完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
40 / 221

カノン

しおりを挟む
※※
 ヴァルが、一つの大きな馬車の前で歩みを止めた。いつもなら吠えるところを、今回は首を振って静かに合図を送る。

「どうしたの? この馬車が怪しいの?」

 ローカンが問いかけた瞬間、馬車の扉が勢いよく開き、刃が閃いた。

「あ、あわわわわ!」 

 ローカンはヴァルに強く引っ張られ、転がるようにして剣筋をかわす。間一髪、刃はすぐ横を通り過ぎた。

「どうする? 殺すか?」

「決まってるだろう! 片付けて――」

その時――

「ワオーン!」

 ヴァルが鋭く吠えた。その響きに、暗殺者たちが一瞬ひるむ。 

 ちょうどその時、孤児院から一足早く帰路についているネフェル姉妹の馬車が通りかかる。

「あ、ヴァルどうしたの?」

 ネフェルが窓を開けて声をかけた瞬間、暗殺者たちの目が光る。

「聖女だ。ここで仕留めたら、首領に自慢できるぞ。馬車を囲め!」

 暗殺者たちは素早く馬車を取り囲み、御者に向かって至近距離から弓を放つ。しかし――

「楽しいなぁ、もっと、もっとだ!」

 御者座にいる鞭を持った老人が、軽やかな動きで鞭を操り、放たれた矢を次々に打ち落とす。鞭のしなる音が空気を切るたび、暗殺者たちの攻撃が無力化されていく。

「俺だ! 俺は素手だぞ! 狙いは俺だ!」

 もう一人の素手の老人が、矢を放った暗殺者たちを挑発するように叫ぶ。暗殺者たちは武器を持ち替えて槍を突き出すが、素手の老人は、凄まじい怪力で掴んだ槍ごと放り投げた。槍を持っていた男はもんどりを打って倒れた。

「あいつらはあとだ……キャビンを狙おう!」

 暗殺者たちは方針を変え、キャビンを攻撃しようと動く。

「こらこら、老人の相手をせんかい!」

 怒鳴る鞭の老人を尻目に、キャビンからもう一人の老人が現れ、片手を軽く振り下ろす。

 その瞬間――暗殺者たちは全員その場に崩れ落ちた。一瞬で全員を昏睡状態にしたのだ。

「こら! 俺の獲物だろ、寝てるな!」

「まだ何もしておらんぞ! 早く起きろ!」

 残された二人の御者は昏睡している暗殺者たちを軽く蹴り、憂さを晴らしている。

「ご、ご協力感謝いたします……」

 立ち上がったローカンが頭を下げると、後続の馬車から一人の若い男が降りてきた。その男は三英雄の執事長だ。

「いえ、何もしておりません」

 執事長は穏やかな微笑みを浮かべつつ、ローカンに言った。

「早く馬車にお戻りください。見つかったらサルサ様に怒られますからね」

 三老人は、あっという間に定位置に戻ると、馬車を発車させた。

 ネフェルとアマリは窓から顔を出し、「ヴァル、またね」と元気な声をかける。

 はからずも、ローカンは、素晴らしい経歴をまた一つ刻んでしまった。

※※

 暗殺者の首領は、呆然としていた。彼以外の全ての人間が捕まっていた。今日の獲物は、去り際に倒した強そうな女一人だけか。

「明日は、この俺の凄さを示してやろう。暗殺というのは、こうやってやるのかって、教えてやるよ!」

 リベンジに燃えて、姿を消した。



 孤児院の寝室に、セラは運び込まれた。

 居合わせたサルサ医師が診断すると、針には特殊な猛毒が塗られていたことがわかった。

 彼女の体力が限界だったせいで、毒が急速に体内を巡っている。だが、治療薬が手元にない。 

「効果は保証できないが……」

 そう言い残し、シロノをサナトリウムへ向かわせたものの、一刻を争う状況だった。

 ノルドは震える手で、母の傷跡に特製のクリームを塗り込む。

「母さん……どうだ、母さん……」

 しかし、セラの容態は悪化するばかりだった。

「ああ……俺が無理をさせたせいだ……普段の母さんなら、こんなことで……くそっ、くそっ……俺が優れた薬師だったら……」

 ノルドは嗚咽をあげ、床に崩れ落ちた。

 セラの意識は失われ、呼吸は浅く早い。

 その時、島主が一人の刺青女を連れて現れた。

「おい女、お前なら何とかできるだろう。もし何かあったら……」

 苛立ちを隠せない声で迫る。

 女は椅子に腰を下ろし、足を組んで不敵に笑った。

「カノンよ、好きにすれば」

 そこへグラシアスが部屋に駆け込んできて叫ぶ。
「いくら欲しいんだ!」

「いらないね」

 カノンは冷たく言い放ち、初めてセラをじっくりと見た。

 その時、セラの髪を覆っていたスカーフがはらりと落ちる。

 毒に侵されたような痣、薄くなった髪――過去に地獄の痛みを耐え抜き、それでもなお生き延びたのだろう。それは、あの醜く不自由な子供のためだったのかもしれない。

「私は死なせてしまったのに……」

 誰にも聞き取れないだろう、とても小さな声でぼそっと呟いた。

「条件は、シシルナ島への亡命と自由だ」

 カノンはそう宣言して、ノルドに解毒薬を手渡した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

処理中です...