シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
118 / 238
荷運び人

蠱惑の魔剣

しおりを挟む
 その日、共和国都パリスでの祝祭には、聖女の姿をひと目見ようと、遠方からも多くの民が訪れていた。

「なんて美しい精霊の踊りだ!」
「これが噂に聞いた聖女様の御力か!」

 アマリの唄と精霊の舞は、観る者の魂を揺らし、ネフェルの祝福には、老若男女を問わず誰もが涙した。

 けれど、祝祭の華やぎの後で──事件は起きた。
 議会主催の聖女歓迎会。招かれた貴族や高位聖職者が集う、まさに権威と格式の結晶たる場。

 アマリとネフェルは、美しいドレスに身を包み、次々と差し出される手を取り、微笑み、名を問われ、称賛に礼を返していた。

「……疲れちゃった」
 ようやく解放されたアマリは、夜風にあたりにバルコニーへ出た。喧騒から逃れ、一人静かに深呼吸をしようとした──が、そこにいるはずの護衛の姿がなかった。

「そうですね、疲れますよね」
 声がした。振り返ると、金髪の男がいた。
 礼服を着ているが、笑みは場違いに軽薄で──何より、その気配が歪んでいた。人間の輪郭から何かがずれているような、不気味な異質さ。

 そして──帯刀を禁じられた会場に、大剣を背負ったまま、平然と立っていた。
 その刃は、闇の中で微かに脈打つように光っていた。精霊の気配が消えている。アマリにいつも寄り添っていた小さな精霊たちが、まるで息を潜めるように沈黙している。

 異常だった。すべてが。
 男は、モナン公国の王子だと名乗った。ラゼル──。

 アマリが一歩退こうとした瞬間、男の手が彼女の腕を掴んだ。
「せっかくお会いできたのです。ゆっくり、お話しましょう」

 彼の声は、優しい音色を保ちながらも、理性をわずかに狂わせる毒のようだった。背筋に冷たいものが這い上がる。

 会場内からちらりと視線を送る者もいたが、誰一人として止めには入らなかった。むしろ──密会を見つけたような表情で、そっと目を逸らした。

「離してください」
 アマリは声を出そうとしたが、喉が凍りついたように言葉が出なかった。

「喉が渇いているのですね?」
 テーブルの上にあったワイングラス。赤い液体が、灯りに照らされゆらりと揺れた。
「お飲みになりますか? とても美味しいですよ」

 ラゼルは、そのグラスをアマリの唇に押し当てようとした。
 アマリは首を振り、必死に顔を逸らした。体が震える。けれど、叫べない。逃げられない。

「残念ですね。……ああ、具合が悪いのですね。少し、休める場所へ」

 まるで介抱するかのように──だが、そこに優しさはなかった。ラゼルは無言のまま、アマリの体を抱き上げ──

 そのときだった。
 「ばっしゃん」と、硝子が砕け、宴会場とバルコニーを隔てていた壁が崩れ落ちた。
「お前──何をしている!」

 その声には、雷鳴のような力と、裁断者の威光が宿っていた。
 精霊たちを従え、風を巻き起こさせて現れたのは、ネフェル。
 精霊のささやきが、妹の危機を告げたのだ。

 会場の空気が凍りつく。誰もが言葉を失い、ネフェルの前に道を開けた。

 ラゼルは、反射的に剣に手を伸ばそうとした──が、その瞬間、剣の光がふっと掻き消えた。

 闇が戻り、ラゼルの目に、ほんの一瞬だけ正気が差したように見えた。
「……いえ、介護をしようとしていただけですよ」
 芝居じみた笑みを残し、ラゼルは踵を返した。まるで何事もなかったかのように、平然と。

 ネフェルはアマリのもとへ駆け寄り、無言で抱きしめた。
「大丈夫。アマリ、もう平気だよ。帰ろう」

 その言葉で、アマリの張りつめていたものが崩れた。堰を切ったように涙があふれ、ネフェルの胸に顔を埋めた。

 宴は即座に中止され、ネフェルとアマリはその日のうちに共和国を離れた。



 もちろん、その一件は──大きな波紋を呼んだ。
 ネフェルの怒りは、これまで見せたことのない激しさだった。

「あなたがたは、私の妹を危険な目に遭わせただけでなく、謝罪すらない」

 共和国とモナン公国は「王子が体調不良の聖妹を看病しようとしただけ」と弁明したが、ネフェルが納得するはずも無く余計苛立たせた。

「私は永遠に、共和国の土を踏まない」
 平和の象徴たる聖女が、神罰の執行者のように声を放つ。

 荘厳な聖堂に、その怒声が裂けるように響いた。
 その言葉はもはや祝福ではない。

 ──断罪だった。
「ルカ大司教、おとりなしをお願いします」
「……そうだな。時期を見て、静かに話をしましょう」

 ルカでさえも、その怒りに触れることを恐れた。

 下手に関われば、ネフェルの信頼すら失いかねない。それは、聖女の後見人としての立場を無くし、彼の政治的な死を意味する。

 共和国の使者は、再びネフェルに会うことすら許されなかった。

「問題を起こしたのはモナン公国の王子。共和国としても、手を出せないのだろう」

 誰かが、陰でそうつぶやいた。それも事実である。

 ラゼル──公爵に溺愛されて育った王子。何をしても罰せられないその男は、その後、ふらりと姿を消した。

 だが、事態を変えたのは、民の声だった。
 新聞《ヴァル・フィガロ》が、記事を書いた。

『聖女、共和国へは二度と行かないと宣言』

 内容は、不審者により、聖妹が危険な目にあったと変えられていたが、歓迎会での不祥事を初めて知り、聖女の怒りを知った。

 次はいつ見れるのかと、楽しみにしていた共和国民は、怒り悲しんだ。

 そして共和国民から、聖女や聖妹への謝罪の手紙が山のように届いた。

 ようやく、ネフェルの怒りは、少しずつ静まり始めた。

「お姉ちゃん、怖かったけど──もう大丈夫だよ」
 アマリはそう微笑んだ。

 けれど、その瞳の奥には、あの夜の影が今も沈んでいる。

 ──あの男、ラゼル。
 常軌を逸した行動。だが、ただの暴君ではなかった。
 ネフェルの威圧の中でも、一歩も退かず、正確に動いていた。

 野に放っていい存在ではない。
「あなたを傷つけようとする者は、私が許さない」
 ネフェルの横顔には、静かで揺るぎない決意が刻まれていた。

 ──そして、あの男は。
 ラゼルは、冒険者として姿を現した。
 向かった先は、アマリたちの思い出の地──シシルナ島。

 静かに、不穏な幕が──再び、上がろうとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」とやりがい搾取されたのでやめることにします。

木山楽斗
恋愛
平民であるフェルーナは、類稀なる魔法使いとしての才を持っており、聖女に就任することになった。 しかしそんな彼女に待っていたのは、冷遇の日々だった。平民が聖女になることを許せない者達によって、彼女は虐げられていたのだ。 さらにフェルーナには、本来聖女が受け取るはずの報酬がほとんど与えられていなかった。 聖女としての忙しさと責任に見合わないような給与には、流石のフェルーナも抗議せざるを得なかった。 しかし抗議に対しては、「平民が聖女になれただけでも感謝しろ」といった心無い言葉が返ってくるだけだった。 それを受けて、フェルーナは聖女をやめることにした。元々歓迎されていなかった彼女を止める者はおらず、それは受け入れられたのだった。 だがその後、王国は大きく傾くことになった。 フェルーナが優秀な聖女であったため、その代わりが務まる者はいなかったのだ。 さらにはフェルーナへの仕打ちも流出して、結果として多くの国民から反感を招く状況になっていた。 これを重く見た王族達は、フェルーナに再び聖女に就任するように頼み込んだ。 しかしフェルーナは、それを受け入れなかった。これまでひどい仕打ちをしてきた者達を助ける気には、ならなかったのである。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部
ファンタジー
 記憶を失った少年アキラ、目覚めたのはゲームの世界だった!  ナビゲーターの案内で進む彼は、意思を持ったキャラクターたちや理性を持つ魔物と対峙しながら物語を進める。  新たなキャラクターは、ガチャによって、仲間になっていく。    しかし、そのガチャは、仕組まれたものだった。  ナビゲーターの女は、誰なのか? どこに存在しているのか。  一方、妹・山吹は兄の失踪の秘密に迫る。  異世界と現実が交錯し、運命が動き出す――群像劇が今、始まる!  小説家になろう様でも連載しております  

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

処理中です...