シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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最終章 牙狼の王

許さないと誓った日

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その魔術師を視界に捉えた瞬間、セラの表情が、はっきりと強張った。
それは恐怖というより、記憶を無理やり引きずり出された者の顔だった。

呼吸が、わずかに浅くなる。
「セラ……あいつを知っているのか?」
サルサが低く尋ねる。

「いいえ、直接ではありません。ただ――」
彼女は無意識に胸元を押さえ、魔術師のマントへ視線を移した。

そして、静かに言葉を継ぐ。
「そのマントと服装……昔と、何も変わっていません。獣王国の魔術師部隊のものです」
「やはり、間違いないですね」

ノルドが、喉を鳴らすように頷いた。
「村の獣人族も、同じことを言っていました。次は……」
ノルドはスライムの袋に包んだ、割れた水晶核を取り出して見せた。

「ほお……壊れたダンジョンコアか」
サルサは目を細め、じっくりと観察する。
「だが、この禍々しい光……中に入っている液体から発せられているようだな?」

「このコアに入れたんでしょう。どうやって入れたのかは分かりませんが」
「簡単な話だ」
サルサは淡々と続ける。
「このコアは、生きていた。ダンジョンの内部……いや、コアの表面から吸い込んだのだろう。相当濃い。非常に不快な魔力の残滓だ」
その言葉を聞いた瞬間だった。

――ばたり。
鈍い音が床に響いた。
「母さん?」
振り向いたノルドの視界に、セラが崩れ落ちる光景が映る。

呼びかけても返事はなく、顔から血の気が一気に引いていた。
「しまった……!」
サルサの声から、いつもの余裕が消えた。

「ノルド、それらをしまえ。すぐ治療に入る」
部屋の空気が、一気に張り詰める。
「ノルド! 最上級のヒールポーションとマジックポーションを出せ!」
「はい!」

震える指で瓶を取り出し、セラ用の治療薬と混ぜる。布に染み込ませた薬液が、淡く光った。
「全身に貼りなさい。汚れたらすぐに交換して」

ノルドは、膝をついて母の身体に布を当てた。薬が触れた瞬間、セラの眉がわずかに歪む。その小さな反応に、胸が締めつけられた。

「ノルド、私とアマリでやるわ」
異変を察したリコたちが部屋へ入ってくる。
「あなたは布を作って」
治療が進むにつれ、セラの顔色に、わずかずつ血の気が戻っていった。土色の、汚れた魔力が、身体から抜けて布に移る。

――こんなものを、母さんはずっと抱えているのか。
やがて、セラがゆっくりと目を開けた。
「私……」
「同じ呪いだな」
サルサは短く告げる。

「さっきの光に当てられたようだ。今は自分の部屋で休みなさい。ノルドもついていけ」
「ええ……とても、眠たい……」
ノルドは、そっとセラを抱き上げた。

――こんなに、軽かったのか。
胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。
「母さん……ごめん」
小さく呟く。

「危険な目に、あわせた」
ベッドに降ろし、椅子に腰を下ろして、その寝顔を見つめる。
小さな手。
白髪の混じる髪。
かすかな吐息。

――生き物は、魔力を生み出さなければ、死んでしまう。
それが、この世界の摂理だ。
「神よ……」
ノルドは歯を食いしばった。
「まだ、母さんを取り上げないでくれ……!」

「ノルド」
ふわりとビュアンが現れ、ノルドの肩に止まった。
「セラはね。神に愛されている子よ。安心しなさい」
「セラの魔力は呪いに閉じ込められていた。でも、今……僅かに穴が開いたのが見えるわ」
静かに様子を見ていたアマリが言った。

「くそ……!」
ノルドは拳を握りしめ、声を荒げた。
「自分に腹が立つ……! 何をやってるんだ、俺は……!」

彼がここまで感情を露わにするのは、珍しい。眠る母の手を、そっと包み込む。温もりが、確かにそこにあった。
「もう、許さない」
その声は低く、揺るぎがなかった。


アマリとリコにセラの看病を頼み、院長室を訪ねた。ヴァルは無言で、後ろを歩く。
「さっきは、話が途中で……」
「いや、セラは落ち着いたか?」
「はい……すいませんでした」

「私も、つい平気だと勘違いしてしまってな。世界一の医師とは言えんな」
サルサは自嘲気味に笑う。
「それで……」

ノルドは、スライムの袋に入った魔術師の服から転げ落ちた薬を取り出した。
「これです。さっき見せた魔術師が持っていました」
「ああ……なるほどね。それで、ノルドの推測を聞こう」
「魔術師は、ダンジョンのコアにこの薬をかけ、ダンジョンを狂わせました」

獣王国の魔術師は大森林で獣人族を脅迫し、無理やり手を組ませていた。獣王国への通報、そして毒薬のばら撒き――それが彼の切り札だった。
異変に気づいたネフェルによって、ダンジョンは沈黙した。

いや、ダンジョンでなくなった。
「ネフェルが、殺すとは思えません。ですから、事故だと思います」
「そうだな。争った跡は無かった」
「この薬……呪いの毒薬は、母さんが浴びた物と同じです」
ノルドの声は静かだった。

だが、その奥に、はっきりとした怒りが宿っている。サルサは、ゆっくりと頷いた。
「……念の為、調べさせてくれ」
ノルドは、これまで呪いの毒薬の解毒剤を作ることに心血を注いできた。

それは、戦いに向かわせないでほしいという、セラの想いがあったからだ。

「サルサ様。僕は、戦おうと思います」
顔を上げ、はっきりと言う。

「呪いをかけた者が死なない限り、呪いは解けない。違いますか?」
「……そうかもしれん」
「獣王国魔術師部隊長。それが、全ての元凶です。必ず仕留めます」
「ワオーン!」

意思は固く、揺るがない。それを悟ったサルサは、肩をすくめて笑った。
「わかった。この毒薬が同じか急いで調べる。それと、島主と話をしよう。これはお前たちだけの問題じゃない」

時が来たのだ。
かつて、セラ親子を守るために戦争を仕掛けたシシルナ島。
だが、今回は違う。
大聖女ネフェル暗殺を行った、獣王国との戦いになる。

「まさかね……」
ネフェルの寝室で、楽しげな寝顔を見つめながら、
サルサは胸の奥に湧いた予感を、振り払えずにいた。
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