シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
193 / 238
蠱惑の魔剣

魂を抱く精霊の木

しおりを挟む

 二人の剣士が、ほぼ同時にすっと剣を抜いた。刃が抜ける音は、張り詰めた空気をさらに鋭く研ぎ澄ます。

「行くぞ!」
 アレンは自分を鼓舞するため、気合いを込めて叫んだ。

「そんな骨董品でか……」
 ラゼルは薄く笑い、いつものように両手に剣を携えて待ち構える。その姿には余裕さえ漂っていた。

「おりゃあっ!」
 アレンは相手の剣筋を読むことなく、ひたすら前へと踏み込み、勢い任せに渾身の一撃を振り下ろす。

 銀色に輝く硬質の両手剣が十字を描き、アレンの古びた剣を受け止めた。金属の衝突音が狭い空間に響き渡る。王子ラゼルは余裕の笑みを浮かべていたが、次の瞬間、その表情は凍りつく。

 ――ぽきん、ぽきん。
 乾いた音を立て、ラゼル自慢の剣が両の手から真っ二つに折れた。防御の壁を失った彼の前に、アレンの剣が迫りくる。

「うわわゎっ!」
 慌てふためいたラゼルは後ろへ飛び退こうとするも、足がもつれて尻餅をついた。

 その背に背負っていた妖剣が、ぞわりと妖しく輝きを放つ。闇の光に近いまばゆさが空間を支配し、アレンの視界を焼きつけ、一瞬動きを鈍らせた。

 ラゼルは深く息を吐き、腰の土を払いながらゆっくりと立ち上がる。そして、背の魔剣を抜き放った。刃はどす黒く光を反射し、まるで血を啜ることを求めているかのようだった。

「魔物レベルには、楽しめそうだな」
「魔物はお前だ!」
 アレンの目には、目の前の王子がもはや人ではなく、醜悪な魔物にしか見えなかった。いや、それ以下。存在そのものが不快の塊だった。

 二人の間合いは、剣先が触れ合うほどに詰まる。
 大剣同士のぶつかり合い――一撃が通れば致命傷。どんな立派な鎧であっても、両者の剣圧の前には紙同然だ。

「くそっ……!」
 格下と侮っていたはずのアレンに押され、逆にアレンの体に切り傷が刻まれていく。防具は裂け、肌からは鮮血が噴き出す。

「そうか……それは魔剣か」
 ラゼルは、安堵に似た笑みを浮かべた。アレンの剣に風の魔術が付与され、速度も力も増していると見抜いたからだ。

「ならば――対抗させてもらおう」
 妖剣が怪しい光を放ち、ラゼルの全身を包む。その瞬間、戦況は均衡へと戻り始めた。
「本気で行くぞ。嬲り殺しにするつもりだったが……遊びは終わりだ」

 焦りを隠しきれないラゼルに対し、アレンはさらに速度を上げる。邪魔が入ればまずい。ここで決着をつける――その覚悟が剣に宿る。

 斬撃はより深く、ラゼルの体を赤々とした血で染めていった。

「くそっ、くそっ、くそぉぉ!」
 ラゼルの目が妖しく赤く輝き、彼を包む気配が一変する。

「狂戦士……!」
 それはラゼルの持つ唯一にして最後のスキル。常軌を逸した力と速度が、先ほどまでの戦いを嘲笑うかのように迸った。

「死ね、死ね、死ねぇ!」
 今度はアレンの体が刻まれていく。刃が肉を裂き、鮮血が地面を濡らす。だが――彼の心は死んでいなかった。立つのも、剣を握るのもやっとのはず。それでも、意志だけは折れていない。

「ノルド……頼む。狂ったお前には、できまい」
 理性を失ったラゼルに対し、アレンはノルドの名を呼ぶ。すぐさま腰から、彼が作った最後の一本のリカバリーポーションを取り出し、一気に飲み干した。傷が焼けるように再生し、再び力がみなぎる。

「もうお前の弱点は見切った!」
 全力を込めた剣が、再び唸りを上げる。鍔迫り合いの最中、アレンの剣圧に押され、ついにラゼルの手から蠱惑の魔剣が弾き飛ぶ。

「楽をして戦いすぎだ――死ねっ!」
 最期を刻むつもりで、アレンは剣を振り下ろした。
 その瞬間。
 蠱惑の魔剣がまるで意志を持つかのように反応し、妖光を迸らせた。

「ぐおっ!」
 光はただの幻ではない。実体を伴った不可解な力。炎でも土でも風でも水でもない、特別な闇の光。

 それはアレンの体を易々と貫き、さらに奥の三階層の壁に突き刺さった。
 轟音とともにダンジョン全体が揺れ動く。まるで地震のように。

 ラゼルの瞳から狂気が消え、正気が戻っていく。魔剣を拾い上げると、鞘へと納めた。
「大事に貯めていたのに……こんなところで無駄撃ちとはな」

 王子は心底つまらなそうに吐き捨てると、アレンの落とした鍵を拾い、何事もなかったように首へと下げた。

「剣はどこだ……?」
 辺りを見回すが、アレンの剣はどこにもなかった。まるでダンジョンそのものに吸い込まれたかのように。

 ふと気づけば、周囲を包んでいた濃霧は跡形もなく晴れ去っていた。
「ラゼル王子! ご無事ですか? お怪我が……」
 駆け寄ってきたのはドラガンとロッカだ。

「ああ。暗殺者に狙われてな」
 ラゼルが視線を向ける先には、真っ二つに裂かれたアレンの死体が転がっている。

「あれが……?」
「どうもな、ドラガン。お前の立場を狙っていたらしい。俺を殺し、その後お前も殺すつもりだったようだ」

「はぁ、ふざけた野郎だ……。ラゼルギルド長、すぐに治療を」
 ラゼルの周りに仲間たちが集まり、あっという間に朝食の卓が並べられる。その輪の中心で談笑する王子。その腰の剣は、なおも妖しく微かな光を放ち続けていた。

 誰もアレンの亡骸を気にする者はいない。ラゼルの語る「暗殺者撃退」の武勇譚だけが場を満たしていた。

 探索団が第三階層を後にすると、残されたのは数人の荷運び人だった。

「……可哀想に」
「だが、地上に運ぶわけにもいかん。何を言われるか分からんからな」
「なら、ダンジョンに捨てるか? ダンジョンが食ってくれるだろう?」
「いや、ここに埋めよう。いつか俺たちが、自分の間違いに気づく時が来る」

 彼らは、エルフツリーの裏に小さな墓を作り、アレンを葬った。
 やがて全員が立ち去ったあと――。

 大木の幹から、ひとりの少女の姿がふわりと現れた。彼女は墓の周囲を静かに歩きながら、低く呟いた。

『……そうか。死んでしまったのね』
 その姿は初めて実体を伴っていた。ビュアンとは似ても似つかない、しかし清廉な気配を纏った存在。

 彼女の本体は、エルフツリーそのものに宿る精霊――カリス。

『魂はまだ残っている。だから、約束を果たそう』
 その姿は変化し、アレンの彼女の面影を映し出す。

 カリスは近くに咲く小さな花を摘み、墓の前に膝をついて祈った。その仕草は、かつて彼女自身がアレンに見せていたものの写しだった。

 すると墓の中から、淡い光の玉がふわりと浮かび上がる。
 カリスはそれを両手でそっと包み込み、微笑んだ。

『待っていたわ、アレン。一緒に行きましょう』
 光は嬉しげに震え、眩く輝く。

 次の瞬間、二人の姿はエルフツリーの中へと静かに溶けて消えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部
ファンタジー
 記憶を失った少年アキラ、目覚めたのはゲームの世界だった!  ナビゲーターの案内で進む彼は、意思を持ったキャラクターたちや理性を持つ魔物と対峙しながら物語を進める。  新たなキャラクターは、ガチャによって、仲間になっていく。    しかし、そのガチャは、仕組まれたものだった。  ナビゲーターの女は、誰なのか? どこに存在しているのか。  一方、妹・山吹は兄の失踪の秘密に迫る。  異世界と現実が交錯し、運命が動き出す――群像劇が今、始まる!  小説家になろう様でも連載しております  

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

処理中です...