231 / 238
最終章 牙狼の王
終わらせる場所
しおりを挟む「それで、大国たちの動きはどうなんだ?」
獣王国沖。
大小の岩礁が点在する海域に浮かぶ小島は、グラシアス商会の所有地でありながら、今や完全にシシルナ島の海賊たちのアジトとなっていた。
過去にも一度。同じことがあったのに、獣王国は、強行接収をせず放置していた。
「呑気なものだ。だからやられる」
高台に設けられた簡素な指揮所で、提督ディスピオーネは望遠鏡を下ろし、背後の男に問いかけた。
潮風に煽られた外套が、彼の背で重く揺れる。
「それなんだが……」
グラシアスは一拍置き、視線を海から離さずに答える。
「大陸の三大国家、揃って獣王国を非難している。表向きはな」
「表向き、か」
「一番早く具体的な動きを見せたのは共和国だ。経済制裁、軍の派遣も準備している。仕事が早い」
「それは意外だな」
ディスピオーネの言葉に、グラシアスは小さく笑った。
「いや、意外じゃない。計算通りだよ」
大陸には三つの巨大な国家がある。
広大な領土を誇り、その大半を森と砂漠に覆われた東の帝国。
最古の王権を持ち、幾度も覇権を握ってきた王国。
そして、周辺の小国を次々と併合し、急速に力を伸ばした共和国。
「他の二国は?」
「王国も、いずれ動くだろうな」
ディスピオーネは海を見下ろし、口の端を歪めた。
「まあ、海上はこちらが完全に押さえている。獣王国がこっちに仕掛けては来ない。少しうるさいだけだ」
その直後だった。
遠方で閃光が走り、次の瞬間、獣王国の港から放たれた砲弾が空を切る。
だが、距離は足りない。
砲弾は偵察船の手前で海に落ち、派手な水飛沫だけを上げた。
遅れて、その重低音が島にまで届く。
「……いつも、あんな感じですか?」
「ああ。弾と火薬の無駄だな」
ディスピオーネは肩をすくめ、冗談めかして続ける。
「鼓舞のつもりなんだろう。撃ち返していいか? こっちの最新式なら陸に届くぞ」
「駄目です。民に被害が出ますから」
グラシアスの声は、静かだが即断だった。
島の港に、新たな商船が入ってくる。
獣王国へ向かうはずだった商船の荷は、すべてこの島で陸揚げされていた。
「さて、仕事をしてきますよ」
「ああ、だがグラシアス。大損じゃないのか? なんでも買い取って」
「そうでもありません」
彼は倉庫に積み上がる荷を一瞥する。
「きっちり買いたたきます。それに――」
一瞬だけ、グラシアスの目が鋭くなった。
「この日のために、私は財産を作ってきたんです」
倉庫には鉱石、酒、織物、高級食材が山と積まれていく。
彼の頭の中では、すでに次の売り先、次の交渉相手、次の一手が並んでいた。
「生ものは持たないな。ディスピオーネ提督、今夜は皆に振る舞いますよ」
「士気維持か。ありがたい」
海賊たちと囲む食卓。
荷に紛れていた酒と高級食材が、惜しげもなく並ぶ。
海路の閉鎖は、これで完璧だ。
獣王国の喉元は、すでに半分締まっている。
「次は陸路だ」
食後、グラシアスは広げた地図に指を置いた。
海から遠く離れた、内陸の要衝。
「獣王国が本当に困るのは、ここからですよ。
戦争とは、剣を抜く前に終わるものですから」
ディスピオーネはその指先を見つめ、低く笑った。
海は穏やかだった。
だが、西からの雲は、嵐を呼ぶだろう。
※
獣王国は北国である。南に降っていくと、王国と聖王国へ続く道に繋がる。
「ここだな」
途中にある峠道に差し掛かると、ノルドは森へと入った。同行しているのは、ヴァルとリコ。それとアマリだ。
森は、その大部分が魔物の森だ。そして、そこにいる魔物の強さは大陸でも飛び抜けている。
「お姉ちゃんは、こんなところに住んでたんだ」
「探せば住んでた場所があると思うよ。ヴァル、お願い」
それほど、深くない場所の少しだけ開けた場所に古い小さな小屋を見つけた。
それでも、簡単に来れる場所じゃない。
「ここかなぁ? グラシアスさんに聞いた場所だとここのはずだけど」
小屋にはなぜか鍵がかかっていた。
「困ったな」ノルドは頭を掻いた。
アマリが、ポケットから鍵を取り出して、「ガチャリ」と扉を開けた。
「へへへ、お姉ちゃんの部屋から見つけたの。あの人、持ってるもの少ないからすぐ見つけれたわ」
聖女ネフェルの私物と呼ばれるものは、殆どない。
彼女は物を持たない性格だからだ。
「まさか、鍵がついてるとは……」
小屋を開けると、古い空気の匂いがした。
だが、中は整理整頓されていたし、綺麗に補強もされていた。
「そういえば、グラシアスさんが大工仕事をやらされたって聞いたわ」
「掃除すれば使えるね。テントを張ろうと思ったけど……」
「ううん」
アマリは涙顔だった。
彼女にはこの場所の記憶は無い。けれど、この地で、ネフェルに拾われて姉妹となった。
「お姉ちゃんの小屋よ、遠慮しなくていいわ。ここを基地にしましょう」
ノルドは、収納品の中から、掃除道具や生活道具を取り出した。
「じゃ、準備するわ」
リコとアマリが作業を始めた。ヴァルと精霊の子が、周りを警戒している。
「ちょっと、森を見てくる」
ノルドはさらに森の奥地へ入っていく。
シシルナ島とは正反対で、森は静かで風と枝の音しかしない。
まっすぐ伸びた木、光は届かず、足元は苔で音が消える。
母が俺を庇いながら、呪いを受け暗殺者たちと戦い、必死に逃げた場所だ。
記憶はない。
だがノルドの脳裏には浮かぶ。
そして頬に涙がつたう。
「再び、戦いの場所にしようじゃないか。ここは、逃げた場所じゃない。終わらせる場所だ。許されざる者を」
妖精ビュアンが現れ、ノルドの肩に座った。
「牙狼王の仰せのままに」
1
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か
織部
ファンタジー
記憶を失った少年アキラ、目覚めたのはゲームの世界だった!
ナビゲーターの案内で進む彼は、意思を持ったキャラクターたちや理性を持つ魔物と対峙しながら物語を進める。
新たなキャラクターは、ガチャによって、仲間になっていく。
しかし、そのガチャは、仕組まれたものだった。
ナビゲーターの女は、誰なのか? どこに存在しているのか。
一方、妹・山吹は兄の失踪の秘密に迫る。
異世界と現実が交錯し、運命が動き出す――群像劇が今、始まる!
小説家になろう様でも連載しております
「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。
木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。
しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。
さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。
聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。
しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。
それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。
だがその後、王国は大きく傾くことになった。
フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。
さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。
これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。
しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる