64 / 238
外伝
島主とディスピオーネ
しおりを挟む
レース中には、旗は上がっていなかったはずだ。
ノルドは競犬場の空気に緊張が走るのを感じ取っていた。競技場の中では、ヴァルの走りに目を奪われていた観客たちが、一斉に息を呑んで静まり返る。
その中で、マルカスは無表情に観客席を見つめたまま、再び口を開く。
「どうやら、ヴァルに勝たれると困る奴らがいるみたいだな」
「一体、どういうことですか?」ノルドは急いでマルカスに尋ねた。
マルカスは無感情に肩をすくめ、「これから見ればわかるさ」とだけ言い、目には冷たい光が宿っていた。
ノルドはその言葉を胸に、リコの元へ向かうことに決めた。
「じゃあ、俺も行こう」とマルカスもついてくることになった。
ノルドがリコを見つけた時、島主が近くに立っているのを見た。
その瞬間、マルカスは一瞬、何かを感じ取ったように硬直し、目を細めながら、すぐにその場を離れ、姿を消してしまった。
「リコ、あ、島主様も」
「あー、ノルド、ヴァル勝ったよ!」
「ありがとう、リコのおかげだ!」 二人は、握手を交わした。
「おお、ノルドか、リコとノルド君に簡単なお願いがある!」
島主は、にこりと笑って言った。
※
実況:
「赤旗です。審議となりました。皆様、お持ちの勝犬投票券は、捨てないようにお願いします! これはどういうことでしょうか?」
解説:
「わかりません……」
※
競犬場の審判室では、大変な騒ぎになっていた。
「まずいです。早く決めないと!」焦った声を出すのは、ステュワードと呼ばれる裁判長だ。
「し、島主様からお呼び出しがかかっています……」
「ああ、じゃあ確定しかないだろう」競犬の一部の調教師達は諦め顔だ。
「待て待て、損害を確認しよう。島主など待たせておけ、若造の癖に威張りよって」
ここ、カニナ村の村長にして、カジノや競犬場を取り仕切る大富豪、ディスピオーネが手を振る。
「はい、九……ゴールドです」
「なんだ、九十、それくらいか?」
「いえ、九千ゴールドです……」
会計は下を向いた。そこにいた全員の顔も同じように青ざめる。
ディスピオーネは、呑気に飲んでいたワイングラスを壁に投げつけた。
砕け散ったガラスが床に広がる。誰も動けない。
「お前、俺を騙して金を取るつもりか?」
護衛たちがサッと動き、会計を取り囲む。リーダー格の男が剣を抜き、会計の首元に押し当てた。
「いえ、本当です。勝犬投票券の購入代金が、一万五千ゴールドです。入場料やショバ代等の儲けを引いて………」
ディスピオーネの顔が引きつる。
「いつもなら、買ったフリだけだろう。何故だ?」
「で、ディスピオーネ様が『今年はチャンスだ、買いまくれ』と……それと監査がいたので、いつもなら勝犬投票予約券を使えるのですが、その策が取れずに現金を……」
奴らは、例年ならば「勝馬投票予約券」を活用していた。現金を使わない方法だ。もし、八百長が失敗したら、購入者が行方不明となるだけだ。
成功したら、そのまま勝ち金を手にする。
ディスピオーネは低く唸った。
「そうか、じゃあレースは不成立だ」
「しかし、理由がありません。狼に不正がありません。大外を走り続ける見事な走りでした」
ステュワードは、うっとりとした顔をしてしまい、慌てて表情を戻す。
「競犬場の不正にしよう、狼の走りにだけ邪魔をした……?」
「ですが、ぶっちぎりの一位でした」
「ああ、だが不正は不正だ。レースをやり直そう」
「何度やっても勝てる見込みはありません。我らのシシルナ犬は、今日はもう一度は走れませんが、あの狼は……」
調教師たちは、窓から競犬場を見る。
ヴァルが、ウイニングランをしている。最高速で、疲れも見せずに走り続けている。
出ている柵を軽々と飛び越え、わざと罠に落ち、ジャンプして走り出す。
実況:
「とても美しく、最強の名に相応しい走りです! 観客からヴァルコールが巻き起こっています! 確定の発表はまだでしょうか!」
競犬場の観客は、その姿に酔いしれて、いつの間にか合唱が起きていた。
「ヴァル! ヴァル! ヴァル!」
「最強! 最強! 最強!」
どんどん大きくなる声が、彼らにのしかかる。審判室の全員が、その重圧に押し潰されそうになっていた。
「じゃあ、レース不成立で払い戻しをしよう。負けている観客は喜ぶだろう?」
「いえ、それですが……ほぼいません。ほとんどの客は、ヴァルに投票しています」
静寂が訪れる。
次の瞬間——審判室の扉が吹き飛んだ。
壁にまで飛び、粉々に砕け散る。
静まり返る室内に、島主が悠然と立っていた。
「いやあ、悪い悪い。扉が開かなくてね。弁償はさせてもらうよ。大金が入る予定があるのでね」
島主の手には、魔法の杖が握られていた。先ほどの風魔法の余波が、部屋の中を旋風のように駆け抜ける。
島主の周りには、シシルナ島の有力な村々の村長が揃っており、全員が戦闘服と武器を持っていた。ノシロやリジェ、メグミの姿も見える。
「ディスピオーネ殿、我々にも審査の内容を聞かせてもらえるかな?」
ガレア・シシルナは、又、にこりと笑った。
ノルドは競犬場の空気に緊張が走るのを感じ取っていた。競技場の中では、ヴァルの走りに目を奪われていた観客たちが、一斉に息を呑んで静まり返る。
その中で、マルカスは無表情に観客席を見つめたまま、再び口を開く。
「どうやら、ヴァルに勝たれると困る奴らがいるみたいだな」
「一体、どういうことですか?」ノルドは急いでマルカスに尋ねた。
マルカスは無感情に肩をすくめ、「これから見ればわかるさ」とだけ言い、目には冷たい光が宿っていた。
ノルドはその言葉を胸に、リコの元へ向かうことに決めた。
「じゃあ、俺も行こう」とマルカスもついてくることになった。
ノルドがリコを見つけた時、島主が近くに立っているのを見た。
その瞬間、マルカスは一瞬、何かを感じ取ったように硬直し、目を細めながら、すぐにその場を離れ、姿を消してしまった。
「リコ、あ、島主様も」
「あー、ノルド、ヴァル勝ったよ!」
「ありがとう、リコのおかげだ!」 二人は、握手を交わした。
「おお、ノルドか、リコとノルド君に簡単なお願いがある!」
島主は、にこりと笑って言った。
※
実況:
「赤旗です。審議となりました。皆様、お持ちの勝犬投票券は、捨てないようにお願いします! これはどういうことでしょうか?」
解説:
「わかりません……」
※
競犬場の審判室では、大変な騒ぎになっていた。
「まずいです。早く決めないと!」焦った声を出すのは、ステュワードと呼ばれる裁判長だ。
「し、島主様からお呼び出しがかかっています……」
「ああ、じゃあ確定しかないだろう」競犬の一部の調教師達は諦め顔だ。
「待て待て、損害を確認しよう。島主など待たせておけ、若造の癖に威張りよって」
ここ、カニナ村の村長にして、カジノや競犬場を取り仕切る大富豪、ディスピオーネが手を振る。
「はい、九……ゴールドです」
「なんだ、九十、それくらいか?」
「いえ、九千ゴールドです……」
会計は下を向いた。そこにいた全員の顔も同じように青ざめる。
ディスピオーネは、呑気に飲んでいたワイングラスを壁に投げつけた。
砕け散ったガラスが床に広がる。誰も動けない。
「お前、俺を騙して金を取るつもりか?」
護衛たちがサッと動き、会計を取り囲む。リーダー格の男が剣を抜き、会計の首元に押し当てた。
「いえ、本当です。勝犬投票券の購入代金が、一万五千ゴールドです。入場料やショバ代等の儲けを引いて………」
ディスピオーネの顔が引きつる。
「いつもなら、買ったフリだけだろう。何故だ?」
「で、ディスピオーネ様が『今年はチャンスだ、買いまくれ』と……それと監査がいたので、いつもなら勝犬投票予約券を使えるのですが、その策が取れずに現金を……」
奴らは、例年ならば「勝馬投票予約券」を活用していた。現金を使わない方法だ。もし、八百長が失敗したら、購入者が行方不明となるだけだ。
成功したら、そのまま勝ち金を手にする。
ディスピオーネは低く唸った。
「そうか、じゃあレースは不成立だ」
「しかし、理由がありません。狼に不正がありません。大外を走り続ける見事な走りでした」
ステュワードは、うっとりとした顔をしてしまい、慌てて表情を戻す。
「競犬場の不正にしよう、狼の走りにだけ邪魔をした……?」
「ですが、ぶっちぎりの一位でした」
「ああ、だが不正は不正だ。レースをやり直そう」
「何度やっても勝てる見込みはありません。我らのシシルナ犬は、今日はもう一度は走れませんが、あの狼は……」
調教師たちは、窓から競犬場を見る。
ヴァルが、ウイニングランをしている。最高速で、疲れも見せずに走り続けている。
出ている柵を軽々と飛び越え、わざと罠に落ち、ジャンプして走り出す。
実況:
「とても美しく、最強の名に相応しい走りです! 観客からヴァルコールが巻き起こっています! 確定の発表はまだでしょうか!」
競犬場の観客は、その姿に酔いしれて、いつの間にか合唱が起きていた。
「ヴァル! ヴァル! ヴァル!」
「最強! 最強! 最強!」
どんどん大きくなる声が、彼らにのしかかる。審判室の全員が、その重圧に押し潰されそうになっていた。
「じゃあ、レース不成立で払い戻しをしよう。負けている観客は喜ぶだろう?」
「いえ、それですが……ほぼいません。ほとんどの客は、ヴァルに投票しています」
静寂が訪れる。
次の瞬間——審判室の扉が吹き飛んだ。
壁にまで飛び、粉々に砕け散る。
静まり返る室内に、島主が悠然と立っていた。
「いやあ、悪い悪い。扉が開かなくてね。弁償はさせてもらうよ。大金が入る予定があるのでね」
島主の手には、魔法の杖が握られていた。先ほどの風魔法の余波が、部屋の中を旋風のように駆け抜ける。
島主の周りには、シシルナ島の有力な村々の村長が揃っており、全員が戦闘服と武器を持っていた。ノシロやリジェ、メグミの姿も見える。
「ディスピオーネ殿、我々にも審査の内容を聞かせてもらえるかな?」
ガレア・シシルナは、又、にこりと笑った。
8
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。
木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。
しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。
さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。
聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。
しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。
それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。
だがその後、王国は大きく傾くことになった。
フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。
さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。
これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。
しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。
モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!
あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。
モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。
実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。
あらゆるモンスターへの深い知識。
様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。
自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。
降って湧いた凶悪な依頼の数々。
オースはこれを次々に解決する。
誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。
さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。
やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か
織部
ファンタジー
記憶を失った少年アキラ、目覚めたのはゲームの世界だった!
ナビゲーターの案内で進む彼は、意思を持ったキャラクターたちや理性を持つ魔物と対峙しながら物語を進める。
新たなキャラクターは、ガチャによって、仲間になっていく。
しかし、そのガチャは、仕組まれたものだった。
ナビゲーターの女は、誰なのか? どこに存在しているのか。
一方、妹・山吹は兄の失踪の秘密に迫る。
異世界と現実が交錯し、運命が動き出す――群像劇が今、始まる!
小説家になろう様でも連載しております
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる