シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

見えざる赤き魔物

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「ジュゼじいさん、戻ったよ」
「なんで戻ってきた! ……無事だったのか?」
「こっちの冒険者に助けてもらったんだ。近くの村の薬師に来てくれって頼んだけど、難しいし危険だって。それで、薬草は取ってきた」

医師らしい風貌の老人は、ノルドたちに向かって深く一礼した。

「迷惑をかけたな。この村では流行り病が出ていてな。たいした礼もできんが、移らんうちに早めに立ち去るといい」

そう言って、小銭の入った袋をノルドに手渡す。礼儀として受け取る。

「どんな病気なんですか?」

「激しい下痢と嘔吐だ。原因は……これだろう」

老人は、水の入った小さなガラス瓶を掲げた。瓶から一滴をスライドガラスに落とし、カバーガラスをかぶせる。それを最新式の魔力顕微鏡にセットし、

「見てみろ」

と促した。

「うわっ、赤い虫がいるよ、ノルド!」

最初に覗いたリコが声を上げ、ノルドに場所を譲る。

「これは……微小な魔物ですね。ビブリコでは?」

「よく知っているな。これが発見され、共和国の学会で発表されてから、まだ数か月も経っておらんぞ」

「たまたまです」

そう答えたノルドを、ジュゼは疑わしげに見つめた。

「……もしや、教皇国からの調査団か? やっと来たのか!」

「違うよ、じいさん。シシルナ島の冒険者だ」

「その通りです」

ノルドはギルドカードを差し出した。

「ふむ……確かに。荷運び人、か。教皇国はこの村を包囲するばかりで、救援はしてくれんのだな……いや、食糧も水も薬も出してくれている。それが限界なのかもしれんが」

そう呟くと、肩を落として椅子に腰を下ろした。

「じいちゃん、薬草を見てくれ。使えるか?」

バンが背籠から草の束を机に広げる。

「バン、よく頑張った。だが……この中に薬草はない」

「そんな……じゃあ、父さんも、母さんも……死んじゃうの……」

バンは声を上げて泣き、大粒の涙をこぼした。

「ノルド、助けてあげて!」

リコが耳元で小声で囁く。

「最初から、そのつもりだよ。バン医師、僕は薬草を多少持っています。必要なものを教えてください。あまり特殊なものは無いかもしれませんが」

「本当か……助かる。少しでも欲しい」

バンが薬草の名を告げると、ノルドは収納魔術から次々と薬草を取り出した。どれも丁寧に下処理され、質も申し分ない。

「これで以上ですが、間違いありませんか?」

「ああ……なぜ、こんな特殊な薬草まで持っておるんじゃ?」

「シシルナ島には、薬草がたくさん生えてますから」

実際には、ノルドは島中の魔物の森を巡り、薬草図鑑に載るものはもちろん、未掲載のものまで集め尽くしていた。さらに、グラシアスを通じて大陸中から高額で買い集める、筋金入りの薬草コレクターでもある。

「荷運び人ということは、商人か。代金の話だが……少し待ってくれんか」

「構いません。それより、薬師はいないのですか?」

「地方の村では、医師か薬師のどちらかがいれば御の字でな。薬は買い置きするか、拙い製薬スキルでわしが作っておる。ビブリコが体内に入って起こす病には特効薬がなく、手探りで試している状態だ」

ジュゼが藪医者でないことは、最新型の魔力顕微鏡が置かれていることで明らかだった。普通の町医者が持てる代物ではない。例外はマルカスくらいで、これほど新しい機種となると、サルサのサナトリウム級だ。相当な財力か、あるいは名のある学者なのだろう。

「……間違いない。本物だな」

薬草を見つめていたジュゼは、やがて立ち上がった。

「薬の試作は後回しだ。患者の回診の時間じゃ」

「よければ、同伴させてもらえませんか?」

「馬鹿を言うな! 移るぞ!」

「それなら、白衣より良い物があります」

ノルドは収納魔術から、スライム製のレインコート、手袋、スカーフを取り出した。

「これなら吐瀉物を直接浴びることもありませんし、水洗いもできます」

「ほう……こんな物まであるのか」

「売り物ではありませんが、余分があります。お貸ししますよ」

ジュゼは興味深そうに触り、頷いた。

「これはいい。他の介護者の分も借りられんか?」

「もちろん」

準備を整え、一行は教会へ向かった。中には数十人の病人が簡易ベッドに横たわっており、すでに亡くなった者も少なくない。

教会内は汚れ、すえた匂いが漂っていた。介護をしているのは、疲弊しきった老婆ばかりだ。

「これは酷い……手伝います」

「おばあちゃん、休んで。こういうのには慣れっこだから」

「ワオーン!」

ノルドたちは老婆たちを外へ出し、休ませることにした。

「悪いね……外の人に……」

「今日はゆっくり休んでください。明日にでも戻ってきて」

すぐに清掃に取りかかる。ゴミを片付け、床を磨き、シーツを新しいものに替える。足りない分は、ノルドが収納から補充した。

その間も、ジュゼは患者を一人ずつ診て回る。

「俺は死ぬのか……?」
「やぶ医者、早く治せ!」
「助けてください、ジョゼ様。小さな子供がいるんです」

年齢も性別も様々だ。罵声も懇願も、恐怖の裏返しだろう。

ポーションは重症者にのみ使われていたが、やがてヒールポーションが尽きた。

「……ついに在庫も尽きたか。作りに戻るしかないな」

治療薬のない現状では、患者の体力だけが命をつなぐ。しかし、飲んでも吐いてしまい、効果は薄い。それでも続けるしかなかった。

「提供しますよ」

ノルドが取り出したのは、ヒールポーションの箱だった。一箱百本入り。それを、四箱。

「……なに?」

ジュゼは思わず声を上げた。

「やりすぎよ、ノルド!」

リコが呆れたように言った。
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