アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

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セレナのネグロクサ訪問

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 セレナは食事を終えると、厨房に顔を出して料理を習い、狼人族の店主からレシピと細かなコツまで教わった。

「これで、きっとアキラも喜ぶ!」
 にっこりと笑ってお礼を言い、店を後にする。狼人族の一家が、誇らしげに彼女を見送ってくれた。

「またぜひ、お越しください!」
 声を背に受けながら、セレナはそっと息を整える。
「さて――見張ってた奴らのアジトに、乗り込もうか」
「ワオーン!」

 ルナが鼻を鳴らし、意気揚々と先を歩く。満腹でご機嫌なうえに、暴れる理由まである。どうやらルナにとっても、今夜は退屈しない夜になりそうだった。

 二人が向かうのは、王都の貧民街。そのさらに奥。ひとけもなく、路地の先からは、風とともに錆の匂いが漂ってくる。

 途中、道をふさぐように現れた盗賊たちは、ルナの鋭い視線と唸り声だけで、一撃も交えぬまま散っていった。

「……まずいな。気づかれたか。でも――まあいいか」
 いずれにせよ、行き着く場所は同じ。ならば、勢いを削がれる必要もない。

 大きな倉庫の前に立ち、セレナは中の気配を探る。扉の向こうには、人間の存在が十を超えていた。ただし――峠で感じた、あの圧倒的な気配はなかった。

「でも気は抜かないでね。まずくなったら、即撤退だよ」
 ルナに一言、注意を促す。彼女も真剣な目で頷いた。
 セレナは錆びついた重厚な扉に手をかけ、両腕に力を込めた。

 ――ガタガタガタ。
 金属が軋み、重い音が静寂を破る。塵が舞い、古びた空気が漏れ出した。
「こんばんは!」
 朗らかな声が、暗がりに響く。

 倉庫の中では、十名以上の男たちが思い思いにくつろいでいた。古びたソファに腰を下ろし、テーブルには酒瓶と食べかけの料理。完全に油断しきった空気だ。

「……え?」
 声に気づき、数人が立ち上がる。
 その顔ぶれは、見覚えのある者ばかりだった。セレナを尾けていた連中だ。

「ねえ、夜は誰も私のこと、見張ってなかったよね? 大丈夫なのかなって、ちょっと心配になっちゃって。だから……こっちから来てあげたよ」

 セレナは無邪気な笑みを浮かべながら、少しだけ挑発的に言った。
「お、おいおい……嬢ちゃん。勝手に入って来られちゃ、困るな」
「ふうん。私、ただ“落とし物”を届けに来ただけなんだけど。ほら、これ。大事な服でしょ?」

 彼女はリュックから、あの老人が脱ぎ捨てて逃げた服を取り出し、そっと投げて寄こした。
 老人は渋々それを拾い上げ、眉をひそめながら袖を戻す。

 そのとき、ひとりの大男が前に出てきた。図体は大きく、威圧感もあるが、敵意の気配はない。ただ、どこか優しそうな目をしていた。

「……やはり牙狼族か。わしの名はハンマー。ネグラロサ商会、王都支店長をしている」
「私はセレナ。で――あの、もっと大きくて、強そうなおじさんは?」
「俺より大きい……はっはっはっ。アルマダ副商会長のことだな?」
「不機嫌そうな顔で、豪華な馬車に乗って、自分は偉いって感じの人」

 一瞬の沈黙が落ちたあと――場の空気が一変した。
 張りつめていた緊張が弾け、男たちは我慢しきれず笑い出す。
「ああ、間違いない。直接話してもらおう」
「……親分、勝手に話を進めて大丈夫ですか?」
「いや、本気で隠れられたら、俺たちじゃ追えねぇ。だったら、ここで話してもらったほうが早い。誰か、アルマダ様に連絡を繋げ」
 そのやりとりを背に、ルナが低く唸りながら前のめりの姿勢をとる。

 肩の筋肉が盛り上がり、爪を軽く地面に立てる仕草――どうやら、笑いが終わったら戦いが始まると信じて疑っていないらしい。


「何の用だ!」
不機嫌な声が、通信機の魔道具だろうものから聞こえてくる。きっと、アルマダの声だ。威圧感が半端なく、その場にいる男たちが一斉に萎縮した。

「おじさん、私に用ってなぁに?」セレナが叫ぶ。
「はぁ、あの狼娘か?」
「はい、尋ねてきました」ハンマーが平然と答える。
「何を勝手なことをやってるんだ!」

怒声と共に、何かを殴りつける音が響いた。機嫌がすこぶる悪いらしい。

「もう、喧嘩は後にしてってば! 用がないなら帰るよっ」セレナは踵を返そうとする。

「待て待て。アルマダ様、この娘、牙狼族だそうですよ。それに、ここで話さないと我々では捕まえられません」

ハンマーは冷静に言った。さすがは王都の支店長。

「……そうか。俺は、ネグロクサのアルマダだ。聞きたいことは、二つ、いや、三つだ。教えてくれたら恩にきる」
「何が聞きたいの?」

セレナが戦闘体勢に入ると、それを見たハンマーたちも慌てて武器を手に取る。
「お前、ヴァイオレット王女の行方を知ってるか?」
「何? 誘拐でもしようとしてるの?」
質問に質問で返した。

「そうか、そうだな。疑うのも無理はない。俺たちは海賊だ。嘘はつかん。王女を守ろうとしてる。王女の母親との約束だ」

アルマダは、はっきりとそう答えた。
「ふうん……」

セレナはどう答えたものかと迷っていたが、ルナが突如叫んだ。
「ワオーン!」
「あ? 答えちゃ駄目!」

セレナは慌ててルナの口をふさぐ。ルナの言葉なんてセレナにしか分からないのだが……。
(『ヴァイオレットに高級干し肉をもらったことがあるよ!』)

「ほぉ、頭が良い。さすが牙狼族の守護獣だな」
 アルマダは、作戦を変えたようだ。セレナたちを褒めて機嫌をとる方針にしたのだ。さすが、元・世界一の商人である。だいたい狼の言葉などわからない。

「え? わかるの? でも、おしゃべりだからなぁ……」
「そうだ、お嬢ちゃん、甘いものは交渉の基本だ。王都名物、用意させよう! ハンマー、すぐに準備しろ!」

――その一言に、セレナの耳がピクリと動く。
(甘いもの……! ずっと食べたかったやつ!)

 食べれると思ったが、ずっと空振していた。ついに、セレナの我慢の限界が来た。
「食べるっ!!」
 その勢いのまま、倉庫の奥に設えられた高級な椅子に飛び乗る。ルナも当然のように隣へ。

 男たちが有名菓子屋と食肉店を叩き起こして用意させた豪華なケーキに、セレナは目を輝かせた。

 ルナは高級干し肉をもらってしっぽを振っている。

 例の老人が、美味しい紅茶を淹れる特技を持っており、セレナはすっかりご機嫌だった。
「それで、ヴァイオレット王女は?」
「ふふふ、仕方ない。教えてあげよう。私が助けたんだぞ!」
「そうなのか、ありがとう。それで今どこに?」

「あ! 秘密だった。でも、安全な場所にいるよ。ごちそうさまっ。ルナ、帰るよ!」

 セレナはケーキの最後のひとかけらを頬張ると、勢いよく立ち上がって走り出した。

 ハンマーは呆気にとられ、アルマダも通信機の向こう口であんぐりしていた。

 そして、頭を抱える者がもう一人――いや、もう一柱。ラピスだった。

「……気づくのが遅かった。アキラとのお喋りが楽しすぎたなんて、言い訳にもならないな。さっき釘を刺しておくんだった……」
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