シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

最後の探索

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 ラゼル一行は、地上で起きた騒擾を知らなかった。
 ――いや、正確には。その騒ぎを仕掛けた張本人であるラゼルが、無関係を装うため、あえて地下へと潜ったのだ。

「今回は、少し探しているものがある」
 彼は、アレンを倒して手に入れた鍵を首から下げていた。

 それを“戦いの勝者に与えられた褒章”だと、ラゼルは勝手に思い込んでいる。
 その思い込みの裏には、誰にも見せぬ焦燥があった。何かを取り戻そうとしているような。

「どこに行きますか?」
 今回はロッカたちを同行させていない。
 ノルドたちはついに“更なる地下階層”への挑戦かと身構えたが、ラゼルが指し示したのは意外にも――四階層だった。

「前に行った大扉まで行ってくれ」
「わかりました」
 普段なら無駄な戦いを好むラゼルが、この日は違った。

 戦闘は他の者に任せ、自らは一歩下がって動向を見守っている。まるで何かを待っているように。
「……何かあるな。気をつけよう」

 ノルドは仲間に目配せをした。
 サラは覚醒し、カリスは生まれ変わった。
 かつて島に来た頃の彼女たちとは比べものにならない力を得ており、その連携も危なげがない。互いの信頼は、もはや言葉を超えていた。

「ほう……知らなかったな。こいつらは拾い物だな」
 普段、他人に興味を示さぬラゼルが、珍しく彼女たちを観察していた。

 その表情に、一瞬だけ“計算”が宿るのをノルドは見逃さなかった。
 やがて一行は、四階層の大扉の前へとたどり着く。

 その扉の前に立った瞬間、ラゼルの耳にだけ、低い声が響いた。
『ここは試練の間だ。それでも開けるのか?』
 ラゼルは息を止めた。

 彼の瞳に、一瞬、恐れにも似た光が宿る。
 そして――低く答えた。
「……いや、やめておこう」
 意外な言葉に、一同が顔を見合わせた。

 嫌な予感が、さらに強まる。
 その夜、ラゼルは三階層での宿泊を拒み、四階層の礼拝堂で泊まることを望んだ。

「あんなに三階層を気に入ってたのに……」
 誰かが小さく呟いたが、ラゼルは聞こえぬふりをしていた。

 食事を終えると、彼は一人でテントに入り、あっという間に眠りに落ちた。
 まるで夜を早送りして、明日を迎えたがっているかのように。

 ノルドの耳には、女性たちのたわいもない会話が届いていた。
 だが、夜に強いはずの彼が、奇妙な眠気に抗えなかった。
 ――この夜、何かが始まろうとしていた。


 夢の中で、ノルドは再び“ラゼル”になっていた。
「くそっ……エリクシオンの奴、また逃げたのか!」

 怒声の響く廊下。深く濃い血の匂い。
 ラゼルは、兄を何度も殺そうとした。あるいは、父や自らの暗殺未遂の犯人に仕立て上げ、罪人として貶めた。

 そのせいで、彼の世話をしてくれたメイドたちまでが共犯や実行犯と疑われ、処刑された。
「非道な行いを」

 だが――ラゼルは何とも思わなかった。
「所詮、駒の一つだ。補充すればいい」
 その言葉は、彼の中の冷えた闇から吐き出された。

 兄は父の不興を買い、さらにラゼルは“スキル”で父を操り人形に仕立て上げた。

 やがて兄エリクシオンは半ば勘当されるように冒険者となったが、ラゼルのジョブ――「奴隷商人」が露見し、今度は彼自身が国を追われる。

 父は強く反対したが、側近がそれを許さなかった。
「もっと上手く立ち回ればよかった。スキルを磨き、麻薬も毒ももっと使いこなすべきだった……」

 ラゼルの呟きは、ノルドには自分が話しているように感じられた。
 非愉快で、腹立たしさを抑えられない鬱屈した感情。

「……それに、俺を追放するというのなら――宝物を、貰う権利がある」
 宝物庫の中、黒い光が蠢く。
 魔剣がラゼルを呼んでいた。



「やっときたか、選ばれ者よ!」
「は、馬鹿にするな、騙されないぞ!」
「なりたかった薬師にも、学者にもなれず、王にも、剣士にすらなれぬお前を救えるのは我だけだ」

「うるさい、うるさい、うるさい!」
 ラゼルは、全てを見透かされたようで怒りに震えた。

「悪かったな。我をこの檻の鞘から解放して命を与えてくれ。そうすれば、お前に力を貸し、守ろう」
「蠱惑の魔剣が危険なものだと知らないとでも思っているのか?」

「それは間違いだ、ラゼル。お前が嫌われているのは何故だ? 怖いのだ。奴らはお前という存在が。それはお前のせいか?」

 その言葉が、ラゼルの奥底に眠る孤独を抉った。
「違う……つまり魔剣も使い方だと言いたいのか? よかろう。共に生きよう」

 ラゼルは剣を、迷いを断ち切るように一気に抜いた。鞘は、公爵家の血を引く彼により、檻にならなかった。

 闇の光が彼を包み、その身から力が抜けていく。
「ああ、生き返った! しかしお前。魔力はまずいし少ないな」

「ふざけるな。私から魔力を二度と吸うな!」
「すまん。だが我に魔力を貯めさせろ。そうすれば英雄たちでも倒せぬ力を、お前は持つことになる」
 その誘惑は、あまりに甘く、あまりに致命的だった。

「わかった。与えよう」
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