寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

文字の大きさ
24 / 131

涙の訳は

しおりを挟む
ヒュッ、クゥン…ヒューッ。

アルヴィンの耳にふと、小さな鳴き声と事切れそうな息遣いが聞こえた気がした。

その瞬間アルヴィンとシュヴェルトの間を風のように黒いものが通り過ぎた。

「うわっ。」

それは月のない夜のように黒い鬣をたなびかせ、しなやかな身体をバネにして一気にヴィルマの元へ飛びかかる。

「獅子系魔獣だッ!! シュネー!! 」

シュネーはその声に咄嗟にカールとヴィルマを押し倒した。獅子系魔獣はシュネー達を飛び越えて、ヴィルマが解体していた猪系魔獣に飛び付く。

「ああーッ!! わたくしの豚汁ぅッ!! 」

「黙ってろッ。なんちゃって男爵令嬢!! 」

アルヴィンとシュヴェルトが立ち上がろうとしたヴィルマとカールを抱き上げ、走って距離を取る。シュネーは剣を抜き、牽制しつつ同じく距離を取った。

獅子系魔獣は口に咥えていた瀕死の犬を投げ捨てて、ガツガツと猪系魔獣の肉を貪り喰う。

「……どうする? 一旦引くか。」

「うーん。結構アイツ被害出してるからここで打たないとまた被害が…。」

「早く決めて、シュヴェルトッ!! 」

今、獅子系魔獣は食事に夢中だ。
撤退するなら早い方がいい。倒すにも油断している今が好機。

「分かった!! 俺と相棒がダーと行って、アルヴィンがグッで、アイツを倒そう!! 」

「……?? 」

「何だって? 効果音じゃ分かる訳ないだろう!! 」

シュヴェルトは撤退するより討伐を取るみたいだという事は分かったが、それ以外の情報が指示が特殊すぎて何も入ってこない。これはもう私が指示がした方が早い。

「私とシュヴェルトで獅子系魔獣を、アルヴィンは抜かれた時の為にヴィルマ達を守って後退。」

「……分かった。」

「よっしゃ!! 」

シュヴェルトとともに獅子系魔獣目掛けて走る。出来れば三人でやりたかったがこの森にいる魔獣は獅子系魔獣だけではない。幾らヴィルマが猪系魔獣を狩れるだとしてもリスクは避けたい。

例え、不足の事態で獅子系魔獣級の魔獣があちらを襲っても、騎士の中でも卓越したな剣さばきのアルヴィンなら何分か持つだろう。

「私が先行して足を挫く。シュヴェルトはトドメを!! 」

「りょーかい!! 」

太陽の光を反射して炎のように揺らめく刀身抜き、一気に獅子系魔獣の距離を詰める。

こちらに気付いた獅子系魔獣が鋭い爪で引き裂こうと突っ込んでくる私を迎え撃つ。私は爪を剣で受け流すが、攻撃が重く、剣がミシ、ミシと悲鳴をあげた。攻撃を受け切り、ジンジンと痛みを訴える手を無視して、するりと刃で受け流した前足に切り裂く。

グォォー!!

剣で斬ったとは思えない歪んだ切り傷から血が溢れて出す。やはりこの剣はエゲツない。

前足を斬られた獅子系魔獣は体勢を崩した。獅子系魔獣は負けじと牙を剥くがシュヴェルトの大剣が振り下ろされ、体勢を崩して避けられなかった獅子系魔獣の脳天に直撃した。

獅子系魔獣の頭がミシミシッと嫌な音をさせながら地面に叩きつけられる。獅子系魔獣はもがいてまだ動く前足でシュヴェルトを切り裂こうとしたが、私がその前に前足を斬り落とした。

頭を割られた獅子系魔獣は血を吹き出し身体をヒクヒクと痙攣させ、やがて動かなくなった。



クゥン…ヒュゥーヒュゥー。

動かなくなった獅子系魔獣の近くで瀕死の犬が死にかけていた。その犬は真っ白な毛を真っ赤な血で染めていた。

「やったな相棒。俺達がの連携の前では上位種もラクショーだったな!! 」

「………たまたま。相手が油断してたからだ。」

シュヴェルトが嬉しそうに肩を叩くが、どうしてもその犬が気になってしまう。

「クゥン。クゥーン。」

その犬より一回り小さな栗色の子犬が茂みから現れ、その犬に擦り寄る。死にかけの犬はその栗色の子犬をペロペロと舐め、ゆっくりと瞼を閉じた。

よく見るとその栗色の子犬も怪我をしている。もしかしたらこの犬達は親子かもしれない。

先程の獅子系魔獣から栗色の子犬を身を呈して守ってあの犬は。

ー もう、あの犬はあの子犬をもう守りたくても守ってやれないのか。

何故かその事がやけにチクリと胸に刺さり、その痛みが胸から身体に広がっていく。

「何だ?犬見てんの? あの犬も魔獣か? 」

「さぁ。」

「!! どうしたんだよ、相棒ッ!! 」

私の顔を見て、ギョッとしてシュヴェルトが私の肩を揺する。「何処か怪我したのか!? 」とシュヴェルトが怪我がないか確かめる。

怪我はない。
別に怖かった訳でも無ければ、あの犬の死を悼んでいる訳でもない。

ただただ涙が止まらなかった。
何故だか涙が止まらない。
その光景を見ていると自身の中で何かが燻った。

「大丈夫。」

止まらない涙をテキトーにぬぐい、自身の服の裾を乱暴に破り、栗色の子犬に近付いた。子犬は怯えたが親から離れず、逃げる事はなかった。

そんな子犬の傷口に水筒の水を掛け、清めてやり、先程破いた布で傷口を抑えるように巻いた。

「その子は死んでるよ。もうお行き。ここに居たら血の臭いに引き寄せられて魔獣が来る。」

子犬はこちらの言葉が分かるようで、何度も親を見返りながらも茂みの中へ消えていった。

「犬が可哀想だったのか? 」

「自然界で弱肉強食は当たり前。そんな事気にしてたら魔獣討伐なんて最初から出来ない。」

「…そうだな。」

アルヴィン達がこちらに駆けてくる。どうやら無事らしい。

シュヴェルトはまだ私を心配している。流石に全員に泣き顔を見られたくなかったので水筒の残りの水を頭からかけた。

「あーッ!! わたくしの豚汁がぁー。豚汁がぁー。ッて、ずぶ濡れよ!! どうしたの。」

「ちょっと頭を冷やしたかっただけ。」

「……俺も戦いたかった。」

「文句は後で聞くよ。」

シトシトと掛けた水が髪から流れ落ちる。やっと涙は止まったが、やはり自身が何で泣いたのかは分からなかった。


「もう直ぐ四学年かぁ。楽しみですわぁ。」

気を取り直したヴィルマがルンルンと楽しそうに護衛を置いて先に行こうとする。それにカールも続こうとするので涙の理由を考える暇もなく、二人を止める。

「……俺もやっと学園に入学か。」

「おお、そうだな。楽しみだな!! 」

シュヴェルトに頭を撫でられ、アルヴィンが少し嬉しそうにはにかんだ。

その笑顔にやっと一緒通えるなと思う反面。結局、アルヴィンが入学する前に友達が一人も出来なかったという複雑な気持ちが絡み合う。

「やっと…、やっと始まる。やっと、スチルがみれる。…グフフ。」

ヴィルマが男爵令嬢と思えない気持ち悪い笑みを浮かべる。その『スチル』が何かは分からないが嫌な予感がする。ブルリッと寒気が身体に走り、「…大丈夫か? 」とアルヴィンに心配された。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん
BL
侯爵家次男のヴァン・ミストラルは貴族界で出来損ない扱いされている。 なぜならば精霊の国エスプリヒ王国では、貴族は多くの精霊からの加護を得ているのが普通だからだ。 ところが、ヴァンは風の精霊の加護しか持っていない。 とうとうそれを理由にヴァンは婚約破棄されてしまった。 だがその場で王太子ギュスターヴが現れ、なんとヴァンに婚約を申し出たのだった。 なんで!? 初対面なんですけど!?!?

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。 ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。 俺、いつ死んだの?! 死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。 男なのに悪役令嬢ってどういうこと? 乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。 ゆっくり更新していく予定です。 設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

処理中です...