完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

斜塔の鐘の音

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次の日、眠そうなリコを起こして、ノルドは斜塔に向かう。
 夜遅くまでイル婆さんに手芸を教わっていたのか、それとも長話をしていたのか。小さなあくびが可愛らしい。

「さあ、そろそろ起きて」
「ええ……」
「おいてくよ!」
 リコは、慌てて飛び起きた。寝癖がぴょこんと跳ねている。

 斜塔の入り口には重厚な柵があり、警備員が立っていた。塔の周囲には緊張した空気が流れている。
「入りたいのですが?」
「聞いてないのか? 今は冒険者しか入れない。魔物の巣窟だ」

「でも……僕たち冒険者なんで……」
「はいはい。それなら冒険者ギルドに行って許可を貰ってくれ。さあ、仕事の邪魔だ」
 ノルドたちを追い払うと、警備員はすぐ仲間と噂話に戻った。気の抜けた対応に、ノルドは眉をひそめる。

「どうする?」
「登ろうよ。この塔の鐘が鳴らないと大変なんだって!」
 リコはやる気満々だ。
「登りたい」ビュアンの声も聞こえる。
「ワオーン!」

「わかった。じゃあ、ギルドに行こう」
 冒険者ギルドには多くの人が居た。閑散としたサン=マリエルとは正反対で、雑多な喧騒が渦巻いている。

 掲示板には『斜塔、入場は受付まで、中級以上』と張り紙がしてあった。
「すいません。斜塔に登りたいのですが?」
 ノルドは受付に行って尋ねた。

「冒険者ですか?」
「はい」
「実はですね。冒険者と言っても、斜塔の入場は中級ランク以上に限定されてまして……」
 受付嬢のハーフエルフの女の子は申し訳なさそうに言った。
「ええ、読みました」

 ノルドは、シシルナ島で発行されたギルドカードを出す。
「ああ、ジョブは荷運び人ですか。それでしたら単独では……」
 やり取りを聞いていたらしい冒険者たちの視線が集まる。

 ざわつきが広がり、冷たい声が飛んだ。
「シシルナの荷運びって、問題のある奴じゃないか?」
「ああ、聞いたことある。不正をする奴らだよね」
 嘲る視線が痛い。リコがむっと頬を膨らませた。

「じゃあ、これでどう?」
 怒ったようにリコがギルドカードを机に置く。
「戦闘職ですね。それでしたら……」
 受付嬢が許可証の印を押そうとした時、後ろの男がその手を掴んだ。

「はぁ、こんな小娘一人に荷物持ちだけで危険だな。許可は出せん」
「でも、ルールでは?」
「ルールは俺だ。どうせ無理して、すぐに救助信号を送ってくる」

 よく見ると、昨日村に入る時に会ったグリーンだ。
「グリーン警備長」
「ん? それ、双子の弟だ! 俺はブルーリヴェル。ここのギルド長だ。弟、知ってるのか?」

「あ、間違いました。匂いまで似ていて」
 冒険者たちは笑い転げた。
 ノルドの言葉にギルド長は顔を赤らめ、怒りを爆発させる。

「ふざけてるのか!」
 机をどんと割れんばかりに叩いた。
 兄弟でも、これほど性格が正反対なのか。ノルドたちは驚いたが、ギルド長は脅しが効いたと思ったのか、ご満悦な表情になっている。

「ふざけてるのは、お前だよ。ブルー。私の大切な客人に失礼な振る舞いをしてくれるとは」
「イル長老!」
 その場が一瞬で凍りつく。空気が正されるようだった。

「ノルド、イル婆ちゃんは、この村で一番偉いのよ」
 リコが小声で教えてくれる。
 こうしてノルドたちは許可証をもらい、斜塔に入ることが出来た。

「お前たちが強いのはリコに聞いたよ。でも気をつけて!」
「はーい。でもノルドがいるから大丈夫! 行こう!」
 低階層は迷路のようで、冒険者とあちこちでぶつかる。

「私に任せて。光の精霊の子、道を示せ!」
 ビュアンの一声で精霊の子が先導してくれる。
 塔の中はとても汚く、湿った空気がまとわりついた。
 ノルドたちはレインコートを羽織り、マスクをする。

 ビュアンの風で綺麗にしようとしたら、逆に埃が舞い上がり大変なことになった。
「ごめん、ノルド!」
「ううん、これは最上階が閉じられている証拠だ」
 ヴァルとリコが出てくる魔物を次々に屠る。

 毒蛇や毒虫が圧倒的に多かったが、レインコートのおかげで被害は少ない。べっちゃりと粘ついた魔物が取りついても、すぐ払える。
「ちょっと待って! 毒消しを飲もう」
 自慢の万能毒消しポーションを配る。ヴァルは嫌そうに口を閉じたが、こじ開けて飲ませた。

「わかってる。でも念には念を」
 ノルドが目を見て真剣に言うと、渋々ながら飲んでくれる。
「この塔には財宝も素材になる魔物もいないのに、何故こんなに冒険者がいるのかな?」

「なんでも、この塔から魔物が溢れないようにするために、冒険者には割といい日当を出してるんだって。でも上の階の討伐は難易度が高くて、階段見つけてもあまり上に行かないんだって」

「それで冒険者なのかよ」
 ノルドは呆れた。慎重なのはあくまで“安全に攻略するため”だ。危険なら即撤退するのは当たり前だが。

「冒険者への支払いが大変だって、お婆ちゃん言ってた」
「本気でやってやる! シシルナ隊の凄さを見せつけよう!」
 ノルドの目が鋭く光る。
「任せて!」
「ワオーン!」

 強い敵の気配は感じない。ビュアンがコートについた魔物を水で洗い流してくれる。
「ありがとう、ビュアン!」
「任せて!」
 ノルドたちは最上階近くまで駆け上がった。
 そこには巨大な蜘蛛の巣。塔の窓まですべて覆い尽くすほどだった。

「ワオーン!」
 牙狼の爪が蜘蛛の巣を切り裂いて進む。
 だが、それを不快に思った大魔物が近づいてくる。大蜘蛛だ。

「来るぞ!」
 ノルドはナイフをしまって短剣を取り出す。アレンの剣だ。
 大蜘蛛が恐るべき速度で糸を伝って迫る。

「そこまでだ」
 ノルドの魔眼が開く。凍りついたように動きを止めた大蜘蛛を、全員が一斉に切り刻んだ。
 大蜘蛛の腹から小蜘蛛が湧き出す。

「火の精霊の子よ、出番よ。燃やし尽くせ!」
 ビュアンの号令に、子蜘蛛は一匹残らず灰になる。
「それ、窓もだ!」
 窓を塞いでいた蜘蛛の巣が焼け落ちる。
 鐘が、待っていたように揺れ始める。

「見ていてノルド。私の出番よ!」
 風の妖精の彼女が激しい風を吹かせる。
 やがて鐘が音を出す。

 からん
 からん、からん
 四片についている大小、数十の鐘が綺麗な音色を一斉に鳴らした。

「なんて綺麗な音色なんだ」
 ノルドたちは屋上に登り、村と森を見回す。
 その音色に応じるように、森の自然が息を吹き返していく。

「ああ、この鐘が音のドームを作っている」
「この景色が、精霊王の見た景色」
 ビュアンは嬉しそうだ。
「見てよ、ノルド。人が集まってきたよ! 自慢しよう!」

 そう言って、リコはノルドの手を高く挙げた。
「恨まれそうだね、冒険者たちに」
「何を言ってるの。あいつら負け犬よ。あなたは英雄!」
「ワオーン!」


 その日のうちに、移動をしようと考えていたが、イルの説得に負けた。感謝と謝罪の宴会を受けた。
「私を恩知らずにするつもりか? 報酬を受け取ってくれ!」

「お金はいりません。エルフの作る糸を下さい!」
「もちろん。出回らないものだが、特別にハイエルフの作る糸を与えよう」
「セラ母さんに送ろうね」

 リコは嬉しそうだ。
「え? リコ、裁縫の仕方聞いてたよね?」
「うん、それも書いてもらったから、一緒にグラシアスさんに渡す」
「まったく!」
 次の日の朝、村の人全員に見送られて、村を後にした。

 エルフの村の斜塔の鐘の音は、遠ざかるノルドたちの耳にいつまでも残った。
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