シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

沈黙の契約

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ロッカたちが食事を始めると、ようやくラゼル王子たちがテントから現れた。カリスたち三名の顔色は冴えず、まるで夜通し精気でも吸われたかのように、ぼんやりとした様子で寝衣の上に一枚羽織っただけの姿だ。

「荷運び、食事の手配を」
「はい。すぐに準備いたします」

 ノルドが小さく返事をして、背後で用意していた食器を手に取ると、ラゼルがちらと目を向けて言った。
「ああ、それとワインも」

 ……探索前に飲むつもりか? だが、咎めれば空気が悪くなるのは目に見えていた。ノルドは黙って数本の酒瓶を手渡す。補充が必要だな、と心のメモに書き込む。

「早朝から一仕事終わらせたからな」
 そんな言葉を軽口で添えながら、ラゼルは満足げにコルクを抜いた。ロッカたちは礼儀正しく頭を下げるが、どこか釈然としない表情をしている。

「まあ、ゆっくり休んだらいいさ。それより、御礼の話なんだがな。せっかくこうして同行することになったんだし、君たち、我が冒険者パーティのサポートに加わらないか?」

 軽い調子で言いながら、ラゼルは皆のグラスに酒を注いでいく。
「ですが……我々では、恐れ多いです」
 ロッカが口を濁す。

「いや、戦闘は俺たちがやる。君たちは採掘と記録係でいい。稼げるぞ?」
「少し、考えさせてください」

 それ以上は言えなかった。断れば面倒になる――そんな空気が、周囲に張り詰めていた。
「この後は寝るだけだろう? まあ、島主からの贈り物だし、みんなで飲もうじゃないか」
「ラゼル様、今日は採掘をして帰還する予定では?」ノルドは、意を決して尋ねた。

「なら、ゆっくり移動することにしよう」
 その場しのぎの笑顔。その裏にある思惑は、相変わらず読めない。ノルドは、視線をそっとカリスたちへと向ける。だが、彼女たちは誰一人、目を合わせようとしなかった。

「……承知しました。それでは、明日早朝に出立へ変更します。あとで片付けますので、器はそのままで」
 言い残し、ノルドがテントへ戻ろうとすると、フィオナに袖を引かれた。

「ノルド、お酒が足りないわ。もう少し出してくれる?」
「……どうぞ」
 ノルドは黙って酒瓶を取り出す。内心では怒りが渦を巻いていた。だが、それを悟らせまいと、笑顔すら浮かべる。

「ごめんなさい」
 フィオナが、ポツリと謝った。とても小さな声だった。

 ノルドは、製薬作業をしながら頭を冷やすことにした。手元に薬草と器具を並べ、静かに作業を始める。外では、宴が続いていた。ラゼルに酒を注ぐカリスたちの姿が、影越しに揺れている。

 ――碌でもない冒険者でも、普通は探索中の体調を気にかけるもんだが。
 やがて、喧騒が落ち着き、テントの外が静かになった。
 様子を見に、ヴァルがひょいと出て行く。

「ワオーン!」
「はいはい、行くよ」
 ノルドが顔を出すと、フィオナたちが片付けをしていた。

「すみません、本来は私の仕事なのに」
「何言ってるの。迷惑かけて、ごめんね。ついでに……お願いがあるの。私たちの寝るテント、空いてる?」
「……王子は?」

「寝かせたから。もう起きないわ。あとは私たち、ゆっくり眠りたいの」
「狭いですが、ひとつ空いています」
「ありがとう」

 フィオナたちは足早にテントへと消えていった。その背中が、どこか逃げるように見えた。

 しばらくすると、今度はカリスがやって来た。
「どうかしましたか?」
「迷惑かけて、ごめんなさい。一つだけお願いがあるの」
 彼女はそっと、テーブルに薬玉を置いた。
「この薬……解毒薬を作ってもらえない?」

 ノルドは眉をひそめた。黒く、鈍い光を帯びた薬玉。見覚えのない形だ。
「これは……何の薬ですか?」
「わからない。私の力じゃ……調べきれない」

 彼女の声は、かすかに震えていた。
「カリスさん。あなたたちとラゼル王子の関係は……?」
「……ごめんなさい。言えないの。契約、なの」

 その一言だけ残して、カリスは足早に去っていった。まるで誰かに見られているのを恐れるように。

 ノルドは、静かに薬玉を見つめた。これは、ただの依頼品じゃない。

 ――とんでもない爆弾を、背負い込んだかもしれない。

 彼は大切にしまい込むと、製薬作業を続けたか、ビュアンは隠れて、そのやりとりを鋭い目で見ていた。



「おはようございます」
 ラゼルやロッカたちが目を覚ましたのは、もう夕方だった。

 ノルドは、グラシアスから贈られた懐中時計を持っている。
 ダンジョンでは、時間の感覚が失われやすい。ずっと暗い階層もあれば、今いるこの層のように、昼のように明るい階もある。

 ロッカたちが危険に陥ったのは、ダンジョン特有の現象――二階層出口付近に魔物が溜まる習性――にも一因がある。

 けれど、ノルドはそれ以上に、長時間の無理な行動こそが問題だと考えていた。

 人は眠らなければ、正しい判断も無理も効かない。
 ノルドもかつて、母セラに迷惑をかけて怒られていた。

「おい、荷運び、飯だ!」
「サンドイッチを作ってあります。先に装備を整えてください。ロッカさんたちの分もありますよ」
「すまない」
「昨日は、助けてくれてありがとう」

 魔術師のリーヴァが、剣士ダミアーノと並んで頭を下げる。
「すっかり元気そうで何よりです。でも、魔力枯渇は危険です。これ、どうぞ」

 ノルドは、小瓶に詰めた魔力回復薬を手渡した。リーヴァは少し戸惑ったが、目を伏せ、静かに受け取った。

「でも……」
「気にしないでください。昨日使った残りですから」
ノルドは微笑んだ。

「次からは、ギルドで買ってくださいね。良い薬、揃ってますから」
 リーヴァは、はにかむように笑い返した。
 このロッカ隊には、どこか、脆さがある。準備や安全を後回しにして、目先の利益を追っているように見える。

 本当に優れたパーティは、命を削って金を稼ごうなどとは、思わない。

 ノルドの脳裏に浮かんだのは、かつてシシルナ島に訪れた東方旅団の姿だった。

「なんだよ、今回の探索、赤字じゃないか?」
「いや、お前がポーション使いすぎなんだよ!」
「採掘の時間が短すぎるんだ!」
「……これじゃ防具の借金、返せねぇな」
「でも、無事戻れたんだから、それが一番だろ?」

 精算のたびに言い争い、でも最後は、いつも笑い合っていた。
 ノルドは彼らと旅をするうちに、効率よりも帰還を最優先にする在り方を学んだ。

 自分の役割が、仲間を生かすことにあると、初めて理解したのもあの旅だった。
「じゃあ、ノルド。打ち上げだ。飯、奢らせてくれ!」

 探索中にノルドが渡したポーション代も、すべて定価で買ってくれた。
 荷運び代も安くはないはずなのに。

「でも……」
「今回も助かった。本当に感謝してる。……けど、受け取ってくれないと、俺たち、お前を雇えないんだ」

「……俺たちはまた、お前と旅がしたい。頼む」
 東方旅団の隊長は、迷いもなく頭を下げた。

 ノルドは、その額より少し低い位置でうなずいた。
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