完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
168 / 221
蠱惑の魔剣

ノルドの疑念と準備

しおりを挟む
一日目の探索計画は、第二階層までの採掘を済ませ、三階層の安全地帯で宿泊するという、ごく一般的なルートだった。ノルドは不測の事態に備え、気を引き締めていたが、実際には拍子抜けするほど順調だった。
 
 討伐隊による掃討が功を奏したのか、一・二階層ともに魔物の出現は著しく減っていた。前衛はヴァルに任せ、ノルドは後列で後方警戒に回る。このパーティではラゼルが突出して敵を蹴散らすため、後衛への回り込みにも目を光らせる必要がある。

「……あれ? 動きが違う」
 視界の端に映ったサラの動きに、ノルドは思わず目を見張った。
 彼女の回避は無駄がなく、踏み込みも正確。剣閃は鋭さを増し、初日に見たときとは別人のようだった。舞うように身を翻し、軽やかに魔物を斬り伏せていく。本人も手応えを感じているのか、笑みを浮かべ、まるで踊るように戦っている。

「ヴァル、そっち!」
「ワオーン!」

 かつてはぎこちなく見えたヴァルとの連携も、採掘場へ到着する頃には、ノルドが舌を巻くほどに洗練されていた。お互いの位置と動きに完璧な理解があり、補完し合う動作に一切の無駄がない。
 ラゼルのもとに余計な敵が向かわないよう、二人は先回りして確実に殲滅していた。

 そして、その様子を見守るラゼル王子は、明らかに不満そうだった。自分が相手にする魔物が少なすぎるのだ。
「フィオナさん。サラに補助魔術、かけましたか?」
 違和感を覚えたノルドは、隣のフィオナに訊ねる。

「してないわよ。無駄遣いでしょ。たぶんレベルが上がったんじゃないの?」
 フィオナは肩をすくめるが、その説明だけでは納得がいかなかった。
 確かに、ジョブを取得したばかりの冒険者は成長が早い傾向にある。だが、それにしても急激すぎる。ノルドの目から見れば、レベルが一つ上がった程度の伸び幅ではなかった。むしろ、二つ、三つ……いや、それ以上。

 それでも明確な答えは出ず、ノルドは小さく首を傾げた。
 だがそのとき、彼の中に逆の疑問が湧き上がる。

「――それにしても、あれだけ魔物を倒してるラゼル王子が、まったく強くなってるように見えないのは……なぜだ?」
 これまで幾多の冒険者を見てきたノルドの眼力は確かだった。とりわけ、このダンジョンを訪れる中級冒険者たちの成長具合は、ジョブと経験値に応じて、おおよその見当がつく。

 だがラゼルの戦い方には、不可解な点が多すぎた。
 動きそのものは確かに強い。中堅の一段上、といったところか。だが、戦士としての基本的なスキルの発動が見られない。唯一、それらしいのは、狂戦士状態――一時的に力を高める、ハイリスクなスキルだけ。

 まるで、レベルを上げてもスキルを覚えないかのような――そんな奇妙さがある。
(レベルが上がらないのか? それとも……成長しないジョブなのか?)
 彼は何のジョブを持っているのか? 

 だからこそ、焦るように魔物を倒しているのかもしれない。
 考えれば考えるほど、答えは見えなかった。
 だが、確実にそこに謎がある――ノルドはそう確信した。
 そんな彼の呟きが、どうやらフィオナの耳に入っていたらしい。
 隣で、フィオナが意味ありげに微笑んだ。


 予定通り、三階層で一泊した。相変わらずの騒々しい宴会が行われた。ラゼルと距離をとっていたはずのロッカたちも喜んで参加している。
 ノルドは、自分のテントに戻る途中に、フィオナに解毒薬を渡した。

「もし、例の毒薬を飲まされたらこれを。いや、食事の後は飲んでください。体に溜まっている毒が溶けますから」
「ありがとう」いつも憂鬱そうな顔をしている彼女の表情が、少しだけ明るくなった。

 四階層から先は、古代のまま残された、“本物の”ダンジョンだといわれている。
 その境界に立つ今、ノルドは静かに準備の指示を出した。
「皆さん。配布するクリームを全身に塗ってください。首元、耳の裏、髪の根元まで、隙間なく――念入りに」

 彼がいくつかの大きなバケツを取り出すと、中にはぬめりを帯びた淡い水がたぷたぷと波打っていた。粘性をもつそれは、肌に触れるとひんやりと冷たく、じわりと薄い膜のように広がっていく。
 静まり返った空気の中、誰かが息を呑む音がした。

「……これは、なんのつもりだ?」
 ラゼルが眉をわずかに寄せ、バケツの中を覗き込む。問いは鋭くも静かだった。

「対火――防火用のクリームです。この先では、火を纏った魔獣や、地面や壁から吹き出す火炎が頻発します。命を守るための処置です。顔も髪も、しっかりお願いします」

 ノルドの声に従って、隊の面々は無言のままテントへと散り、粛々と準備を始めていった。
 だが、ラゼルだけはその場に残っていた。
 動かない。ただ、冷ややかなまなざしでバケツを見下ろしている。

 やがて準備を終えたフィオナとサラが戻ってくると、彼の前にひざをついた。
「ラゼル様、テントに行きませんか?」
「……いや。俺は塗らない」
 短く、淡々とした返答だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...