完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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外伝

島主とディスピオーネ

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 レース中には、旗は上がっていなかったはずだ。

 ノルドは競犬場の空気に緊張が走るのを感じ取っていた。競技場の中では、ヴァルの走りに目を奪われていた観客たちが、一斉に息を呑んで静まり返る。

 その中で、マルカスは無表情に観客席を見つめたまま、再び口を開く。

「どうやら、ヴァルに勝たれると困る奴らがいるみたいだな」

「一体、どういうことですか?」ノルドは急いでマルカスに尋ねた。

 マルカスは無感情に肩をすくめ、「これから見ればわかるさ」とだけ言い、目には冷たい光が宿っていた。

 ノルドはその言葉を胸に、リコの元へ向かうことに決めた。

「じゃあ、俺も行こう」とマルカスもついてくることになった。

 ノルドがリコを見つけた時、島主が近くに立っているのを見た。

 その瞬間、マルカスは一瞬、何かを感じ取ったように硬直し、目を細めながら、すぐにその場を離れ、姿を消してしまった。

「リコ、あ、島主様も」

「あー、ノルド、ヴァル勝ったよ!」

「ありがとう、リコのおかげだ!」 二人は、握手を交わした。

「おお、ノルドか、リコとノルド君に簡単なお願いがある!」

 島主は、にこりと笑って言った。



実況:
「赤旗です。審議となりました。皆様、お持ちの勝犬投票券は、捨てないようにお願いします! これはどういうことでしょうか?」
解説:
「わかりません……」


 競犬場の審判室では、大変な騒ぎになっていた。
「まずいです。早く決めないと!」焦った声を出すのは、ステュワードと呼ばれる裁判長だ。

「し、島主様からお呼び出しがかかっています……」

「ああ、じゃあ確定しかないだろう」競犬の一部の調教師達は諦め顔だ。

「待て待て、損害を確認しよう。島主など待たせておけ、若造の癖に威張りよって」

 ここ、カニナ村の村長にして、カジノや競犬場を取り仕切る大富豪、ディスピオーネが手を振る。

「はい、九……ゴールドです」
「なんだ、九十、それくらいか?」
「いえ、九千ゴールドです……」

 会計は下を向いた。そこにいた全員の顔も同じように青ざめる。

 ディスピオーネは、呑気に飲んでいたワイングラスを壁に投げつけた。

 砕け散ったガラスが床に広がる。誰も動けない。

「お前、俺を騙して金を取るつもりか?」

 護衛たちがサッと動き、会計を取り囲む。リーダー格の男が剣を抜き、会計の首元に押し当てた。

「いえ、本当です。勝犬投票券の購入代金が、一万五千ゴールドです。入場料やショバ代等の儲けを引いて………」

ディスピオーネの顔が引きつる。

「いつもなら、買ったフリだけだろう。何故だ?」
「で、ディスピオーネ様が『今年はチャンスだ、買いまくれ』と……それと監査がいたので、いつもなら勝犬投票予約券を使えるのですが、その策が取れずに現金を……」

 奴らは、例年ならば「勝馬投票予約券」を活用していた。現金を使わない方法だ。もし、八百長が失敗したら、購入者が行方不明となるだけだ。

成功したら、そのまま勝ち金を手にする。

ディスピオーネは低く唸った。

「そうか、じゃあレースは不成立だ」

「しかし、理由がありません。狼に不正がありません。大外を走り続ける見事な走りでした」

 ステュワードは、うっとりとした顔をしてしまい、慌てて表情を戻す。

「競犬場の不正にしよう、狼の走りにだけ邪魔をした……?」

「ですが、ぶっちぎりの一位でした」

「ああ、だが不正は不正だ。レースをやり直そう」

「何度やっても勝てる見込みはありません。我らのシシルナ犬は、今日はもう一度は走れませんが、あの狼は……」

 調教師たちは、窓から競犬場を見る。

 ヴァルが、ウイニングランをしている。最高速で、疲れも見せずに走り続けている。

 出ている柵を軽々と飛び越え、わざと罠に落ち、ジャンプして走り出す。

実況:
「とても美しく、最強の名に相応しい走りです! 観客からヴァルコールが巻き起こっています! 確定の発表はまだでしょうか!」
 競犬場の観客は、その姿に酔いしれて、いつの間にか合唱が起きていた。

「ヴァル! ヴァル! ヴァル!」

「最強! 最強! 最強!」

 どんどん大きくなる声が、彼らにのしかかる。審判室の全員が、その重圧に押し潰されそうになっていた。

「じゃあ、レース不成立で払い戻しをしよう。負けている観客は喜ぶだろう?」

「いえ、それですが……ほぼいません。ほとんどの客は、ヴァルに投票しています」

静寂が訪れる。

 次の瞬間——審判室の扉が吹き飛んだ。

 壁にまで飛び、粉々に砕け散る。

 静まり返る室内に、島主が悠然と立っていた。

「いやあ、悪い悪い。扉が開かなくてね。弁償はさせてもらうよ。大金が入る予定があるのでね」

 島主の手には、魔法の杖が握られていた。先ほどの風魔法の余波が、部屋の中を旋風のように駆け抜ける。

 島主の周りには、シシルナ島の有力な村々の村長が揃っており、全員が戦闘服と武器を持っていた。ノシロやリジェ、メグミの姿も見える。

「ディスピオーネ殿、我々にも審査の内容を聞かせてもらえるかな?」

ガレア・シシルナは、又、にこりと笑った。
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