シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
133 / 238
蠱惑の魔剣

眠り蛇と昼餉

しおりを挟む
「行きまーす!」
 リコが元気よく叫ぶと、まっすぐ岩壁へ駆け出した。魔物の姿はまだ見えない。だが体がうずき、もう走らずにはいられなかった。

「ずるいぞ、待てーっ!」
 サラが眉間に皺を寄せて追いかける。
 大柄な体と脚力を活かし、リコは垂直に近い岩壁をぐいぐいと登っていく。二人とも、魔物の潜伏場所はとっくに見抜いていた。鋭い目と鼻が、答えを告げていた。

 サラは盗賊らしく別ルートを選び、獲物から少し離れた蔦へと軽やかに飛び移る。そして、目にも留まらぬ速さで──魔小蛇の急所へ、短剣を突き立てた。

「どうだっ!」
 得意げな声が岩に反響する。

 一方、岩壁の上にたどり着いたリコは、蔦を次々に切り落としながら横飛びした。蔦から蔦へと移るたび、絡みついていた魔小蛇たちが、どさっ、どさっと地面に落ちていく。

「何してるの?」サラが目を丸くする。
「この方が早いでしょ! ノルド、よろしくーっ!」
 振り返りざまに叫ぶリコは、もう次の蔦へ飛び移っていた。

「ええ……?」
 ノルドは肩をすくめると、武器をそっと服の中に戻し、代わりにリュックから数個の眠り玉──睡眠薬入りの小型煙幕弾を取り出した。本来は秘密にしておきたかったが、今は仕方ない。

「鼻、塞いでー」
 仲間たちがスカーフを巻き上げるなか、ノルドは火打石で火をつけ、眠り玉を地上の蔦の山へと投げ込んだ。

 ボフッ……ブワッ!
 乾いた破裂音のあと、白い煙がもくもくと立ち上る。甘くしびれるような香りが広がり、魔小蛇たちの動きがじわじわと鈍っていく。

 ──次の瞬間。
 リコが、片手で蔦をつかんだまま、もう片手に握ったナイフを閃かせ、斜面を滑るように降りてきた。狙いは定まっていた。隣の蔦にいた魔小蛇たちの急所へ、次々と刃を叩き込んでいく。

 キラリと光った刃が急所を突くたび、魔小蛇が煙の中に崩れ落ちた。
「ひゃっはぁーっ! サラ先輩、蛇が逃げちゃいますよーっ! 降りてきてぇ!」
「はいはい、今行く!」

 サラも笑いながら、リコを真似てひらりと飛び降りる。二人は白煙の中で、眠りこけた魔小蛇たちを、次々に片づけていった。

 それはまるで──燻された枯れ草の中から、焼き栗をひとつずつ拾い上げるような手際だった。

「ふうん、手際が良いのね」
 カリスは一連の流れを見届け、小さく息を吐いた。感心とも、驚きともつかぬ声だった。

 ──本当は、ビュアンが風を封じてくれれば完璧だったのだが。彼女が現れることは、もうない。

「レベル上げに効率が良いので」
 ノルドは平然と答えた。

 ※

 その作業は、何度か繰り返された。
 二回目には、サラもすっかりリコと同じ動きを身につけていた。ノルドが眠り玉を投げると、ステラがそっと小さな杖を掲げる。

 風魔法だ。催眠の煙幕が四散しないよう、最小限の力で、精密にその場へと留めている。

「凄い!」
 ノルドは思わず声を上げた。
「何よ。魔法くらい見たことあるでしょ? 別に、たいした魔法じゃないわ。基本の魔法よ」

 けれど、ノルドの目には、そこに一流の技術が見えた。昨夜見た妖艶な雰囲気とはまるで違う、突き詰める者だけが持つ、静かな気迫があった。

「次は、あなたの番よ」
「わかりました」

 ノルドは迷いなくダガーナイフを手に取り、ククリに隠れていた魔蛇たちを、手際よく、連続で仕留めていく。

「えー、何そのスキル!」サラが驚き、リコは当然といった顔で頷く。
「違います。荷運び人には、直接攻撃のスキルはありません」

「そうね。……よっぽど努力したのね。サラ、あなたに必要な投擲技術よ。教えてもらいなさい!」
「はーい」
 彼女は素直に頷いた。

 カリスは岩壁沿いを走り、地に落ちた蛇の屍とノルドの投げたナイフを拾い上げ、目を見開く。

「これ……アダマンタイトのナイフよね? あんた、本当は一体何者なの?」
「島の荷運び人ですよ」
 ノルドは変わらぬ声で答えたが、カリスの疑いの眼差しは、決して消えなかった。



 その後、サラとリコに投擲の指導をしていると、ヴァルが魔兎を咥えて戻ってきた。
「お昼ですね。昼食にしましょう」

 小川で手と顔を洗い、野原に座って迷宮亭の弁当を広げる。ラゼル王子の同行ということで、特別に用意されたものだった。

 いつの間にか、サラとリコはすっかり打ち解けていた。
「なにこれ、美味しいね。あんた、こんなんばっか食ってるから大きくなるのよ」

「ノゾミさんの弁当なんて、普通食べられないよ? あ、でもね、ノルドの母さんのご飯もすっごく美味しいんだよ!」
「ふうん」
 興味深げに、サラがノルドの顔を見る。

「あんたの母親って、一流の料理人なの?」
「セラ母さんはね、それだけじゃないんだよ! この服もノルドの服も、そして──聖女様の服も作ったんだよ!」
 リコが勢いよく答えた。

「リコ!」
 ノルドは慌てて声を上げる。
「ごめんなさい、ノル……」
「大丈夫よ、誰にも言わないわよ」

 カリスはそう言ったが、その顔には、どこか計算めいた光があった。

 ──聖女の礼拝服が、どれほどの価値を持つかを、ノルドたちはまだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

モフモフテイマーの、知識チート冒険記 高難易度依頼だって、知識とモフモフモンスターでクリアします!

あけちともあき
ファンタジー
無能テイマーとしてSランクパーティをクビになったオース。 モフモフテイマーという、モフモフモンスター専門のテイマーであった彼は、すぐに最強モンスター『マーナガルム』をテイムするが……。 実はオースこそが、Sランクパーティを支える最強メンバーだったのだ。 あらゆるモンスターへの深い知識。 様々なクラスを持つことによる、並外れた器用さ。 自由になったオースは、知識の力で最高の冒険者へと成り上がっていく。 降って湧いた凶悪な依頼の数々。 オースはこれを次々に解決する。 誰もがオースを最高の冒険者だと認めるようになっていく。 さらに、新たなモフモフモンスターが現れて、仲間も増えて……。 やがて、世界を巻き込む陰謀にオースは関わっていくのだ。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部
ファンタジー
 記憶を失った少年アキラ、目覚めたのはゲームの世界だった!  ナビゲーターの案内で進む彼は、意思を持ったキャラクターたちや理性を持つ魔物と対峙しながら物語を進める。  新たなキャラクターは、ガチャによって、仲間になっていく。    しかし、そのガチャは、仕組まれたものだった。  ナビゲーターの女は、誰なのか? どこに存在しているのか。  一方、妹・山吹は兄の失踪の秘密に迫る。  異世界と現実が交錯し、運命が動き出す――群像劇が今、始まる!  小説家になろう様でも連載しております  

処理中です...