193 / 221
蠱惑の魔剣
魂を抱く精霊の木
しおりを挟む二人の剣士が、ほぼ同時にすっと剣を抜いた。刃が抜ける音は、張り詰めた空気をさらに鋭く研ぎ澄ます。
「行くぞ!」
アレンは自分を鼓舞するため、気合いを込めて叫んだ。
「そんな骨董品でか……」
ラゼルは薄く笑い、いつものように両手に剣を携えて待ち構える。その姿には余裕さえ漂っていた。
「おりゃあっ!」
アレンは相手の剣筋を読むことなく、ひたすら前へと踏み込み、勢い任せに渾身の一撃を振り下ろす。
銀色に輝く硬質の両手剣が十字を描き、アレンの古びた剣を受け止めた。金属の衝突音が狭い空間に響き渡る。王子ラゼルは余裕の笑みを浮かべていたが、次の瞬間、その表情は凍りつく。
――ぽきん、ぽきん。
乾いた音を立て、ラゼル自慢の剣が両の手から真っ二つに折れた。防御の壁を失った彼の前に、アレンの剣が迫りくる。
「うわわゎっ!」
慌てふためいたラゼルは後ろへ飛び退こうとするも、足がもつれて尻餅をついた。
その背に背負っていた妖剣が、ぞわりと妖しく輝きを放つ。闇の光に近いまばゆさが空間を支配し、アレンの視界を焼きつけ、一瞬動きを鈍らせた。
ラゼルは深く息を吐き、腰の土を払いながらゆっくりと立ち上がる。そして、背の魔剣を抜き放った。刃はどす黒く光を反射し、まるで血を啜ることを求めているかのようだった。
「魔物レベルには、楽しめそうだな」
「魔物はお前だ!」
アレンの目には、目の前の王子がもはや人ではなく、醜悪な魔物にしか見えなかった。いや、それ以下。存在そのものが不快の塊だった。
二人の間合いは、剣先が触れ合うほどに詰まる。
大剣同士のぶつかり合い――一撃が通れば致命傷。どんな立派な鎧であっても、両者の剣圧の前には紙同然だ。
「くそっ……!」
格下と侮っていたはずのアレンに押され、逆にアレンの体に切り傷が刻まれていく。防具は裂け、肌からは鮮血が噴き出す。
「そうか……それは魔剣か」
ラゼルは、安堵に似た笑みを浮かべた。アレンの剣に風の魔術が付与され、速度も力も増していると見抜いたからだ。
「ならば――対抗させてもらおう」
妖剣が怪しい光を放ち、ラゼルの全身を包む。その瞬間、戦況は均衡へと戻り始めた。
「本気で行くぞ。嬲り殺しにするつもりだったが……遊びは終わりだ」
焦りを隠しきれないラゼルに対し、アレンはさらに速度を上げる。邪魔が入ればまずい。ここで決着をつける――その覚悟が剣に宿る。
斬撃はより深く、ラゼルの体を赤々とした血で染めていった。
「くそっ、くそっ、くそぉぉ!」
ラゼルの目が妖しく赤く輝き、彼を包む気配が一変する。
「狂戦士……!」
それはラゼルの持つ唯一にして最後のスキル。常軌を逸した力と速度が、先ほどまでの戦いを嘲笑うかのように迸った。
「死ね、死ね、死ねぇ!」
今度はアレンの体が刻まれていく。刃が肉を裂き、鮮血が地面を濡らす。だが――彼の心は死んでいなかった。立つのも、剣を握るのもやっとのはず。それでも、意志だけは折れていない。
「ノルド……頼む。狂ったお前には、できまい」
理性を失ったラゼルに対し、アレンはノルドの名を呼ぶ。すぐさま腰から、彼が作った最後の一本のリカバリーポーションを取り出し、一気に飲み干した。傷が焼けるように再生し、再び力がみなぎる。
「もうお前の弱点は見切った!」
全力を込めた剣が、再び唸りを上げる。鍔迫り合いの最中、アレンの剣圧に押され、ついにラゼルの手から蠱惑の魔剣が弾き飛ぶ。
「楽をして戦いすぎだ――死ねっ!」
最期を刻むつもりで、アレンは剣を振り下ろした。
その瞬間。
蠱惑の魔剣がまるで意志を持つかのように反応し、妖光を迸らせた。
「ぐおっ!」
光はただの幻ではない。実体を伴った不可解な力。炎でも土でも風でも水でもない、特別な闇の光。
それはアレンの体を易々と貫き、さらに奥の三階層の壁に突き刺さった。
轟音とともにダンジョン全体が揺れ動く。まるで地震のように。
ラゼルの瞳から狂気が消え、正気が戻っていく。魔剣を拾い上げると、鞘へと納めた。
「大事に貯めていたのに……こんなところで無駄撃ちとはな」
王子は心底つまらなそうに吐き捨てると、アレンの落とした鍵を拾い、何事もなかったように首へと下げた。
「剣はどこだ……?」
辺りを見回すが、アレンの剣はどこにもなかった。まるでダンジョンそのものに吸い込まれたかのように。
ふと気づけば、周囲を包んでいた濃霧は跡形もなく晴れ去っていた。
「ラゼル王子! ご無事ですか? お怪我が……」
駆け寄ってきたのはドラガンとロッカだ。
「ああ。暗殺者に狙われてな」
ラゼルが視線を向ける先には、真っ二つに裂かれたアレンの死体が転がっている。
「あれが……?」
「どうもな、ドラガン。お前の立場を狙っていたらしい。俺を殺し、その後お前も殺すつもりだったようだ」
「はぁ、ふざけた野郎だ……。ラゼルギルド長、すぐに治療を」
ラゼルの周りに仲間たちが集まり、あっという間に朝食の卓が並べられる。その輪の中心で談笑する王子。その腰の剣は、なおも妖しく微かな光を放ち続けていた。
誰もアレンの亡骸を気にする者はいない。ラゼルの語る「暗殺者撃退」の武勇譚だけが場を満たしていた。
探索団が第三階層を後にすると、残されたのは数人の荷運び人だった。
「……可哀想に」
「だが、地上に運ぶわけにもいかん。何を言われるか分からんからな」
「なら、ダンジョンに捨てるか? ダンジョンが食ってくれるだろう?」
「いや、ここに埋めよう。いつか俺たちが、自分の間違いに気づく時が来る」
彼らは、エルフツリーの裏に小さな墓を作り、アレンを葬った。
やがて全員が立ち去ったあと――。
大木の幹から、ひとりの少女の姿がふわりと現れた。彼女は墓の周囲を静かに歩きながら、低く呟いた。
『……そうか。死んでしまったのね』
その姿は初めて実体を伴っていた。ビュアンとは似ても似つかない、しかし清廉な気配を纏った存在。
彼女の本体は、エルフツリーそのものに宿る精霊――カリス。
『魂はまだ残っている。だから、約束を果たそう』
その姿は変化し、アレンの彼女の面影を映し出す。
カリスは近くに咲く小さな花を摘み、墓の前に膝をついて祈った。その仕草は、かつて彼女自身がアレンに見せていたものの写しだった。
すると墓の中から、淡い光の玉がふわりと浮かび上がる。
カリスはそれを両手でそっと包み込み、微笑んだ。
『待っていたわ、アレン。一緒に行きましょう』
光は嬉しげに震え、眩く輝く。
次の瞬間、二人の姿はエルフツリーの中へと静かに溶けて消えた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる