シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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最終章 牙狼の王

終わらせる場所

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「それで、大国たちの動きはどうなんだ?」
獣王国沖。
大小の岩礁が点在する海域に浮かぶ小島は、グラシアス商会の所有地でありながら、今や完全にシシルナ島の海賊たちのアジトとなっていた。

過去にも一度。同じことがあったのに、獣王国は、強行接収をせず放置していた。
「呑気なものだ。だからやられる」
高台に設けられた簡素な指揮所で、提督ディスピオーネは望遠鏡を下ろし、背後の男に問いかけた。

潮風に煽られた外套が、彼の背で重く揺れる。
「それなんだが……」
グラシアスは一拍置き、視線を海から離さずに答える。

「大陸の三大国家、揃って獣王国を非難している。表向きはな」
「表向き、か」
「一番早く具体的な動きを見せたのは共和国だ。経済制裁、軍の派遣も準備している。仕事が早い」

「それは意外だな」
ディスピオーネの言葉に、グラシアスは小さく笑った。
「いや、意外じゃない。計算通りだよ」
大陸には三つの巨大な国家がある。
広大な領土を誇り、その大半を森と砂漠に覆われた東の帝国。

最古の王権を持ち、幾度も覇権を握ってきた王国。
そして、周辺の小国を次々と併合し、急速に力を伸ばした共和国。

「他の二国は?」
「王国も、いずれ動くだろうな」
ディスピオーネは海を見下ろし、口の端を歪めた。

「まあ、海上はこちらが完全に押さえている。獣王国がこっちに仕掛けては来ない。少しうるさいだけだ」

その直後だった。
遠方で閃光が走り、次の瞬間、獣王国の港から放たれた砲弾が空を切る。
だが、距離は足りない。

砲弾は偵察船の手前で海に落ち、派手な水飛沫だけを上げた。
遅れて、その重低音が島にまで届く。
「……いつも、あんな感じですか?」
「ああ。弾と火薬の無駄だな」

ディスピオーネは肩をすくめ、冗談めかして続ける。
「鼓舞のつもりなんだろう。撃ち返していいか? こっちの最新式なら陸に届くぞ」
「駄目です。民に被害が出ますから」

グラシアスの声は、静かだが即断だった。
島の港に、新たな商船が入ってくる。
獣王国へ向かうはずだった商船の荷は、すべてこの島で陸揚げされていた。

「さて、仕事をしてきますよ」
「ああ、だがグラシアス。大損じゃないのか? なんでも買い取って」
「そうでもありません」

彼は倉庫に積み上がる荷を一瞥する。
「きっちり買いたたきます。それに――」
一瞬だけ、グラシアスの目が鋭くなった。
「この日のために、私は財産を作ってきたんです」

倉庫には鉱石、酒、織物、高級食材が山と積まれていく。
彼の頭の中では、すでに次の売り先、次の交渉相手、次の一手が並んでいた。

「生ものは持たないな。ディスピオーネ提督、今夜は皆に振る舞いますよ」
「士気維持か。ありがたい」
海賊たちと囲む食卓。

荷に紛れていた酒と高級食材が、惜しげもなく並ぶ。
海路の閉鎖は、これで完璧だ。
獣王国の喉元は、すでに半分締まっている。

「次は陸路だ」
食後、グラシアスは広げた地図に指を置いた。
海から遠く離れた、内陸の要衝。

「獣王国が本当に困るのは、ここからですよ。
戦争とは、剣を抜く前に終わるものですから」
ディスピオーネはその指先を見つめ、低く笑った。

海は穏やかだった。
だが、西からの雲は、嵐を呼ぶだろう。


獣王国は北国である。南に降っていくと、王国と聖王国へ続く道に繋がる。
「ここだな」

途中にある峠道に差し掛かると、ノルドは森へと入った。同行しているのは、ヴァルとリコ。それとアマリだ。

森は、その大部分が魔物の森だ。そして、そこにいる魔物の強さは大陸でも飛び抜けている。
「お姉ちゃんは、こんなところに住んでたんだ」
「探せば住んでた場所があると思うよ。ヴァル、お願い」

それほど、深くない場所の少しだけ開けた場所に古い小さな小屋を見つけた。
それでも、簡単に来れる場所じゃない。
「ここかなぁ? グラシアスさんに聞いた場所だとここのはずだけど」

小屋にはなぜか鍵がかかっていた。
「困ったな」ノルドは頭を掻いた。
アマリが、ポケットから鍵を取り出して、「ガチャリ」と扉を開けた。

「へへへ、お姉ちゃんの部屋から見つけたの。あの人、持ってるもの少ないからすぐ見つけれたわ」
聖女ネフェルの私物と呼ばれるものは、殆どない。

彼女は物を持たない性格だからだ。
「まさか、鍵がついてるとは……」
小屋を開けると、古い空気の匂いがした。
だが、中は整理整頓されていたし、綺麗に補強もされていた。

「そういえば、グラシアスさんが大工仕事をやらされたって聞いたわ」
「掃除すれば使えるね。テントを張ろうと思ったけど……」

「ううん」
アマリは涙顔だった。
彼女にはこの場所の記憶は無い。けれど、この地で、ネフェルに拾われて姉妹となった。
「お姉ちゃんの小屋よ、遠慮しなくていいわ。ここを基地にしましょう」

ノルドは、収納品の中から、掃除道具や生活道具を取り出した。
「じゃ、準備するわ」
リコとアマリが作業を始めた。ヴァルと精霊の子が、周りを警戒している。

「ちょっと、森を見てくる」
ノルドはさらに森の奥地へ入っていく。
シシルナ島とは正反対で、森は静かで風と枝の音しかしない。

まっすぐ伸びた木、光は届かず、足元は苔で音が消える。
母が俺を庇いながら、呪いを受け暗殺者たちと戦い、必死に逃げた場所だ。
記憶はない。

だがノルドの脳裏には浮かぶ。
そして頬に涙がつたう。

「再び、戦いの場所にしようじゃないか。ここは、逃げた場所じゃない。終わらせる場所だ。許されざる者を」

妖精ビュアンが現れ、ノルドの肩に座った。
「牙狼王の仰せのままに」
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