がわずかに動いたのが見えただけ。セレナの拳が叩き込まれたことを、誰も理解できなかった。
「自分の言葉に責任を取れない奴らは情け無いな」
「ははは、さあ行こうか!」
アルマダは何事もなかったように案内を続けたが、内心では舌を巻いていた。
――今の一撃、まったく見えなかった。速すぎる。
「入るぞ、ヴェスバス」
扉の向こうでは、ちょうど軍事会議の真っ最中だった。
「待たせられないからな!」
ヴェスバスは顔を上げ、アルマダの後ろに立つ狼族の女性に目を留める。
その瞬間、空気が変わった。圧倒的な気配――戦場に立った者だけが知る“死の覚悟”の匂い。
「ああ、構わない。どうせ碌な案は出て来んよ。会議は中止だ。オタル殿とヤハタ殿以外、全員立ち去れ」
事件の起きないように、侯爵自ら人払いをした。
「あれ? アルマダ、この人、お前より強いな?」
「ははは、そんな訳無いだろう。面白い方だな」
侯爵はごまかし笑いを浮かべるが、セレナはその目で見抜いていた。
「やっぱりか! くそっ! 薄々気づいてたんだ!」
アルマダが悔しげに歯噛みする。
セレナは彼を気にせず、静かにヴェスバスを見つめた。言葉を探すように、少しだけ間を置いてから言う。
「うんとね。このおじさんには覚悟がある。それは……」
「そうだ、死ぬ覚悟だ。この狼人が、エリシオン国の代行様か?」
「そうだ。セレナ様だ。ナタクロス監獄を潰し、悪逆貴族を惨殺し、王都を恐怖に陥れ、セドリック王子をひれ伏させて、王都の獣人族を全員引き連れてここに来た」
信じがたい話。しかし、アルマダがつまらぬ冗談を言う男でないことを、誰もが知っている。
「はあ、あの難攻不落ナタクロス監獄を落とした?」
「大陸一の王国王子をひれ伏させた?」
オタルとヤハタは顔を見合わせた。王都の常識では理解不能な出来事だ。
だがヴェスバスには、目の前の彼女の存在だけで十分だった。言葉ではなく、実力が真実を語っている。
「ははは、よくお越し下さいました。ごゆっくり。獣人族は差別せず受け入れますよ」
「いや、主の元に急いで帰る。国に帰る」
「そこはどこにある? もしウエストグレンから魔物の森の方なら危険だぞ。ゴブリンの大軍が封鎖している。ゴブリンキングがいるかも。そして、更にオークやオーガも後方に」
オタルの忠告は真摯だった。
だが、セレナは一瞬沈黙し、そして腹を抱えて笑った。
「ルナ、楽しい狩りの時間だ」
「どれだけ被害が出るかもしれん。第二王国騎士団は全滅したんだぞ!」
「戦いで死ぬのは、牙狼の本望だ。それに、そんな小物にやられる狼は、狼じゃない」
セレナは、まるで戦を前にした子供のように、嬉しそうに笑った。
その笑みを見て、誰もが理解した。――この女は本物だ。戦の化身、そのものだった。
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