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蠱惑の魔剣
ノルドの疑念と準備
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一日目の探索計画は、第二階層までの採掘を済ませ、三階層の安全地帯で宿泊するという、ごく一般的なルートだった。ノルドは不測の事態に備え、気を引き締めていたが、実際には拍子抜けするほど順調だった。
討伐隊による掃討が功を奏したのか、一・二階層ともに魔物の出現は著しく減っていた。前衛はヴァルに任せ、ノルドは後列で後方警戒に回る。このパーティではラゼルが突出して敵を蹴散らすため、後衛への回り込みにも目を光らせる必要がある。
「……あれ? 動きが違う」
視界の端に映ったサラの動きに、ノルドは思わず目を見張った。
彼女の回避は無駄がなく、踏み込みも正確。剣閃は鋭さを増し、初日に見たときとは別人のようだった。舞うように身を翻し、軽やかに魔物を斬り伏せていく。本人も手応えを感じているのか、笑みを浮かべ、まるで踊るように戦っている。
「ヴァル、そっち!」
「ワオーン!」
かつてはぎこちなく見えたヴァルとの連携も、採掘場へ到着する頃には、ノルドが舌を巻くほどに洗練されていた。お互いの位置と動きに完璧な理解があり、補完し合う動作に一切の無駄がない。
ラゼルのもとに余計な敵が向かわないよう、二人は先回りして確実に殲滅していた。
そして、その様子を見守るラゼル王子は、明らかに不満そうだった。自分が相手にする魔物が少なすぎるのだ。
「フィオナさん。サラに補助魔術、かけましたか?」
違和感を覚えたノルドは、隣のフィオナに訊ねる。
「してないわよ。無駄遣いでしょ。たぶんレベルが上がったんじゃないの?」
フィオナは肩をすくめるが、その説明だけでは納得がいかなかった。
確かに、ジョブを取得したばかりの冒険者は成長が早い傾向にある。だが、それにしても急激すぎる。ノルドの目から見れば、レベルが一つ上がった程度の伸び幅ではなかった。むしろ、二つ、三つ……いや、それ以上。
それでも明確な答えは出ず、ノルドは小さく首を傾げた。
だがそのとき、彼の中に逆の疑問が湧き上がる。
「――それにしても、あれだけ魔物を倒してるラゼル王子が、まったく強くなってるように見えないのは……なぜだ?」
これまで幾多の冒険者を見てきたノルドの眼力は確かだった。とりわけ、このダンジョンを訪れる中級冒険者たちの成長具合は、ジョブと経験値に応じて、おおよその見当がつく。
だがラゼルの戦い方には、不可解な点が多すぎた。
動きそのものは確かに強い。中堅の一段上、といったところか。だが、戦士としての基本的なスキルの発動が見られない。唯一、それらしいのは、狂戦士状態――一時的に力を高める、ハイリスクなスキルだけ。
まるで、レベルを上げてもスキルを覚えないかのような――そんな奇妙さがある。
(レベルが上がらないのか? それとも……成長しないジョブなのか?)
彼は何のジョブを持っているのか?
だからこそ、焦るように魔物を倒しているのかもしれない。
考えれば考えるほど、答えは見えなかった。
だが、確実にそこに謎がある――ノルドはそう確信した。
そんな彼の呟きが、どうやらフィオナの耳に入っていたらしい。
隣で、フィオナが意味ありげに微笑んだ。
※
予定通り、三階層で一泊した。相変わらずの騒々しい宴会が行われた。ラゼルと距離をとっていたはずのロッカたちも喜んで参加している。
ノルドは、自分のテントに戻る途中に、フィオナに解毒薬を渡した。
「もし、例の毒薬を飲まされたらこれを。いや、食事の後は飲んでください。体に溜まっている毒が溶けますから」
「ありがとう」いつも憂鬱そうな顔をしている彼女の表情が、少しだけ明るくなった。
四階層から先は、古代のまま残された、“本物の”ダンジョンだといわれている。
その境界に立つ今、ノルドは静かに準備の指示を出した。
「皆さん。配布するクリームを全身に塗ってください。首元、耳の裏、髪の根元まで、隙間なく――念入りに」
彼がいくつかの大きなバケツを取り出すと、中にはぬめりを帯びた淡い水がたぷたぷと波打っていた。粘性をもつそれは、肌に触れるとひんやりと冷たく、じわりと薄い膜のように広がっていく。
静まり返った空気の中、誰かが息を呑む音がした。
「……これは、なんのつもりだ?」
ラゼルが眉をわずかに寄せ、バケツの中を覗き込む。問いは鋭くも静かだった。
「対火――防火用のクリームです。この先では、火を纏った魔獣や、地面や壁から吹き出す火炎が頻発します。命を守るための処置です。顔も髪も、しっかりお願いします」
ノルドの声に従って、隊の面々は無言のままテントへと散り、粛々と準備を始めていった。
だが、ラゼルだけはその場に残っていた。
動かない。ただ、冷ややかなまなざしでバケツを見下ろしている。
やがて準備を終えたフィオナとサラが戻ってくると、彼の前にひざをついた。
「ラゼル様、テントに行きませんか?」
「……いや。俺は塗らない」
短く、淡々とした返答だった。
討伐隊による掃討が功を奏したのか、一・二階層ともに魔物の出現は著しく減っていた。前衛はヴァルに任せ、ノルドは後列で後方警戒に回る。このパーティではラゼルが突出して敵を蹴散らすため、後衛への回り込みにも目を光らせる必要がある。
「……あれ? 動きが違う」
視界の端に映ったサラの動きに、ノルドは思わず目を見張った。
彼女の回避は無駄がなく、踏み込みも正確。剣閃は鋭さを増し、初日に見たときとは別人のようだった。舞うように身を翻し、軽やかに魔物を斬り伏せていく。本人も手応えを感じているのか、笑みを浮かべ、まるで踊るように戦っている。
「ヴァル、そっち!」
「ワオーン!」
かつてはぎこちなく見えたヴァルとの連携も、採掘場へ到着する頃には、ノルドが舌を巻くほどに洗練されていた。お互いの位置と動きに完璧な理解があり、補完し合う動作に一切の無駄がない。
ラゼルのもとに余計な敵が向かわないよう、二人は先回りして確実に殲滅していた。
そして、その様子を見守るラゼル王子は、明らかに不満そうだった。自分が相手にする魔物が少なすぎるのだ。
「フィオナさん。サラに補助魔術、かけましたか?」
違和感を覚えたノルドは、隣のフィオナに訊ねる。
「してないわよ。無駄遣いでしょ。たぶんレベルが上がったんじゃないの?」
フィオナは肩をすくめるが、その説明だけでは納得がいかなかった。
確かに、ジョブを取得したばかりの冒険者は成長が早い傾向にある。だが、それにしても急激すぎる。ノルドの目から見れば、レベルが一つ上がった程度の伸び幅ではなかった。むしろ、二つ、三つ……いや、それ以上。
それでも明確な答えは出ず、ノルドは小さく首を傾げた。
だがそのとき、彼の中に逆の疑問が湧き上がる。
「――それにしても、あれだけ魔物を倒してるラゼル王子が、まったく強くなってるように見えないのは……なぜだ?」
これまで幾多の冒険者を見てきたノルドの眼力は確かだった。とりわけ、このダンジョンを訪れる中級冒険者たちの成長具合は、ジョブと経験値に応じて、おおよその見当がつく。
だがラゼルの戦い方には、不可解な点が多すぎた。
動きそのものは確かに強い。中堅の一段上、といったところか。だが、戦士としての基本的なスキルの発動が見られない。唯一、それらしいのは、狂戦士状態――一時的に力を高める、ハイリスクなスキルだけ。
まるで、レベルを上げてもスキルを覚えないかのような――そんな奇妙さがある。
(レベルが上がらないのか? それとも……成長しないジョブなのか?)
彼は何のジョブを持っているのか?
だからこそ、焦るように魔物を倒しているのかもしれない。
考えれば考えるほど、答えは見えなかった。
だが、確実にそこに謎がある――ノルドはそう確信した。
そんな彼の呟きが、どうやらフィオナの耳に入っていたらしい。
隣で、フィオナが意味ありげに微笑んだ。
※
予定通り、三階層で一泊した。相変わらずの騒々しい宴会が行われた。ラゼルと距離をとっていたはずのロッカたちも喜んで参加している。
ノルドは、自分のテントに戻る途中に、フィオナに解毒薬を渡した。
「もし、例の毒薬を飲まされたらこれを。いや、食事の後は飲んでください。体に溜まっている毒が溶けますから」
「ありがとう」いつも憂鬱そうな顔をしている彼女の表情が、少しだけ明るくなった。
四階層から先は、古代のまま残された、“本物の”ダンジョンだといわれている。
その境界に立つ今、ノルドは静かに準備の指示を出した。
「皆さん。配布するクリームを全身に塗ってください。首元、耳の裏、髪の根元まで、隙間なく――念入りに」
彼がいくつかの大きなバケツを取り出すと、中にはぬめりを帯びた淡い水がたぷたぷと波打っていた。粘性をもつそれは、肌に触れるとひんやりと冷たく、じわりと薄い膜のように広がっていく。
静まり返った空気の中、誰かが息を呑む音がした。
「……これは、なんのつもりだ?」
ラゼルが眉をわずかに寄せ、バケツの中を覗き込む。問いは鋭くも静かだった。
「対火――防火用のクリームです。この先では、火を纏った魔獣や、地面や壁から吹き出す火炎が頻発します。命を守るための処置です。顔も髪も、しっかりお願いします」
ノルドの声に従って、隊の面々は無言のままテントへと散り、粛々と準備を始めていった。
だが、ラゼルだけはその場に残っていた。
動かない。ただ、冷ややかなまなざしでバケツを見下ろしている。
やがて準備を終えたフィオナとサラが戻ってくると、彼の前にひざをついた。
「ラゼル様、テントに行きませんか?」
「……いや。俺は塗らない」
短く、淡々とした返答だった。
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