シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
167 / 238
蠱惑の魔剣

変わりゆく島

しおりを挟む
 ノルドは調合した薬をそっとカリスの手に渡し、穏やかな声で告げた。

「少しずつだけど、体に溜まった毒は確実に抜けていく。……毎日、欠かさず飲んでほしい」
「本当に! ありがとう! まだ死にたくない。死ねないの」

カリスは、涙をこぼしながら感謝を告げた。
 その理由を、ノルドは深くは知らない。彼女の背負う過去も、胸の奥の痛みも、ほんの欠片しか見えていない。

 だが──自分のしたことが、確かに彼女を救ったのだと、胸の奥に静かに灯がともるのを感じた。
カリスの机には分厚い書籍が何冊も積まれ、筆記用具も几帳面に並べられていた。ノルドはふとその様子に目を落とす。

「ところで、それは?」
「これ、セラさんから借りてるんだ。それに、講義も受けてる」
「……そうか。羨ましいな、カリスさん」
静かな会話の隙間に、幼い日の記憶がノルドの脳裏をよぎる。

 不登校だった自分に、母のセラは根気よく寄り添い、知識という灯火を差し出してくれた。
誰にも奪えない、あの静かな時間。学びとは、単なる知識の積み重ねではなく、魂の再生だったのだ。

 母セラは“学者”のジョブを持つ。本人は「広く浅く」と謙遜するが、ノルドにはそれが逆に映った。どの知識も深く、底知れず、そしてどこか温かかった。

「私、大学は途中でやめたけど……また学べるのって、やっぱり嬉しい」
 カリスは微笑んだ。その瞳には、知識への飢えが忠実に映っていた。薬学以外ではしばしば眠気に負ける自分とは、あまりにも対照的だった。

「ノルド、眠いなら……私の部屋のベッド、使っていいのよ?」
 ちょうど資料を抱えて部屋に入ってきたセラの声。
 ノルドは苦笑して首を振った。セラの講義の声が部屋に満ちていく。

 それはまるで子守唄のようで、疲れ切った心身にそっと染み込んでいった。
 椅子に体を預け、ノルドはゆっくりと瞼を閉じた。
 疲労に抗えず、そのまま静かに眠りに落ちていく。
 壁際で、狼のヴァルも身を丸めて目を閉じていた。

――その夜。
 ノルドがサナトリウムを出ようとしたところへ、疲れていたマルカスたちが現れた。
 やがて彼らは再びサルサの部屋に集まっていた。

「ラゼルは、魔剣に人の魔力を食わせている」
 マルカスの言葉に、サルサの顔が怒りに染まる。
「そんなことは見りゃわかるだろうが」
「違うんだ。貯めた魔力を使おうとしない。頑なに、な」

 カノンも険しい顔で頷いた。
「ああ、普通の魔剣にそんなに魔力を溜められるものか……」
 戦の経験豊かな彼らにとって、その異常さは身震いするほどの脅威だった。

「どうにかして封印しないと。無理にでも取り上げるべきだったか?」
「お前は甘いよ……」サルサは冷たい視線をマルカスに向けた。

 しかし、あの場で力ずくで奪い取ることはできなかった。
 失敗すれば、血みどろの修羅場になる。いや、魔剣がどのような力を爆発させるかわからない。マルカスでさえそれを恐れた。
「悪い、ノルド。調べてくれ!」
「はい、やってみます」



 翌朝。
 王子ラゼルによるダンジョン探索の日。薄靄が漂う中、ダンジョン前に探索隊が集まっていた。
 ラゼル一行、ロッカグループ、ノルド、そして見送りに来たドラガン。

「……おい、フィオナ。カリスはどうした?」
 ラゼルの声は静かだったが、その端々に底冷えするほどの怒気が潜んでいた。
「……まだ体調が戻らず、入院中です」

「は? どこにいる? 迎えに行く。あれは“俺のもの”だ」
 ノルドは耳を疑った。まるで物のように扱う言葉遣いに震えた。
「……もちろん次回の探索には必ず。ロッカさんたちも来ますし、今回はこのままで」

 フィオナが即座に繕うように答えると、ラゼルはゆっくりと視線をロッカたちに向けた。
 彼らは一瞬戸惑ったが、シルヴィアとリーヴァが左右から寄り添い、媚びるような囁きを漏らす。
「私たちも、きっとお役に立てます……ね?」
 冒険者らしからぬその振る舞いに、ロッカたちは制止することなく、むしろ笑みを返した。

――何かが、確実に変わっている。
 ノルドの胸に、説明のつかない違和感が膨れ上がった。
「荷運び。お前も戦え。カリスを勝手に連れ出したと聞いた。責任を取れ」
 唐突に、ラゼルの言葉がノルドを射抜いた。
「えっ……それは……俺の役目では……!」

 動揺するノルドの隣で、ドラガンが静かに口を開いた。
「ノルド。他人のパーティメンバーを無断で連れ出すのは、たとえ病人でも規律違反だ。今回の埋め合わせをしろ」
「ですが……」
「副ギルド長としての命令だ。カリスは私が責任を持って連れ戻す」

 命令は絶対だった。ドラガンは王子の言葉に逆らえない。
 ノルドの胸に、言葉にできない黒い霧が重く垂れ込めた。

「わかりました。戦闘に参加します」
 ノルドのそう言うしかない一言に、ラゼルは頷いた。屈服させた愉悦に浸り、彼は微笑みを浮かべた。
 シシルナ島が目に見える形で、狂い始めていた。
 ダンジョンの上、鴉が大声で鳴きながら横切って飛んでいった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

転生したら鎧だった〜リビングアーマーになったけど弱すぎるので、ダンジョンをさまよってパーツを集め最強を目指します

三門鉄狼
ファンタジー
目覚めると、リビングアーマーだった。 身体は鎧、中身はなし。しかもレベルは1で超弱い。 そんな状態でダンジョンに迷い込んでしまったから、なんとか生き残らないと! これは、いつか英雄になるかもしれない、さまよう鎧の冒険譚。 ※小説家になろう、カクヨム、待ラノ、ノベルアップ+、NOVEL DAYS、ラノベストリート、アルファポリス、ノベリズムで掲載しています。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...