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マリスフィア
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マリスフィア侯爵領の領都へと至る幹線街道には、魔物避けとして設けられた巨大な関門がある。
その防衛を担っているのは、第二王国騎士団のヤハタ分隊だった。というより、彼らしかいなかった。他の部隊は手を貸すどころか、連絡すらよこしてこない。
セーヴァスの冒険者ギルドからは、腕利きと評された冒険者パーティが何組も魔物討伐に向かったが、誰一人として戻らなかった。
その噂は瞬く間に広まり、街には戦意のかけらもない静けさが広がった。
「魔物が目前に迫ってるってのに……呑気にもほどがある」
ヤハタは歯を噛み締めながら、何度も各地に陳情に赴いた。だがどこも門前払いだった。相手にされていないのは明白だった。
そうしているうちに、王都との商流は完全に止まり、街道を往来する者の姿も見えなくなった。
――ただ、一つの例外を除いて。
「通るぞ」
その一言とともに、門が開かれる。異様なことに、たった一つの商会だけが、何事もなかったかのように行き来していたのだ。
その名は、ネグラロサ商会。
「規律が守られないなら、強行手段を取るまでです」
最初に関門を突破された時、ヤハタは司令部へ即時報告を上げた。首脳陣はそれを承認したはずだった。
だが、すぐに上から「ネグラロサには干渉するな」との指示が下された。
「大金を積んだらしいな……何考えてるんだ。死にに行く気か……」
ネグラロサの荷馬車は、日々現れては荷物を山のように積み出て行った。まるで、大陸中から物資を買い集めているかのようだった。
その一方で、鉱山の町・ウエストグレンからは、次々と難民が流入してきた。
「もう、あの町には誰も残っちゃいないよ。鉱山も、いや……町自体が跡形もねぇ」
「誰にだ? 魔物か?」
難民から話を聞き出そうとしたが、具体的な事情を知る者はいなかった。ただ一様に口を揃えて言うのだ。
――ウエストグレンを破壊したのは、ネグラロサだと。
「でもな、家も土地も、奴らが買ってくれたんだ。評価額の何倍も出してな」
そんな中、さらに新たな難民がやって来た。
「これで……もう、ウエストグレンには人は一人も残ってない」
そう報告したのは、ケイオスという名の商人だった。
「お前、ネグラロサの狙いを知っているのか?」
「さあな。ただ、一つだけ言えるのは――彼らは、自分たちの町を自分で捨てた。……あれは、決意の現れだ」
「……どういう意味だ?」
問い詰めても、ケイオスは困ったように笑うだけで、それ以上の言葉は返ってこなかった。
「この状況……上に報告せねば」
ヤハタはただちに、王国第二騎士団の本隊を率いる副団長のもとへ向かった。
*
「またお前か……」
副団長の隣にいたエドガー王子が、あからさまに不機嫌な顔を見せた。だがヤハタは構わず、ウエストグレンの状況を詳細に伝える。
「もはや……引き上げるべきでは?」
エドガーは、長引く遠征に明らかに疲弊していた。ヴァイオレット王女の行方も依然不明で、捜索の手がかりも皆無だった。
「魔物にやられたと考えるのが自然でしょうな」
副団長の冷静な口調に、エドガーは頷いた。
「よし、いったん王都へ戻ろう。マリスフィア侯爵に告げねばな」
*
マリスフィア侯爵の館。
「ま、待ってくれ! 困る、それは困ります!」
通告を受けた侯爵は、顔面蒼白になった。まるで、死刑宣告を受けたかのように。
「王女が生きている可能性など……限りなく低い。魔物の森に捜索に出るのか?」
「ええ、是非とも」
「……そうだな。お前がそこまで言うなら、見捨てるわけにもいくまい。冒険者ギルドに捜索を依頼しよう」
「ありがとうございます」
侯爵は礼を言ったが、内心では実現不可能だと知っていた。すでにヤハタが、破格の条件で門番の依頼を出しているが、応募はゼロだったのだ。
本来なら、侯爵領の私兵、もしくは傘下の貴族たちの兵を動かすべきだった。
だが、それはできない事情がある。
「奴らにこの件がばれたら……終わりだ」
侯爵を自称してはいるが、彼は実の父から正式に地位を継承したわけではない。密かに父を幽閉し、数少ない協力貴族と共に政権を乗っ取った立場だった。
さらに、下手に動けば「ヴァイオレット王女の命はない」と父を脅していた。
「……エドガー王子について逃げるしかない」
侯爵はそう結論づけた。最悪の事態を避けるためには、それしかなかった。
*
港町の海辺、高級宿の一室。
療養中のオタルが窓から外を眺めていた。港に浮かぶ小舟と、遥か沖合にぽつりと浮かぶ孤島が見える。潮の匂いが、静かに部屋に満ちていた。
「ヤハタ、それは本当なのか?」
オタルの問いに、ヤハタはうなずいた。
「はい。間違いありません。もう、あなたしか頼れる者がいません。防衛網の再構築をお手伝い下さい」
「……休養は、ここまでのようだな」
オタルは静かに立ち上がり、戦闘服へと着替えを始める。剣を探して、ふと手を止めた。
「武器がないな。悪いが、買いに行く。この町で一番の武器屋はどこだ?」
宿の主人は即座に答えた。
「オタル様。この地は、大陸最大の商会――ネグラロサ商会の発祥地です。本当に良い品をお求めなら、あちらへ」
「……解散したと聞いていたが。他の商会に吸収されたのでは?」
問いかけに、宿主はかすかに微笑んで首を振る。
「この坂を下った先に、本店がございます。行ってみてください。……きっと、お受け入れいただけるはずです」
その防衛を担っているのは、第二王国騎士団のヤハタ分隊だった。というより、彼らしかいなかった。他の部隊は手を貸すどころか、連絡すらよこしてこない。
セーヴァスの冒険者ギルドからは、腕利きと評された冒険者パーティが何組も魔物討伐に向かったが、誰一人として戻らなかった。
その噂は瞬く間に広まり、街には戦意のかけらもない静けさが広がった。
「魔物が目前に迫ってるってのに……呑気にもほどがある」
ヤハタは歯を噛み締めながら、何度も各地に陳情に赴いた。だがどこも門前払いだった。相手にされていないのは明白だった。
そうしているうちに、王都との商流は完全に止まり、街道を往来する者の姿も見えなくなった。
――ただ、一つの例外を除いて。
「通るぞ」
その一言とともに、門が開かれる。異様なことに、たった一つの商会だけが、何事もなかったかのように行き来していたのだ。
その名は、ネグラロサ商会。
「規律が守られないなら、強行手段を取るまでです」
最初に関門を突破された時、ヤハタは司令部へ即時報告を上げた。首脳陣はそれを承認したはずだった。
だが、すぐに上から「ネグラロサには干渉するな」との指示が下された。
「大金を積んだらしいな……何考えてるんだ。死にに行く気か……」
ネグラロサの荷馬車は、日々現れては荷物を山のように積み出て行った。まるで、大陸中から物資を買い集めているかのようだった。
その一方で、鉱山の町・ウエストグレンからは、次々と難民が流入してきた。
「もう、あの町には誰も残っちゃいないよ。鉱山も、いや……町自体が跡形もねぇ」
「誰にだ? 魔物か?」
難民から話を聞き出そうとしたが、具体的な事情を知る者はいなかった。ただ一様に口を揃えて言うのだ。
――ウエストグレンを破壊したのは、ネグラロサだと。
「でもな、家も土地も、奴らが買ってくれたんだ。評価額の何倍も出してな」
そんな中、さらに新たな難民がやって来た。
「これで……もう、ウエストグレンには人は一人も残ってない」
そう報告したのは、ケイオスという名の商人だった。
「お前、ネグラロサの狙いを知っているのか?」
「さあな。ただ、一つだけ言えるのは――彼らは、自分たちの町を自分で捨てた。……あれは、決意の現れだ」
「……どういう意味だ?」
問い詰めても、ケイオスは困ったように笑うだけで、それ以上の言葉は返ってこなかった。
「この状況……上に報告せねば」
ヤハタはただちに、王国第二騎士団の本隊を率いる副団長のもとへ向かった。
*
「またお前か……」
副団長の隣にいたエドガー王子が、あからさまに不機嫌な顔を見せた。だがヤハタは構わず、ウエストグレンの状況を詳細に伝える。
「もはや……引き上げるべきでは?」
エドガーは、長引く遠征に明らかに疲弊していた。ヴァイオレット王女の行方も依然不明で、捜索の手がかりも皆無だった。
「魔物にやられたと考えるのが自然でしょうな」
副団長の冷静な口調に、エドガーは頷いた。
「よし、いったん王都へ戻ろう。マリスフィア侯爵に告げねばな」
*
マリスフィア侯爵の館。
「ま、待ってくれ! 困る、それは困ります!」
通告を受けた侯爵は、顔面蒼白になった。まるで、死刑宣告を受けたかのように。
「王女が生きている可能性など……限りなく低い。魔物の森に捜索に出るのか?」
「ええ、是非とも」
「……そうだな。お前がそこまで言うなら、見捨てるわけにもいくまい。冒険者ギルドに捜索を依頼しよう」
「ありがとうございます」
侯爵は礼を言ったが、内心では実現不可能だと知っていた。すでにヤハタが、破格の条件で門番の依頼を出しているが、応募はゼロだったのだ。
本来なら、侯爵領の私兵、もしくは傘下の貴族たちの兵を動かすべきだった。
だが、それはできない事情がある。
「奴らにこの件がばれたら……終わりだ」
侯爵を自称してはいるが、彼は実の父から正式に地位を継承したわけではない。密かに父を幽閉し、数少ない協力貴族と共に政権を乗っ取った立場だった。
さらに、下手に動けば「ヴァイオレット王女の命はない」と父を脅していた。
「……エドガー王子について逃げるしかない」
侯爵はそう結論づけた。最悪の事態を避けるためには、それしかなかった。
*
港町の海辺、高級宿の一室。
療養中のオタルが窓から外を眺めていた。港に浮かぶ小舟と、遥か沖合にぽつりと浮かぶ孤島が見える。潮の匂いが、静かに部屋に満ちていた。
「ヤハタ、それは本当なのか?」
オタルの問いに、ヤハタはうなずいた。
「はい。間違いありません。もう、あなたしか頼れる者がいません。防衛網の再構築をお手伝い下さい」
「……休養は、ここまでのようだな」
オタルは静かに立ち上がり、戦闘服へと着替えを始める。剣を探して、ふと手を止めた。
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宿の主人は即座に答えた。
「オタル様。この地は、大陸最大の商会――ネグラロサ商会の発祥地です。本当に良い品をお求めなら、あちらへ」
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