アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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知恵なき者たちの戦場

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「なあ、先鋒はやらせてくれないか?」
 セレナに、ウエスバスは頭を下げた。そして、配下の貴族軍をゴブリン討伐軍として出撃させた。

「ですが、無事では済みませんよ」
ヤハタとオタルの警告に、ウエスバスは静かにうなずく。

「わかっている。無駄死にはさせたくない。だが、痛い目を見ないと理解しない者も多いのだ」

そして翌朝。
討伐軍は、まだ朝靄の残る街道をゆっくりと進軍した。

側面にも前面にも大盾を構え、重装兵を中心とした堅実な陣形だ。歩くよりも遅い、まるで岩塊のような動きで。

「この側面の森から裏を突こう!」
「いや、それはやめろ。それで俺の部下はほとんど死んだ」

マリスフィアの貴族たちも、王都から派遣された冒険者が誰一人帰還していないことを知っていた。

「……ならば、街道を進むしかあるまい」
昼を過ぎたころ、ついに敵の陣地が見えた。
「ここで待機だ」

オタルが指示を出す。
「だが、奴らは寝てるんじゃないのか?」
「一匹も見えんぞ」
「逃げたんじゃないか? 我らマリスフィア侯爵軍に怯えてな!」

風もなく、音もない。あまりの静けさに、オタルすら一瞬、陣を捨てたのかと錯覚した。
「罠を避けつつ前進——」
「待て。まず偵察部隊を出す」
「はっ、臆病者め!」

一番槍の栄光を求め、貴族たちは我先に部隊を突入させた。

その瞬間——森の影から無数の矢が飛び出した。
「矢だ! 盾を上げろ! ……毒矢だ、気をつけろ!」
重装兵たちは辛うじて防ぐ。しかし矢が止む間もなく、柵を突破しようと体当たりを仕掛けた。

「押せ! 柵を倒せ!」
鈍い音を立てて柵が崩れ落ちた——が、次の瞬間、地面が抜けた。

「しまった、落とし穴か!?」
兵たちの足元が崩れ、黒い泥沼に沈みこむ。
それはただの泥ではなかった。黒油だ。

「退却だ——!」
叫びが上がるより早く、ゴブリンたちが火矢を放つ。
炎が走り、黒油が爆ぜた。

地獄の釜が開いたような熱風が兵を包み、鎧が焼け、悲鳴が響く。
生きて帰った者はいなかった。オーク軍が使う残虐な戦法だが、誰もそれを伝える者はいなかったのだ。

ウエスバス軍は初戦で大打撃を受け、陣形を立て直す。
オタルの顔色も蒼白だった。

「知恵も武器も持たないと決めつけていた……完全な誤りだった」

その重苦しい空気の中、ひょいと顔を出したのは一人の少女。
狼の耳を揺らしながら、退屈そうに言った。
「ねえ、もう気が済んだ?」
「おい、人が死んでるんだぞ! なんだその口のきき方は!」

怒鳴りつけた貴族が立ち上がる。
「戦争してるんでしょ。死ぬのが嫌なら、子鬼に支配されなさいよ。少なくとも女は生かしておいてくれるわ」

「貴様、何様のつもりだ!」
オタルが止めるより早く、セレナは二人の貴族を地に叩きつけた。
白目を剥き、泡を吹いて倒れる二人。

「オタル、こいつらを起こせ。ウエスに頼まれて先鋒を譲ってやったんだ。それなのに後退ばかりして……。早く攻めろよ!」

沈黙。
誰も目を合わせない。
「——ルナ」
セレナが名を呼ぶと、どこからともなく狼たちが現れた。

「お前たちは森のゴブリンを狩りなさい。チーム戦よ、競争だ!」
狼たちの雄叫びが戦場を震わせた。
兵もゴブリンも、その声に怯えた。

「迂回作戦ですか?」オタルが問う。
「へへへ、私が獲物を独り占めするからね」
セレナは一人、炎の匂い漂う前線へと歩き出す。

「どっちから行こうかな……。まあ、挨拶代わりに一発、ね」
剣を抜き、天に掲げる。

「破壊剣!」
振り下ろされた刃が、雷のような光を放つ。
大地を這う閃光が、途中の油を引火させ、炎の線を走らせた。

柵が爆ぜ、黒油が燃え上がる。
「ふん、あの監獄の方が頑丈だったな。つまらない」

セレナは眉をひそめた。ゴブリンたちから、反撃の狼煙が上がらないのだ。

「ねえ、オタル。この火、消して!」
「それなら水魔術師を——」
「違う、土魔術師よ! 早く!」
セレナ自身は火の中でも平気だが、装備が煤けるのが嫌だった。

「早くしないと、ルナたちが攻撃を始めちゃう!」
その言葉どおり、森の奥からは狼たちの雄叫びと、悲鳴が混ざった音が響いた。

ゴブリンたちは逃げ惑い、木に登り、次々と狩られていく。
オタルは土魔術師を呼び集め、鎮火作業を始めた。

やがて、空に勝利の遠吠えが響く。
「ワオーン! ワオーン!」
ルナからの報告——森のゴブリンが降伏。さらに、前線の陣地も包囲完了とのこと。セレナは、狩りが上手くなった狼たちの動きに満足した。

「へえ、ゴブリンが降参ね……」
「どうされたんです?」とオタルが問う。
セレナは唇の端を上げた。
「次は水魔術。熱くて歩けないじゃない。それから——攻撃開始!」

「え? セレナ様が行くんじゃ?」
「もう攻撃したでしょ? 今度はお手並み拝見よ。横からの罠ももう無い。安心して行きなさい。私は少し、魔物の森に行ってくるわ」

 彼女の声に、兵たちは一斉に動き出す。侯爵に懇願して出陣して来た以上、このままでは終われない。

——マリスフィア侯爵軍、第二幕の戦いの始まりだった。
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