アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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アルカディア・クロニクル 上

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 アルカディアクロニクルという同人ゲームは、五人の有志によって作成された。
 正確に言えば、当時大学生だったプロデューサーの白洲が、あちこちから引っ張ってきたメンバーで構成された。

 お互いにまったく交流がなく、初めて会う者同士であった。
 白洲は、SNS等を通じて直接コンタクトを取り、ゲーム作成への参加を呼びかけた。

 碧は、いじめに遭い中学の途中から引きこもり始め、高校になってからはまったく学校に行かなくなった。

 唯一の趣味である絵を、たまに描いてはSNSに投稿していた。それほどフォロワーがいるわけでも、投稿数が多いわけでもないが、それをキャラクターデザイナーを探していた白洲が、偶然目にしたのだ。

 SNSで連絡が来た時、もちろん碧は断った。
 暇は腐るほどあるが、まったく知らない怪しい人間と初めての仕事をするほど、勇気があるわけでも、危機感がないわけでもない。

「もちろん、イラストの報酬は払います」
 白洲は、少なくない額を提示してきた。
 彼は金持ちなのだろうと碧は勝手に思っていたが、実際はそうではなかった。碧に支払うため、彼はバイトを余分に入れていたらしい。

 彼は、アポも取らずに、碧の住んでいる九州の田舎まで訪ねてきた。
「たまたま、用事で近くに寄ったから」
 そう言ったが、そんな嘘はすぐに分かった。

 仕方なく、近くのファミリーレストランで会うことになった。行かなければ、家に乗り込んで来そうな勢いだった。
 碧は、緊張で足だけでなく全身が震えていた。

 これ以上関わり合いになりたくなくて、断るために久しぶりに外出した。
 ただ、姿見は何度も確認し、髪型を整えた。

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。
 怒らせて帰ってしまったらどうしようという焦る気持ちと、これで諦めてくれたら穏やかな生活に戻れるのに、という気持ちがせめぎ合っていた。

 いつもなら考えるであろう、まだその場にいて、会った瞬間に怒鳴り散らされたらどうしよう、ということは考えられなかった。

「碧さんですね」
 ファミリーレストランの窓際の席にいた彼は、立ち上がり、笑顔で手を振った。
「会いたかったです」

 白洲はキャリングケースを開けると、山のような資料を取り出し、話を始めた。
 彼の鞄には、PCと資料以外の物は何も入っていなかった。

「とりあえず、飲み物を頼んでもいいですか」
 碧は必死に、蚊の鳴くような声を上げた。
 碧は九州の田舎に住んでいたため、直接会うことはほとんどなく、打ち合わせはWeb会議が中心だった。そこで初めて、他のメンバーを見た。

 一度、どのような基準で選んだのか、と碧は白洲に聞いたことがある。
「勘だよ」
 彼はそう答えて微笑んだ。

 碧が怪訝な顔をすると、白洲は照れたように頭を掻きながら、
「碧の絵、好きなんだ」
 と言い直した。

 彼の作ろうと考えていたゲームは、同人ゲーム制作という規模の壁を、AIを活用することで克服しようとするものだった。

「大丈夫だよ、赤目がいる」
 白洲は自信満々に答えた。
 赤目は天才だった。
 ただ、一番の不幸は、白洲の幼馴染だったことだ。

 ゲームシステムは特殊だったが、ほとんど丸投げされていた。
 その反面、シナリオやキャラクターについては白洲に強いこだわりがあるらしく、何度もリテークを出してくる。

 翠と碧、それと玄の三人で作るデザインチームの部屋では、いつも白洲の悪口大会だったが、本心で言っている人間はいなかった。


 碧に、メールが届いた。
「晶がいる」
 その一文とともに、アルカディアクロニクルのURLが貼られていた。
 差出人は、玄だった。

「何を言っているの?」
 すぐに返信したが、その後、返事はなかった。
 碧から見て、玄は嘘をつくタイプではない。

 いわゆる職人気質で、頑固親父、そして極度のコミュ障。翠と同じだ。
 挨拶もなく、自分の名前すら書かない。これは、まさしく彼からだろう。

 こんな冗談、誰も喜ばない。
「似たキャラクターを見た」などと書くなら、そう書くだろうし、そんなことで連絡を入れるタイプでもない。

 そう考えると、居ても立ってもいられなくなり、玄に電話をしたが繋がらなかった。
 仕方なく、赤目にメールをした。

 あの人なら、URLを見ただけで分かるだろう。碧がリンクにアクセスすればいいだけの話だが、恐怖を感じていて出来なかった。
 すぐに、赤目から返事が来た。

「これは、アルカディアクロニクルへの入り口で間違いない。誰にも教えていないはずなんだが」
「秘密だったの?」
 碧は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「訊かれたら、教えるつもりだった。これは五人のものだから」
「翠にも訊かれたの?」
「ああ、ものすごい勢いでね。今にして思えば」

「美人薄命」
 だが、その言葉には、現実世界の厳しさを表す響きも、赤目の覚めた考えもこもっていなかった。

 むしろ、羨ましそうな声だった。
「抜け駆けされました」
「まあ、私もしたことあったし」

 赤目は笑った。
 彼のいるゲーム世界に、翠は飛び込んだ。という事実。

 碧は、今、画面越しに晶と旅をしている。
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