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魔女セツハ
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クロガミは、大森林の北端、そびえ立つ塔の最上層で、大魔女セツハと対面していた。
「それで、お話というのは?」
セツハが慎重に言葉を選ぶと、クロガミは笑みを含んで応じた。
「ああ。そろそろ、お前にも戦いの地に赴いてもらえないかと思ってな。直接話に来たんだ」
「……ご存知でしょう。この魔物の森から、外に出るのは容易ではありません」
塔をも超える雪山が、北方を塞いでいる。その山脈は大地を二分し、この北東の地と、ハイエルフたちの住む北西の地すら分断している。
セツハは窓の外、遠く連なる白銀の峰を一瞥した。
「まあ、そんなに身構えるな、セツハ。それより……いつの間にあれほど人を従えるようになった?」
塔の麓には、小さな城下町のように、整然と家々が並んでいる。
「勝手に住み着いただけです。しかも、人族以外の者ばかり。私は――何も命じていません」
「彼らを戦に駆り出すつもりはありません」
セツハは静かに、けれどはっきりと告げた。クロガミが、わざとその話題を出したことは承知の上で。
「ははは。あんな連中に期待はしておらん。お前に、指揮を取ってほしいと思っただけだ」
「ならば、ヴァルミラにでも任せれば? 死者が増えるほど、あの女は喜ぶでしょう」
クロガミは軽く首を振った。
「近いうちに、この魔物の森と人族の地が繋がる。知ってのとおり、一箇所はすでに開いた。そして……もう一箇所も開く」
「……まさか、この地と?」
セツハの声が、わずかに震えた。
この地をアルカディアのようにしたいのか――冷酷と謳われた魔女が、ただの人に情けをかけてしまう。
「安心しろ。それは無い。開くとしたら南東だ」
「……あそこには、リザードマンや野獣の魔物が多く棲んでいたはず。露払いには……確かに適任かと。そして東方のグリフィンやドラゴンも、そこから侵攻させる……と」
「そう。その総大将に、お前を任じたい」
セツハは視線を落とし、しばし沈黙する。
「……ですが」
「一つ面白い話をしよう。ラピスが……降臨しておる。外に出れば、会えるかもしれんぞ?」
「……ほんとう、ですか? ラピス様が……? たった一言でも、お声を聞けるのなら……!」
冷酷さなど微塵も残っていなかった。
ヴァルミラにしろセツハにしろ――彼女たちは、自らの姿を“デザイン”した存在であるラピスに、クロガミよりも深い敬意を抱いている節がある。困ったもんだ。
だが、脳筋揃いの魔物陣営の中では、セツハは数少ない知恵者。どうしても働いてもらわねばならない。
「じゃあ、任せたぞ。準備は、こちらで整えておく」
※
ウエストグレンは緊張に包まれていた。そこの中心的な役割を果たしていた鉱山は既に閉山し、新たな町の主となった商会連合も、夜逃げをするように王都に引き上げてしまったのだ。
「マリスフィアか、王都か、どちらかに行くのなら連れてってやる。これが最後の機会だぞ!」
物流を担っているのは、ネグラロサだが、そこに商人の雰囲気は、既に無い。
彼らの多くは大陸各地からやってきて、魔物の森へと消えていく。
ケイオスは、マリスフィアに。ハートフェルトは、王都に本拠地を移している。ダリオスからの指示だった。
「これだけの人と物が、行き場もなく、ウエストグレンに取り残されています」
「金は渡したろ。どうした?」
ネグラロサのコールは、町長に怒こっている。
「ダリオスがいれば、何とかなったでしょうが……わしのいうことを信じてくれませんので」
「ふむ……いつ魔物が攻めてくるかわからんのだがな」
コールは、多忙なダリオスを呼ぶのは気が引けたが、それしか手がない。リストの中には、孤児院や老人宅があったからだ。
「もちろん、喜んで行きます」
その日のうちに、ダリオスはウエストグレンにやってきて、一軒ずつ回って説得した。
「ダリオスが言うのなら」
「ええ、ですが私と行くところは、特殊なところですよ」
「楽しみですね」
ダリオスのことを信じている彼らは、疑うどころか、喜んでいるのだ。
「なんだ、ダリオス。ここにいる方が笑顔だな?」
揶揄うコールに、思わず本音を漏らした。
「当たり前だ。フェニックスさんやアルマダさんたちを相手に仕事をしてるんだぞ。休まる時間が無いんだぞ。アキラさんも仕事振ってくるし……」
「ああ、一人でも大変だからな」
コールは思わず同情して呟いた。
「少し、俺の家に帰っていいか。少し荷物を取って来たくて」
「大概のものならわざわざ取りに行かなくても新品があるぞ!」
「いや……」
コールは事情を察して、それ以上何も言わなかった。
ダリオスが残っていた人々に語ったウエストグレンでの魔物の脅威――それは実体験であり、彼の悲しい過去のことだったからだ。それは、別の場所でのコールの過去でもあった。
「そろそろ、最後の船を出す。急げ!」
鉱山や建物を爆弾によって崩落させた。魔物たちに使われぬように。
そして、ウエストグレンには人は誰もいなくなった。
魔道船は、魔物の森の川を縫うようにして静かに進む。多くの移民を乗せて――
そして、やがて彼らは辿り着く。三色旗が揺れる、あの塔のもとへ。
「それで、お話というのは?」
セツハが慎重に言葉を選ぶと、クロガミは笑みを含んで応じた。
「ああ。そろそろ、お前にも戦いの地に赴いてもらえないかと思ってな。直接話に来たんだ」
「……ご存知でしょう。この魔物の森から、外に出るのは容易ではありません」
塔をも超える雪山が、北方を塞いでいる。その山脈は大地を二分し、この北東の地と、ハイエルフたちの住む北西の地すら分断している。
セツハは窓の外、遠く連なる白銀の峰を一瞥した。
「まあ、そんなに身構えるな、セツハ。それより……いつの間にあれほど人を従えるようになった?」
塔の麓には、小さな城下町のように、整然と家々が並んでいる。
「勝手に住み着いただけです。しかも、人族以外の者ばかり。私は――何も命じていません」
「彼らを戦に駆り出すつもりはありません」
セツハは静かに、けれどはっきりと告げた。クロガミが、わざとその話題を出したことは承知の上で。
「ははは。あんな連中に期待はしておらん。お前に、指揮を取ってほしいと思っただけだ」
「ならば、ヴァルミラにでも任せれば? 死者が増えるほど、あの女は喜ぶでしょう」
クロガミは軽く首を振った。
「近いうちに、この魔物の森と人族の地が繋がる。知ってのとおり、一箇所はすでに開いた。そして……もう一箇所も開く」
「……まさか、この地と?」
セツハの声が、わずかに震えた。
この地をアルカディアのようにしたいのか――冷酷と謳われた魔女が、ただの人に情けをかけてしまう。
「安心しろ。それは無い。開くとしたら南東だ」
「……あそこには、リザードマンや野獣の魔物が多く棲んでいたはず。露払いには……確かに適任かと。そして東方のグリフィンやドラゴンも、そこから侵攻させる……と」
「そう。その総大将に、お前を任じたい」
セツハは視線を落とし、しばし沈黙する。
「……ですが」
「一つ面白い話をしよう。ラピスが……降臨しておる。外に出れば、会えるかもしれんぞ?」
「……ほんとう、ですか? ラピス様が……? たった一言でも、お声を聞けるのなら……!」
冷酷さなど微塵も残っていなかった。
ヴァルミラにしろセツハにしろ――彼女たちは、自らの姿を“デザイン”した存在であるラピスに、クロガミよりも深い敬意を抱いている節がある。困ったもんだ。
だが、脳筋揃いの魔物陣営の中では、セツハは数少ない知恵者。どうしても働いてもらわねばならない。
「じゃあ、任せたぞ。準備は、こちらで整えておく」
※
ウエストグレンは緊張に包まれていた。そこの中心的な役割を果たしていた鉱山は既に閉山し、新たな町の主となった商会連合も、夜逃げをするように王都に引き上げてしまったのだ。
「マリスフィアか、王都か、どちらかに行くのなら連れてってやる。これが最後の機会だぞ!」
物流を担っているのは、ネグラロサだが、そこに商人の雰囲気は、既に無い。
彼らの多くは大陸各地からやってきて、魔物の森へと消えていく。
ケイオスは、マリスフィアに。ハートフェルトは、王都に本拠地を移している。ダリオスからの指示だった。
「これだけの人と物が、行き場もなく、ウエストグレンに取り残されています」
「金は渡したろ。どうした?」
ネグラロサのコールは、町長に怒こっている。
「ダリオスがいれば、何とかなったでしょうが……わしのいうことを信じてくれませんので」
「ふむ……いつ魔物が攻めてくるかわからんのだがな」
コールは、多忙なダリオスを呼ぶのは気が引けたが、それしか手がない。リストの中には、孤児院や老人宅があったからだ。
「もちろん、喜んで行きます」
その日のうちに、ダリオスはウエストグレンにやってきて、一軒ずつ回って説得した。
「ダリオスが言うのなら」
「ええ、ですが私と行くところは、特殊なところですよ」
「楽しみですね」
ダリオスのことを信じている彼らは、疑うどころか、喜んでいるのだ。
「なんだ、ダリオス。ここにいる方が笑顔だな?」
揶揄うコールに、思わず本音を漏らした。
「当たり前だ。フェニックスさんやアルマダさんたちを相手に仕事をしてるんだぞ。休まる時間が無いんだぞ。アキラさんも仕事振ってくるし……」
「ああ、一人でも大変だからな」
コールは思わず同情して呟いた。
「少し、俺の家に帰っていいか。少し荷物を取って来たくて」
「大概のものならわざわざ取りに行かなくても新品があるぞ!」
「いや……」
コールは事情を察して、それ以上何も言わなかった。
ダリオスが残っていた人々に語ったウエストグレンでの魔物の脅威――それは実体験であり、彼の悲しい過去のことだったからだ。それは、別の場所でのコールの過去でもあった。
「そろそろ、最後の船を出す。急げ!」
鉱山や建物を爆弾によって崩落させた。魔物たちに使われぬように。
そして、ウエストグレンには人は誰もいなくなった。
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