シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
155 / 238
蠱惑の魔剣

港町の朝とノルドの実家

しおりを挟む
港町で一番の賑わいを見せる店がある。かつては小さな高級食料専門店だったが、今では食堂の主婦から貴族の料理人、冒険者まで様々な客が集う、総合雑貨店へと姿を変えていた。品揃えも豊富で、店員の数も増えた。

「いらっしゃい、ノルド」
 小さな声でそう言ったのは、ノシロの娘――三歳のニコラだった。恥ずかしげに、父親の後ろにぴたりと隠れている。
 ヴァルが近づくと、ニコラの目がぱっと輝いた。

「ヴァルだあっ!」
 嬉しそうに駆け寄り、飛びついて抱きつく。ヴァルも、慣れた様子でその小さな体を優しく受け止めた。
 ノルドは、その様子に目を瞬いた。
「え……仲良いな。いつの間に……?」
 すると、店の奥からノシロの妻、エルフのリジェが笑いながら説明してくれた。

「ヴァルはよく来るのよ。ニコラとも、すっかり仲良し」
「知らなかった……」
 どうやらノルドが実家で寝ている間に、ヴァルは港町でも用心棒をしていたらしい。ニコラが抱きついたまま離れないので、ヴァルはその小さな体にすり寄り、鼻先をこつんと当てて応える。

「ノルド、今日は魔兎でも持ってきたのか?」
 ノシロが笑いながら尋ねた。
「いえ。今は禁猟期間です」
 普通、魔物に禁猟など存在しない。だが、ノルドがあまりに魔兎を狩りすぎたため、例外的にこの地域だけで導入されたルールだった。

 ――このままでは生態系が崩れてしまう。時期と数を制限しなさい!
 そう強くセラに叱られたノルドは、魔兎の脂が乗る祝祭前の一ヶ月だけ狩るようにした。大切な森を壊すわけにはいかない。共存のための、慎ましい選択だった。
 本当はノシロにゆっくり話を聞いてもらおうと思っていたのだが、店が混んでいたため、食料品や保存油などを買い揃えたのみで店を後にした。

「まいどっ! 今度、ゆっくり来てくれよな!」
 ノシロの大声に手を振り返しながら、ノルドは町外れの道具屋へと向かった。


「いらっしゃい、ノルド先生」
 ドアをくぐった瞬間、挨拶してきたのはドワーフの店主、ガスだった。
 この店には建築道具や釘、ねじに並び、壁には投げ罠、投石器、ナイフなどの冒険用道具がずらりと並ぶ。机の上には、ノルドの薬瓶が整然と並んでいた。

「先生はやめてください。今日は投石用の石と、投げナイフを売ってもらえますか」
「何を言うか。あんたのおかげで、魔物の森に入る初心者の怪我が減ったんだ。感謝してるよ。それに……わしも儲かってる。ははは、今すぐ用意するよ」

 この世界では、魔物を倒すことでしか人は成長できない。ジョブすら得られない。敵対しながらも、互いに必要とする――歪な共依存関係。
 装備の整わぬ貧しい初心者たちは、なけなしの金で粗末な道具を揃え、命がけで森に挑むしかない。

 この店は、ノルドが初めて罠用の材料を買った思い出の場所でもあった。武器屋で武器すら買えぬ子供たちもいることに、ガスと話すうちに気づいたのだ。

 ――俺は恵まれている。それは母さんのおかげだ。だからこそ、知恵を出す。俺にできるのは、それだけだ。
「本当は、知恵こそが力なんだぞ。それを惜しみなく分け与えてくれた。感謝してる。……薬もな」

 ガスの言葉に、ノルドは小さくうなずいた。
 壁に並ぶ投げ罠や投石器は、ノルドの工夫によって生まれた簡易武器。安く作れるように設計され、ガスの店で子供たちに安価で提供されている。ほとんど儲けなど出ていない。

「消耗品は、この店に限るね」
 ガスに褒められ、ノルドは照れくさそうに呟いた。
 投石用の石は、貧しい子供たちの小遣い稼ぎで集め作られたもの。磨く手間も惜しい今のノルドにとって、助かる一品だ。

「薬が減っていたろう。少し置いていくよ」
「助かる」
 それは売り物ではない。初心者の子供たちが、森で傷ついたときのための治療薬だ。
 受け取った品を大切に鞄へ収めると、支払いをして、ノルドは店を出た。次に向かうのは、実家だった。


「お帰り、ノルド」
 実家に居たのは、リコだった。リコは、この家の管理もしてくれている。
 蜂の世話と蜂蜜の採取を終えたばかりの彼女は、養蜂服を脱ぎながら言った。

「リコ、あっちで着替えろよ!」
 ノルドが顔を赤らめて言った。
「汗かいちゃった。ノルドなら見ても良いけど」

 リコがからかうように笑ってくる。
 いつもの調子だ。気が抜けるようなやりとりに、ノルドは小さくため息をついた。

「ノルド、リコ。いますかぁ?」
 そんな時、サラの声がした。ニコラの診察はすぐに終わって、孤児院に遊びに行く途中で気がついて、臭いを辿ってやってきたらしい。

「わー。サラ先輩だぁ!」
 半裸のまま、飛び出していくリコ。
「へ? 何やってんの、昼間っから!」
 完全に誤解しているサラが冷たい視線をノルドに投げつけてくる。ノルドは口を開きかけたが、諦めたように首を振った。

「もう、違うから……」
 そう言いつつ、ノルドは顔をしかめて蜂蜜の瓶を手に取った。
「ヴァル、行くよ!」

 ヴァルがくいっと尾を振って応じる。蜂蜜飴を作るため、ノルドは作業場へと向かった。
 彼女たちの笑い声と軽口が、背中にやわらかく響いてくる。

 ――騒がしいけれど、悪くない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

処理中です...