シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

白銀の誓い

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サン=マリエル公国でのローカンの結婚式に立ち会い、その後はすぐ聖王国へ向かう――
本来の予定は、たったそれだけのはずだった。
しかし、公国へ戻ったローカンがもたらした報せは、予想外のものだった。

「大変だ! 帰ってきたら、周囲に魔物が出てるって苦情が出ていてな!」
 額に汗を浮かべ、全身に残る小さな切り傷を気にする余裕もなく、彼はグラシアスたちに言った。
 街道周辺では、久しく見なかった魔物が再び現れ始めていた。

 聖女の征伐以来消えていた魔物が、何事もなかったかのように少しずつ戻ってきたのだ。
 城に戻るや否や、貴族たちは怒号をあげながら押しかけた。

「貴族にしてやったというのに、この様はなんだ!」
「我々は高い給料を払っているんだぞ!」
「うちの者が怪我をしたら、お前に責任が取れるのか!」
「街道が危険では、うちの商売にも支障が出る!」

 中には、ローカンの兄弟まで混ざっていた。
「ローカン……期待していたのに、失望したよ」
 その一言は、他の罵声よりも胸に深く刺さった。兄弟だからこそ、痛みはより強く響く。

サン=マリエルの周囲は森に囲まれ、その奥には魔物の森が広がる。
魔物が街道に現れることは、本来なら日常茶飯事だった。

「昔はな、自分たちで退治してたし、腕の立つ冒険者も多かったんだが……」
聖女の征伐で魔物が一時的に減った結果、仕事の無くなった冒険者は公国を去り、残った冒険者はほぼ初心者のみになった。

魔物退治はローカン一人に押し付けられる形となった。
グラシアス一行が到着したとき、ローカンは疲労困憊で、目は赤く、髪は乱れていた。
戦場での緊張感と、限界まで戦った疲労がにじみ出ている。

「すまない……まだ魔物退治が終わらない。ひょっとすると……結婚式も……延期するかもしれない」
ヒカリの表情が曇った。
それを見た瞬間、ローカンは胸を締め付けられる。
自分が守りたい人の笑顔を、自分が曇らせている。
その現実が何より辛かった。

その時、ノルドが静かに一歩前に出た。
「中止しなくて大丈夫です。魔物は、僕たちが全部片付けます」
その声は、周囲の重苦しい空気を一瞬で切り裂いた。

「だが……俺の仕事だ!」
「冒険者ギルドに依頼が出ているのですよね。じゃあ私たちが受けます」
「それでも……ノルドたちだけでは……」ローカンは難色を示した。

 変わったな。ノルドは感じて微笑んだ。
 昔の彼ならば、「じゃあ、ノルド宜しく!」で済ませてた。
 ノルドは首を振る。

「ヴァルの察知能力があります。難しくありませんよ」
 ヒカリが口元に手を当て、涙ぐんだように言った。
「ノルドさん……でも、本当に……」
 彼女も、ローカンとともに魔物討伐に同行しているのだろう。彼女にも、全身が傷つき、疲れが見えている。後ろに控えているロッカ隊の連中もだ。

「大丈夫です。あなたたちの晴れの日ですから。ローカンさんたちには、今日と明日は戦いから離れてほしいんです」
「ありがとう、ノルド」
 肩の重荷がふっと消え、ローカンは小さく、深くうなずいた。


「殆ど何も出来てなくて……」
「わかりました。そう言うことなら、私たちも手伝いますよ!」
グラシアスは結婚式の準備に取り掛かる。普段は渋い顔をしている教会も公国も、式前日にもかかわらず施設の貸出を許可した。

「まったく、相手を見やがって!」
ローカンは、内心腹を立てていた。
「お金次第ですよ。資金は、ガレアが出しますよ。シシルナ島を救った報酬がまだ払われてませんから!」

聖女に連なる聖王国の大商人の力が、結婚式を後押しする。
「みんなも手伝ってくれますよ!」
料理はノゾミたちが担当し、ヒカリさんの準備はシルヴィアたちが、会場の設営はロッカたちが進めることになった。

ノゾミたちは侯城にある大きな厨房を借り、ネラが運んできた大量の肉や野菜を調理に取り掛かる。雇った地元の料理人たちは、ノゾミの神技に驚きながら指示に従い、手伝った。

「サン=マリエルの食材は新鮮なものばかりです。せっかくですから、一番美味しく仕上げましょう」
香りは城の外まで漂い、民衆の鼻をくすぐった。

一方、シルヴィアたちはヒカリの担当だ。ローカンの家で衣装を整え、細かく調整していく。
「こんなに綺麗なの……私、着ていいんでしょうか……?」
「あなた以外に誰が着るのよ。これはセラ様からのプレゼントなのよ」

「ほら、じっとしてて、サイズ直しの途中よ」
シルヴィアが衣装のピン留めを終えると、リーヴァがヒカリをベッドに寝かせ、ノルドからもらったポーションを飲ませ、化粧水とクリームを全身にくまなくつける。

「脱いでいいわよ、横になって」
「ほら、傷も消えたし、肌も綺麗よ。いい匂い。さすがノルドの薬」
「可愛い妹分のヒカリに少しでも美しくいてほしいから」

彼女たちが微笑むと、ヒカリの頬は自然と赤く染まる。
「ありがとう、シルヴィア姉ちゃん、リーヴァ姉ちゃん」
「大丈夫よ、私たちにも野望があるもの。この服を借りることよ!」
三人は声をあげて笑った。

ロッカたちは会場の設営を担当。
グラシアスが雇った職人とともに、木材を組み立て、飾りを次々と立て、何もない広場が徐々に「祝いの場」へと変わっていった。


夜、ローカンとヒカリは静かな教会前に立った。
雪が舞い、地面に静かに積もる。
街灯に反射した雪が二人を淡く映す。

「ヒカリ……本当にすまない。魔物退治から解放されなくて……」
彼はうつむき、震える声で言葉を探す。ヒカリはそっと手を握る。

「ローカンは、いつも私たちのために戦ってくれます。魔物から守ってくれて、誰より優しい。そんなあなたを、私は好きになったんです」
ローカンの目が揺れ、胸が熱くなる。

「私、明日、笑って誓います。ローカンの隣に立てること、誇りに思っていますから」
雪が静かに積もる音だけが響き、一瞬時が静止したようだった。


ノルドたちは雪の舞う薄暗い森。その深部にいた。
「右前方に五体。その奥にも群れがいるわ」ビュアンが報告する。
「全部片付ける!」

リコとヴァルが駆け出す。雪を蹴る足音が森に反響する。
 魔物に襲いかかる。
ビュアンの雪風が敵の目を欺き有利に戦いを進める。

斬撃、咆哮と爪、投擲のナイフ
深夜、最後の魔物が地に倒れた。
「……これで、明日は誰もローカンさんを呼び出さないよな」

ノルドたちは白い息を吐き、夜空に広がる雪雲を見上げた。


翌朝。世界は一変していた。
雪は夜中に静かに降り続け、山々は白い傘を広げたように見える。

だが、朝には雪が止み、山頂が朝日を受け淡く輝き、教会に差し込む雪明かりがヒカリのドレスを照らす。
 参列者の息がのみ、視線が集中する。参列者も、当初の予定と違い、殆どの貴族や権利者が出席している。

「あの衣装は?」
「何でも、聖女様の服を作った方の服らしい」
「いくらするんだ? 検討もつかないな。だが、村娘がごときが……」

 ヒカリは真っ赤になり、視線を逸らす。
「綺麗だな、ヒカリ。お前が着るからこそ、この服は輝く」
 ローカンは見つめ、言葉を吐いた。
 その言葉は、彼の考えていたより大きな声だったようだ。

 グラシアスたちも、ロッカたちも静かに頷き、ヒカリの父は涙を流した。
 二人は恥ずかしそうに、しかし確かに誓いの言葉を交わす。
 鐘が鳴り、公国中に響き渡った。

 教会を出ると民衆が広場に集まっていた。ロッカたちが除雪いて、雪だるまにしていた。
「ローカン様、おめでとう!」
「ヒカリ、綺麗だよ!」
 広場では宴会が始まり、踊りと音楽が響く。

ノゾミたちの料理は大絶賛で、子どもたちすら皿を抱えて離さない。
「こんなに美味しいもの、初めて食べた!」

 何もない田舎。そこに暮らす人々。
 ローカンはヒカリの手を握り、心から思った。
――今日という日を迎えられたのは、自分一人ではない。白銀の公国で、二人はともに歩み始める。

「あれ、ヴァル君は?」
 男性陣と話をしていて、ふと気がつく。
「雪が楽しくて、森を駆けていますよ!」

 それが違うことは今ではわかる。見張りをしてくれているのだ。
「ヴァル君には、美味しい骨付き肉を残しておかないとね」

「そうですね」ノルドは微笑んだ。
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