完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
185 / 221
蠱惑の魔剣

涙の邂逅

しおりを挟む
「グラシアス商会です!」
 明るく元気な若い声が、サナトリウムの静かなエントランスに響いた。

 その声に反応したのは、娯楽室で遊んでいたノルドだった。獣人族の鋭い耳には、遠くの声もはっきりと届く。だが聞き慣れた響きから、商会長本人ではないと察し、彼は盤上のゲームに集中を戻した。

 ――しかし次の瞬間。
「この匂いは……!」
 ヴァルが、低い唸り声とともに立ち上がった。
 その異変にノルドの胸も高鳴る。

「ヴァル……!」
 気づけば、少年と狼は同時に立ち上がり、娯楽室を飛び出していた。
「おい、ノルド。まだゲーム中だぞ!」
 後ろから声が飛ぶ。

「友達が来たんです! ちょっと待っててください!」
 ノルドは返事を叫び、足を止めなかった。
 玄関に駆けつけると、そこには真新しい金の刺繍を施された助祭服を纏う青年が立っていた。

 柔らかな日の光を浴び、布地は高貴な輝きを放っている。その服は、ブロイ伯爵から贈られた最高級のものだった。

「久しぶりだな、ノルド。すっかり元気になって……」
 変わらぬ優しい声で語りかけるその人は、ガブリエルだった。懐かしい笑みを浮かべながら手を差し出す。

「いやぁ、立派な聖職者になったんだな」
 二人は固く握手を交わした。長い時を経ても変わらぬ友情が、手の温もりから伝わる。

「皆さん、ガブリエルが帰ってきましたよ!」
 ノルドが声を上げると、柱の陰から覗いていたカノンが目を見開いた。

 助祭の視線が彼女を捉える。
「……母さん」
 名前を呼ばれた瞬間、カノンは胸がいっぱいになり、思わず顔を両手で覆った。セラがそっと肩を抱くと、こらえきれずに涙があふれる。

「お帰りなさい……」
 その言葉は震えていたが、確かな喜びに満ちていた。
「それで、病人はどこだ?」
 場の空気を切り替えるように、サルサが問う。

「あ、すみません。フィオナさんです。長旅で疲れていまして……」
 ガブリエルが紹介すると、後ろに隠れていた修道女が一歩進み、丁寧に頭を下げた。

 ノルドはその顔を見て、言葉を失った。驚きが胸を突き上げる。――しかしさらに衝撃的だったのは、マルカスに伴われて現れた、もう一人の「フィオナ」だった。

「姉さん……会いたかった」
 二人のフィオナは駆け寄り、強く抱き合う。涙が頬を濡らし、周囲の者たちは息を呑んだ。

「どうしてシシルナ島に? 危険なのに」
「何を言うの。こんなに安全な場所、大陸中探しても他にないぞ!」

 そこへ元勇者の英雄たちが現れ、茶々を入れるように言葉を挟んだ。彼らの存在が空気をざわつかせる。

「まったく、また面倒な連中が……。私の部屋に行きましょう」
 サルサが冷たく言い放ち、移動を促す。
「じゃあ、ノルド。戻るぞ!」

 英雄たちに取り囲まれ、ノルドはたちまち捕まってしまう。
「ノルドも来なさい。代わりに、あんた達の相手はグラシアスの若者に任せるわ」

 突然の展開に、理由もわからぬまま引きずられる若い商人。その背中にノルドは心の中でそっとエールを送った。――『頑張って』

「マルカス、本物のフィオナを診てくれ」
「あっ……」
 抱き合っていた二人のフィオナは、名残惜しげに離れる。

「安心しろ。お前と同じ診察をするだけだ」
 ノルドと、事情が掴めず困惑するカリスは顔を見合わせた。
「じゃあ、説明してくれるかな。えっと……」
 サルサが促すと、修道女が静かに名乗りを上げた。

「わかりました、サルサ様。私の本当の名前は――『プランナ』。フィオナの双子の姉です」
「はあ? じゃあ、あなたはフィオナじゃなかったってこと?」

「ノルド、カリス。ごめんなさい。この秘密は誰にも話していなかったの。気づいていたかもしれないけど……」

 カリスがラゼル王子の奴隷パーティに加わった時、すでに入れ替わりは起きていた。
「あなたが双子だなんて知らなかったわ。それに、あの男はどうして気づかないの?」

「ラゼルの奴隷紋は現れないの。それ以上に、彼は私たちに興味がない。意識しているのは、“自分の所有物”だということだけ」

「さすが同類ね。冷酷な人間同士、よくわかるのね!」
 怒鳴ったカリスは、血の気が引き、よろめいて倒れそうになる。

「カリスさん、まだ体調が……?」
 ノルドが駆け寄ろうとすると、彼女は必死に首を振った。
「ノルド、カリスは施術を受けたばかりだ。カリスは、座って大人しく話を聞きなさい」

 サルサの鋭い声が飛ぶ。
 そして、ブランナは語り始めた。彼女の口から語られる内容は、グラシアスが老人の修道女やフィオナから聞いていたものと同じだった。

「ごめんね、カリス。決してあなたを見捨てたわけじゃない」
「いや、その方が良いって聞いたけど……。でも私は、もっとあなたに動揺して欲しかったのよ!」

 それでもノルドの胸には疑問が残る。
「フィオナさん、ラゼル王子を庇っていましたよね?」

「ノルドには言えなかったけど……この特殊な奴隷契約は主人が死ねば奴隷も死ぬ。だから、あの男を殺すわけにはいかないの」


「じゃあ、どうすればいいんだ!」
 ノルドは思わず頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...