アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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牙狼族の旅人

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 目的地は、教えてもらった美味しいお店。そこは、大通りを一本裏手に入った、歴史を感じさせる古びたカフェだった。

「あれ? 想像と違う……」
 セレナは目を瞬かせた。もっと豪華で煌びやかなレストランを思い描いていたのだ。だが、漂ってくる香ばしい肉の香りは、確かに彼女の好みにぴったりだった。

「こんばんはー」
 店の引き戸を開けると、カウンターの向こうから、狼人族の女の子供が明るい声で返してきた。
「いらっしゃいませ! 満席です。少々お待ちください!」
 人気店のようだった。ルナは待てるだろうか。入り口で立ち止まり、どうしようかと迷っていたそのとき――

「ははっ、来たね!」
 奥の窓際から、手を振る男がいた。この店を教えてくれた例の商人だ。
「ここ、ここ。ここのハンバーグは絶品だよ。高級なレストランなんかじゃ、落ち着いて味わえないからね。こっちの席、ちょうど空いてる」
 彼の前には、ハンバーグにステーキ、たっぷりのサラダとパン、そしてスープと赤ワインが並んでいた。

「ふむふむ」
 セレナの鼻がひくひくと動く。好奇心が刺激されたらしい。キッチンに駆け込みたい衝動をこらえて、ルナの首元を撫でる。

「じゃあ、ご一緒しまーす」
 そう言って、セレナは空いていた向かいの席に腰を下ろした。ルナもその隣の足元に腰を下ろした。
「ご注文は?」
 さきほどの狼人族の子供がメモを片手に尋ねてくる。
「これと同じものを二つ。それと、この子にステーキ前の肉を三枚」
「ワオーン」
 ルナが一声、足りないと抗議する。

「……すみません、五枚で」
 少女は目を丸くしながらも、メモを取り、「お待ちください」と厨房へ駆けていった。
「あらためて、俺はディル。食料を扱ってる商人さ。この店はあの子の父親がやってるんだ。気難しい店主なんだけど、なんとか取引できてるんだ」
 軽く事情を語りながら、ディルは改めてセレナとルナを観察していた。

「君たち、旅の途中なんだね?」
「うん、セレナ。そして、この子はルナ。ふたり旅よ」
 豪奢な細工の剣を腰に下げ、金貨を惜しげもなく使う少女と、おどけた狼。正体の見えないふたりに、ディルはますます興味を深めていた。

「……で、旅の目的は――」
 聞きかけたそのとき、料理が運ばれてきて、話は中断された。
「うわ、いい匂い……このソースが決め手だなぁ。パンも美味しそう」
 セレナはスープを味わいながら、ルナの様子を確認する。黒狼は肉にしか興味がないようで、黙々と分厚い肉を平らげていた。
 その様子をじっと見つめていたのは、先ほどの狼人族の子供だった。気づいたセレナが、くすっと笑ってその子をひょいと持ち上げる。

「怖くないよ。みんな、乗ってるから」
 子供は恐る恐る、ルナの背に乗せられ、もふもふとした色艶の良い毛にそっと手を置いた。だがルナは無反応のまま、肉を咀嚼し続ける。
「気持ちいいでしょ?」
 セレナが笑って言うと、少女の母親が厨房の奥から顔を出し、ルナの姿を見て――その場で固まった。

 次の瞬間、弾かれたように厨房へ引っ込んでいった。慌ただしい気配と低い声が店の奥に走る。
 その直後、厨房の出入り口から、店主が姿を現す。無骨な体に白いコック服。歩みは重く、目を細めながらこちらへ近づいてきた。

 やがて彼の視線が、セレナの腰にある剣の柄へと移る。
 そこには――牙狼族の紋章。狼人族の間で伝説とされる、古き血の証。

「……その紋章……牙狼の……」
 低く、呻くような声が漏れる。目が見開かれ、次いでルナの首元――そこにも同じ印。店主の顔に、はっきりとした理解の色が浮かぶ。
「まさか……本物……」
 一拍の静寂。
 その後、彼はまっすぐ背を正し、セレナの前に立つと、拳を胸に当て、深々と頭を垂れた。

「ご無礼をいたしました。牙狼族の御方……ようこそお越しくださいました。ああ、ナナ、そんなところに……早く降りなさい!」
「構わないわよ。私が載せたんだから。それにルナは子供が好きなの! それより食事のあとで、料理を教えて!」

「喜んで! ……色々と、我が家の、一生の誇りになります……! ディルありがとう!」
 その光景に、ディルがぽかんと口を開ける。セレナと店主とのやり取りの意味が、急速に頭の中で繋がっていく。
「え? なんだって? 君、なんで店主がそんな態度を……?」
 セレナは肩をすくめ、にっこりと笑った。けれどその笑顔は、どこか底知れぬ光を帯びていた。

「私はセレナ。ただの牙狼族の旅人」
 店主は再び深く頭を垂れ、静かに厨房へ戻っていった。居合わせた客のざわめきと視線が、彼女たちに集まっていく。
「……牙狼族……本物……?」
 誰かが呟く。
 ディルの視線もまた、目の前の少女に釘付けだった。

 笑顔でスープをすするセレナ。その姿が、ただの旅人とは思えないほど――伝説の輪郭を帯びて、彼の目に映っていた。
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