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外伝
ローカンの好きなオレンジ
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島庁舎の島主の部屋には、静かな午後の光が差し込んでいた。
「そうか、そんな手紙が届いたのか。それで、どうするつもりだ?」
島主は少し考え込み、ローカンに尋ねた。
「どうしましょう?」
ローカンの曖昧な返事に、島主は眉をひそめる。
やれやれ……本当に世話が焼けるやつだ。
島主は、ローカンと出会った日のことを思い出していた。
あの頃、ガレアはまだ島主ではなく、シシルナ島のダンジョンに潜る冒険者だった。
ちょうどダンジョン町から港町へ戻ってきた時のことだ。
「何を見てるんだ?」
ガレアが声をかけたのは、この島に流れ着いたローカンだった。
目的もなくふらふらと歩いていた彼は、港の見える丘の上のベンチに腰掛け、じっと水平線に沈む夕陽を見つめていた。
「いや、綺麗なオレンジ色だなぁって」
「ふうん。この島じゃ、見慣れた風景だがな」
ガレアも隣に座り、同じように海を眺めた。
やがて陽が沈みきった頃、ガレアはローカンに声をかけた。
「飯でも喰いに行こう。奢ってやる」
なぜその時、ローカンを誘ったのか、ガレアは今でも思い出せない。
きっと、彼の横顔があまりに寂しそうだったからだ。
港町の飲み屋で、一緒に食事をした。
孤児院に帰っても、きっとニコラにお説教されるだけだったから。
「俺は田舎男爵家の七男で……」
酒が入ると口が回り、陽気で、めんどくさい奴だった。
「じゃあ、冒険者でもやれば?」
「俺には才能が無い」
ローカンは手元の剣を見つめて言った。
「いや、度胸かな……」
ガレアは、ローカンを捨てて帰ろうと、代金を払って店を出ようとした。
だが、店主が声をかけてきた。
「ガレア、その大きな塵も、連れて帰ってくれ!」
結局、ガレアは知り合いの警備員宿舎にローカンを押し込んで、ダンジョン町に戻った。
とっくに島から出て行ったと思っていたローカンに、再会したのは、それから随分あとだった。
その頃ガレアは、父の跡を継いで島主になるべく、島主代行として働いていた。
「親父が死んで、俺に島主のジョブが発現しなかったら……」
——母さんは、ニコラは呆れるだろうな。けど、俺は自由になれる。
一度島を出て、大陸の学校に通い、戻ってきたガレアには、この島は地味に映った。
だが本心では、島主の道を志していた。
けれども、これは神の采配。どうしようもない。
その無力感に、ガレアは苛立っていた。
「おーい、久しぶりだな。元気にしてたか?」
太った男がローカンだと気づくのに、少し時間がかかった。
「あ? ローカンか。まだ、この島にいたのか?」
「もちろんだよ。こんなに飯の美味いところ、他にはないよ。紹介してくれた警備隊の仕事、続けてる!」
「紹介……?」
どうやら警備員たちが、ガレアの友人ということで放り出さず、仕事を斡旋してくれたらしい。
「難しい顔をしてるな。なるようになるさ」
すっかり自分よりもシシルナ島民になっていたローカンに、ぽんと肩を叩かれた。
「そうだな」
優柔不断で、適当で、優しい男だ。見ていると、いらいらする。だが、不思議と勇気が出る。
難しい判断にも向き合える気がするのだ。
島主代行として職務をこなす中、ガレアは何度かローカンと一緒に仕事をした。
ローカンには、なぜか人望が集まり、警備班長に昇進していた。
「ローカン、お前、そんなことも出来ないのか?」
ガレアが叱ったのは、一度や二度ではない。
高度な要求には応えきれずとも、ローカンは実直に、こつこつと仕事をこなしていた。
やがてガレアは島主となり、ローカンは運も味方に、警備総長にまで上り詰めた。
「お前は、指揮官に向いていないし、ましてや統治者にはなれない。ジョブも持ってないし」
その言葉が喉元まで浮かんだが、ガレアは飲み込んだ。
ローカンの本質は、適性とは違うところにあるのかもしれない。
「それで、どうしましょう?」
「……少し早いが、飯でも喰いに行こう。お前も知ってる、頑固親父の安い店だがな」
ガレアは、机の上にあった干し肉などを片付けた。
「いや、島主様の奢りなら、もう少し良いところで……」
※
オルヴァ村の村長クライドが音頭を取り、他の村の長や部下の警備隊員たちも集めて、盛大な送別会が開かれた。
「まさか、この島を愛してやまないローカンが、島を離れるなんてな」
「うまい飯が食えなくなるぞ!」
「首になったら、すぐ戻ってこいよ!」
誰もがどこか信じられないような面持ちで、けれどその背中に寂しさをにじませながら、ローカンの門出を見送った。
送別会には、セラ親子やカノン、ヴァル、そして島主ガレアらの姿もあった。
「本当に、よろしいのですか……ガレア様?」
セラは元騎士団長である。小国とはいえ、国防隊長の職がいかに過酷で責任の重いものかを知っていた。かつて彼女を襲った悲劇もまた、それを物語っている。
「ええ。きっと彼は困難に直面するでしょう。……でも、もし亡命してくるなら、私は喜んで匿いますよ」
ローカンに実績はない。能力も際立って高いとは言えない。それでも誰も、彼の決断を止めることはできなかった。流されるようでいて、それでも彼自身が選んだ道だった。
「あんたには務まらないって言ってるの! だから、無理だと思ったら、すぐに逃げてきなさい!」
カノンは怒るように言ったが、その声の裏には心配が滲んでいた。彼女もまた、現実の厳しさを知っている。
夜が明けるまでみんなと酒を飲んでいたローカンは、酔いの残る身体のまま、船に乗り込んだ。けれど出航の時には、海風に吹かれてすっかり酔いも醒めていた。
「わかってる。政治的に、シシルナ島の警備総長を国防総長にしたかっただけ――それが本音だってことも。
それでも……俺は、俺の故郷の役に立ちたいって、そう思ってしまったんだ」
生まれ育った村。海もなく、贅沢な食事も娯楽もない、けれど――かけがえのない場所。
「そして、余生はシシルナ島で送る。それが俺の人生の目標だ」
変なことを言っているな――そう思いながらも、ローカンは、見送る人々の顔を一人ひとり、心に刻みつけた。
「そうか、そんな手紙が届いたのか。それで、どうするつもりだ?」
島主は少し考え込み、ローカンに尋ねた。
「どうしましょう?」
ローカンの曖昧な返事に、島主は眉をひそめる。
やれやれ……本当に世話が焼けるやつだ。
島主は、ローカンと出会った日のことを思い出していた。
あの頃、ガレアはまだ島主ではなく、シシルナ島のダンジョンに潜る冒険者だった。
ちょうどダンジョン町から港町へ戻ってきた時のことだ。
「何を見てるんだ?」
ガレアが声をかけたのは、この島に流れ着いたローカンだった。
目的もなくふらふらと歩いていた彼は、港の見える丘の上のベンチに腰掛け、じっと水平線に沈む夕陽を見つめていた。
「いや、綺麗なオレンジ色だなぁって」
「ふうん。この島じゃ、見慣れた風景だがな」
ガレアも隣に座り、同じように海を眺めた。
やがて陽が沈みきった頃、ガレアはローカンに声をかけた。
「飯でも喰いに行こう。奢ってやる」
なぜその時、ローカンを誘ったのか、ガレアは今でも思い出せない。
きっと、彼の横顔があまりに寂しそうだったからだ。
港町の飲み屋で、一緒に食事をした。
孤児院に帰っても、きっとニコラにお説教されるだけだったから。
「俺は田舎男爵家の七男で……」
酒が入ると口が回り、陽気で、めんどくさい奴だった。
「じゃあ、冒険者でもやれば?」
「俺には才能が無い」
ローカンは手元の剣を見つめて言った。
「いや、度胸かな……」
ガレアは、ローカンを捨てて帰ろうと、代金を払って店を出ようとした。
だが、店主が声をかけてきた。
「ガレア、その大きな塵も、連れて帰ってくれ!」
結局、ガレアは知り合いの警備員宿舎にローカンを押し込んで、ダンジョン町に戻った。
とっくに島から出て行ったと思っていたローカンに、再会したのは、それから随分あとだった。
その頃ガレアは、父の跡を継いで島主になるべく、島主代行として働いていた。
「親父が死んで、俺に島主のジョブが発現しなかったら……」
——母さんは、ニコラは呆れるだろうな。けど、俺は自由になれる。
一度島を出て、大陸の学校に通い、戻ってきたガレアには、この島は地味に映った。
だが本心では、島主の道を志していた。
けれども、これは神の采配。どうしようもない。
その無力感に、ガレアは苛立っていた。
「おーい、久しぶりだな。元気にしてたか?」
太った男がローカンだと気づくのに、少し時間がかかった。
「あ? ローカンか。まだ、この島にいたのか?」
「もちろんだよ。こんなに飯の美味いところ、他にはないよ。紹介してくれた警備隊の仕事、続けてる!」
「紹介……?」
どうやら警備員たちが、ガレアの友人ということで放り出さず、仕事を斡旋してくれたらしい。
「難しい顔をしてるな。なるようになるさ」
すっかり自分よりもシシルナ島民になっていたローカンに、ぽんと肩を叩かれた。
「そうだな」
優柔不断で、適当で、優しい男だ。見ていると、いらいらする。だが、不思議と勇気が出る。
難しい判断にも向き合える気がするのだ。
島主代行として職務をこなす中、ガレアは何度かローカンと一緒に仕事をした。
ローカンには、なぜか人望が集まり、警備班長に昇進していた。
「ローカン、お前、そんなことも出来ないのか?」
ガレアが叱ったのは、一度や二度ではない。
高度な要求には応えきれずとも、ローカンは実直に、こつこつと仕事をこなしていた。
やがてガレアは島主となり、ローカンは運も味方に、警備総長にまで上り詰めた。
「お前は、指揮官に向いていないし、ましてや統治者にはなれない。ジョブも持ってないし」
その言葉が喉元まで浮かんだが、ガレアは飲み込んだ。
ローカンの本質は、適性とは違うところにあるのかもしれない。
「それで、どうしましょう?」
「……少し早いが、飯でも喰いに行こう。お前も知ってる、頑固親父の安い店だがな」
ガレアは、机の上にあった干し肉などを片付けた。
「いや、島主様の奢りなら、もう少し良いところで……」
※
オルヴァ村の村長クライドが音頭を取り、他の村の長や部下の警備隊員たちも集めて、盛大な送別会が開かれた。
「まさか、この島を愛してやまないローカンが、島を離れるなんてな」
「うまい飯が食えなくなるぞ!」
「首になったら、すぐ戻ってこいよ!」
誰もがどこか信じられないような面持ちで、けれどその背中に寂しさをにじませながら、ローカンの門出を見送った。
送別会には、セラ親子やカノン、ヴァル、そして島主ガレアらの姿もあった。
「本当に、よろしいのですか……ガレア様?」
セラは元騎士団長である。小国とはいえ、国防隊長の職がいかに過酷で責任の重いものかを知っていた。かつて彼女を襲った悲劇もまた、それを物語っている。
「ええ。きっと彼は困難に直面するでしょう。……でも、もし亡命してくるなら、私は喜んで匿いますよ」
ローカンに実績はない。能力も際立って高いとは言えない。それでも誰も、彼の決断を止めることはできなかった。流されるようでいて、それでも彼自身が選んだ道だった。
「あんたには務まらないって言ってるの! だから、無理だと思ったら、すぐに逃げてきなさい!」
カノンは怒るように言ったが、その声の裏には心配が滲んでいた。彼女もまた、現実の厳しさを知っている。
夜が明けるまでみんなと酒を飲んでいたローカンは、酔いの残る身体のまま、船に乗り込んだ。けれど出航の時には、海風に吹かれてすっかり酔いも醒めていた。
「わかってる。政治的に、シシルナ島の警備総長を国防総長にしたかっただけ――それが本音だってことも。
それでも……俺は、俺の故郷の役に立ちたいって、そう思ってしまったんだ」
生まれ育った村。海もなく、贅沢な食事も娯楽もない、けれど――かけがえのない場所。
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