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外伝
カノンと消えた刺青の謎
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カノンは前日と同じようにローカンにもたれかかり、彼の顔を撫でた。
「好きにして良いのよ」
暗闇の中でも、彼女の瞳には異様な眼差しが浮かんでいた。
そう囁くと、彼女は寝衣を脱ぎ、ローカンを押し倒そうとした。
しかし、彼はその動きを予測し、するりとベッドから抜け出す。そして、脱ぎ捨てていた上着を手に取り、そっとカノンの背中にかけた。
「ああああああ……」
カノンは突然、奇声を上げると、目を見開き、そのままベッドの上にばたりと倒れ込んだ。
「え? 何が起きたんだ……?」
薄暗い部屋の中で、ローカンの上着のポケットから青い光が漏れているのが見えた。
手を差し入れると、そこには青碧玉のブレスレット。禍々しい光を放ちながら、静かに脈打つように輝いている。
「これが原因か……一体、どんな効果があるんだ?」
ローカンはブレスレットを見つめながら呟いた。これは商人――いや、マルカスから買ったものだ。
彼がカノンの方に目を向けると、彼女は穏やかな寝息を立てていた。
ローカンはしばらく彼女の顔を見つめ、それからそっと抱き上げた。
その華奢な体は、思っていた以上に軽かった。
※
ノルドはヴァルとともに、夜の追跡を開始した。寒い冬の深夜だが、彼らにとってはむしろ、聖なる静寂の時間に過ぎなかった。
ヴァルは吠えるのを控え、頭を振った。冬毛に生え変わった小狼にとっては、暖房の効いた部屋よりも、この寒さの中の方が快適らしい。今日の食事の際も、何度も廊下に出て行っては体温を下げていた。
「でも、どうやって匂いを変えるんだ?」
他の匂いで誤魔化しているわけではない。匂いそのものが変わっていた。
「きっと、何か仕掛けがあるはずだ。教えてもらおう」
将来的に役立つ知識だろうと、ノルドは考えた。
新たな匂いを覚えていたため、ヴァルとノルドは迷うことなく追跡を続け、森の中へと足を踏み入れる。
「こんなところに、小さな魔物の森がある。気をつけて行こう」
ノルドは、セラの教えに従い、常に武器と薬を携帯している。ヴァルは散歩を楽しんでいるようで、上機嫌に尻尾を振っていた。
この森は、あまり人が立ち入らないらしく、規模の割に魔物が多い。ただし、どれも弱い魔物ばかりだった。
しかし、カニナ村の外れにあるこの森は、起伏の激しい岩山で、ノルドには厳しい地形だった。幸い、冬で草木が枯れているのが救いだ。
やがて、小さな小屋を発見した。それは、ノルドたちが森の中で見つけ、時折使っている小屋よりも、さらに二回りほど小さかった。
「カン、カン、コン、コン」
石を叩いて加工しているような音が響いている。何かを一生懸命に作業しているようだ。その姿に、ノルドはどこか自分と似たものを感じた。
勝手に、酒を飲んで博打を打っているろくでなしだと思っていた。だが、聞こえてくるのは、終わる気配のない作業音だった。
ノルドは足を止めたまま、しばらく耳を澄ませた。
やがて、ヴァルが静かにノルドを見上げる。
「……帰ろうか」
ノルドは、小さな声でそう言い、ヴァルとともに森を後にした。
背後では、まだ「カン、カン、コン、コン」という音が響き続けていた。
※
次の日の早朝、リコが元気よくノルドの部屋に入ってきた。
「ノルド、お早う!」
「ん……何だ、リコか……」
ノルドは目をこすりながら、まだ眠そうに顔を上げた。リコはにっこりと笑顔を向ける。
「どうせ、夜遊びに行ったんでしょ。ヴァル、散歩に行こう!」リコは元気よく声をかけた。
ヴァルは眠たそうに目を細め、リコの声を無視して寝たふりをしていた。しかし、リコが熱い視線でじっと見つめると、ヴァルはそれに耐えきれず、しぶしぶ体を起こした。
ゆっくりと立ち上がり、肩を引き上げ伸びをし、リコのところへ向かう。
「そういえば、ニコラさん達の馬車が着いてたよ」
「早いね、それなら、マルカスさんを捕まえに行かないと……ローカンさん、カノンさんを起こして、リコ」
ノルドは急に何かを思い出したかのように顔を赤くした。昨夜のことをすっかり忘れており、薬を処方するのを失念していたのだ。
「同じ部屋から出てきたらどうしよう……」
ノルドは恥ずかしそうに小声で呟いたが、リコは明るく返した。
「何言ってるの、別々の部屋にいる匂いがするでしょ」
リコはすぐに大声で部屋中に響かせた。「ローカンさん、カノンさん、起きて~」
カノンはぐっすり眠っていたらしく、晴れやかな表情の寝衣を見せていた。一方、ローカンは寝不足でぼんやりと部屋から出てきた。
「ローカン、私にいつの間にブレスレットをつけたの? 貰えないわ、ごめんなさいね、貴方には気が無いもの」
カノンは無邪気に言い放つ。ローカンは真っ青な顔をし、昨夜の出来事を急いで説明した。「はぁ……」と力なくため息をつきながら。
「そうなの? ごめんなさい」カノンは顔を真っ赤にし、少し焦った様子で謝った。
「ところで、刺青の方はどうだった?」
カノンは何の前触れもなく、周りの視線を全く気にせずに服を脱ぎ始めた。あっけらかんとした表情で。
リコは慌ててカノンを止める。ノルドは下を向く。「ちょっと、待って!」苦笑いしながらリコがカノンを連れて、彼女の部屋に向かった。
数分後、「わぁぁぁ!」とカノンの驚きの声が部屋中に響いた。慌てて部屋から飛び出してきたカノンは、信じられない表情で告げた。
「刺青の色が消えていた、まるで吸い取られたみたいに……」
服の隙間から見える刺青の色が、以前の鮮やかな色ではなく、白く色あせていた。
その言葉を聞いたローカンは、彼女の手に着けられた青い碧玉のブレスレットをじっと見つめた。ブレスレットはあの商人、マルカスから買った時よりも、さらに青く輝いているように見えた。
「まあ、食事をしてから、マルカスを捕まえに行こう。何せ、このホテルの朝食バイキングは、シシルナ島一だからな」
ノルド達は呆れ顔をしており、急いでマルカスを捕まえに行かなくてはならないのにと思いながらも、なぜかその提案に乗ることになった。ローカンの純粋な強い意思に勝てなかった。
「そうね、昨夜あれほど食べたのにお腹が減ってるわね。なんか食事をするのが楽しみだなんて不思議だわ」
その朝食会場のレストランで、なぜかマルカスの匂いがした。だが、彼の姿はどこにもいなかった……
「好きにして良いのよ」
暗闇の中でも、彼女の瞳には異様な眼差しが浮かんでいた。
そう囁くと、彼女は寝衣を脱ぎ、ローカンを押し倒そうとした。
しかし、彼はその動きを予測し、するりとベッドから抜け出す。そして、脱ぎ捨てていた上着を手に取り、そっとカノンの背中にかけた。
「ああああああ……」
カノンは突然、奇声を上げると、目を見開き、そのままベッドの上にばたりと倒れ込んだ。
「え? 何が起きたんだ……?」
薄暗い部屋の中で、ローカンの上着のポケットから青い光が漏れているのが見えた。
手を差し入れると、そこには青碧玉のブレスレット。禍々しい光を放ちながら、静かに脈打つように輝いている。
「これが原因か……一体、どんな効果があるんだ?」
ローカンはブレスレットを見つめながら呟いた。これは商人――いや、マルカスから買ったものだ。
彼がカノンの方に目を向けると、彼女は穏やかな寝息を立てていた。
ローカンはしばらく彼女の顔を見つめ、それからそっと抱き上げた。
その華奢な体は、思っていた以上に軽かった。
※
ノルドはヴァルとともに、夜の追跡を開始した。寒い冬の深夜だが、彼らにとってはむしろ、聖なる静寂の時間に過ぎなかった。
ヴァルは吠えるのを控え、頭を振った。冬毛に生え変わった小狼にとっては、暖房の効いた部屋よりも、この寒さの中の方が快適らしい。今日の食事の際も、何度も廊下に出て行っては体温を下げていた。
「でも、どうやって匂いを変えるんだ?」
他の匂いで誤魔化しているわけではない。匂いそのものが変わっていた。
「きっと、何か仕掛けがあるはずだ。教えてもらおう」
将来的に役立つ知識だろうと、ノルドは考えた。
新たな匂いを覚えていたため、ヴァルとノルドは迷うことなく追跡を続け、森の中へと足を踏み入れる。
「こんなところに、小さな魔物の森がある。気をつけて行こう」
ノルドは、セラの教えに従い、常に武器と薬を携帯している。ヴァルは散歩を楽しんでいるようで、上機嫌に尻尾を振っていた。
この森は、あまり人が立ち入らないらしく、規模の割に魔物が多い。ただし、どれも弱い魔物ばかりだった。
しかし、カニナ村の外れにあるこの森は、起伏の激しい岩山で、ノルドには厳しい地形だった。幸い、冬で草木が枯れているのが救いだ。
やがて、小さな小屋を発見した。それは、ノルドたちが森の中で見つけ、時折使っている小屋よりも、さらに二回りほど小さかった。
「カン、カン、コン、コン」
石を叩いて加工しているような音が響いている。何かを一生懸命に作業しているようだ。その姿に、ノルドはどこか自分と似たものを感じた。
勝手に、酒を飲んで博打を打っているろくでなしだと思っていた。だが、聞こえてくるのは、終わる気配のない作業音だった。
ノルドは足を止めたまま、しばらく耳を澄ませた。
やがて、ヴァルが静かにノルドを見上げる。
「……帰ろうか」
ノルドは、小さな声でそう言い、ヴァルとともに森を後にした。
背後では、まだ「カン、カン、コン、コン」という音が響き続けていた。
※
次の日の早朝、リコが元気よくノルドの部屋に入ってきた。
「ノルド、お早う!」
「ん……何だ、リコか……」
ノルドは目をこすりながら、まだ眠そうに顔を上げた。リコはにっこりと笑顔を向ける。
「どうせ、夜遊びに行ったんでしょ。ヴァル、散歩に行こう!」リコは元気よく声をかけた。
ヴァルは眠たそうに目を細め、リコの声を無視して寝たふりをしていた。しかし、リコが熱い視線でじっと見つめると、ヴァルはそれに耐えきれず、しぶしぶ体を起こした。
ゆっくりと立ち上がり、肩を引き上げ伸びをし、リコのところへ向かう。
「そういえば、ニコラさん達の馬車が着いてたよ」
「早いね、それなら、マルカスさんを捕まえに行かないと……ローカンさん、カノンさんを起こして、リコ」
ノルドは急に何かを思い出したかのように顔を赤くした。昨夜のことをすっかり忘れており、薬を処方するのを失念していたのだ。
「同じ部屋から出てきたらどうしよう……」
ノルドは恥ずかしそうに小声で呟いたが、リコは明るく返した。
「何言ってるの、別々の部屋にいる匂いがするでしょ」
リコはすぐに大声で部屋中に響かせた。「ローカンさん、カノンさん、起きて~」
カノンはぐっすり眠っていたらしく、晴れやかな表情の寝衣を見せていた。一方、ローカンは寝不足でぼんやりと部屋から出てきた。
「ローカン、私にいつの間にブレスレットをつけたの? 貰えないわ、ごめんなさいね、貴方には気が無いもの」
カノンは無邪気に言い放つ。ローカンは真っ青な顔をし、昨夜の出来事を急いで説明した。「はぁ……」と力なくため息をつきながら。
「そうなの? ごめんなさい」カノンは顔を真っ赤にし、少し焦った様子で謝った。
「ところで、刺青の方はどうだった?」
カノンは何の前触れもなく、周りの視線を全く気にせずに服を脱ぎ始めた。あっけらかんとした表情で。
リコは慌ててカノンを止める。ノルドは下を向く。「ちょっと、待って!」苦笑いしながらリコがカノンを連れて、彼女の部屋に向かった。
数分後、「わぁぁぁ!」とカノンの驚きの声が部屋中に響いた。慌てて部屋から飛び出してきたカノンは、信じられない表情で告げた。
「刺青の色が消えていた、まるで吸い取られたみたいに……」
服の隙間から見える刺青の色が、以前の鮮やかな色ではなく、白く色あせていた。
その言葉を聞いたローカンは、彼女の手に着けられた青い碧玉のブレスレットをじっと見つめた。ブレスレットはあの商人、マルカスから買った時よりも、さらに青く輝いているように見えた。
「まあ、食事をしてから、マルカスを捕まえに行こう。何せ、このホテルの朝食バイキングは、シシルナ島一だからな」
ノルド達は呆れ顔をしており、急いでマルカスを捕まえに行かなくてはならないのにと思いながらも、なぜかその提案に乗ることになった。ローカンの純粋な強い意思に勝てなかった。
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