寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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とあるネズミの物語

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オイラの住んでいた土地は寒くとても貧しい所だった。

一年の半分が雪に閉ざされ、作物を育てようにも雪の中でも育つ作物は限りられている。ならば金や銀、鉄などの鉱石が出るかといったらそんな事もない。
唯一の資金源は氷。

冬になると売れ行きが悪くなる氷一本でその土地は支えられていた。

しかもその氷で得た金もお貴族様、領主様の懐に殆ど入り、平民達には明日生きるにも厳しい毎日。そんな土地で生まれた孤児は最初からまともに育つ訳がない。


外は基本雪が降っているので住処は下水道。臭いも酷いし、病気ももらうが、それでも雪が積もる路地裏で眠るよりはマシだ。


「ねぇ、今度は何読んでんの? 」

「テメェ、俺達と同じ捨て子のくせに字が読めるとかムカつくんだよ。」

下水道で路地裏に捨ててあった本を読んでいると孤児仲間がオイラをいびりに来た。

オイラは十二歳までは親が居て、親が勉強熱心な人で字も読めた。親が死んで孤児になったのではなく、口減らしに泣く泣く捨てるしかなかったという境遇から浮いていた。

皆、幼くして捨てられているので字は読めない。オイラより…いや、オイラと違いもっと酷い境遇で捨てられているので、オイラを仲間として受け入れるものはいなかった。

それでも集団の中で生きる為にそいつ等に媚びつつも心を慰める為に本を読む事をやめられなかった。

本は唯一オイラを癒してくれるもので、字を教えてくれた親の最後の愛情に縋りつく手段だった。

そしてその愛情に縋り付くオイラはやがて運命の一冊と出会った。

朧の国という本。

それは巻数が数十冊にも渡るもので、一冊一冊が朧の国というまるで何処かにある様に随分と設定がよく出来た架空の国の話。物語であったり、見たことのない作りの建物の建築構図の書だったり内容は様々。

その朧の国の本の物語で『ねずみ小僧』という義賊が活躍する話があった。

『ねずみ小僧』は平民達の味方で悪い権力者の家から金銀財宝を盗み出し、それを苦しむ平民達に撒いた。それは当時のオイラにとって最高のヒーロー像だった。

彼の正義感や強さに憧れを抱いたオイラは『ねずみ小僧』のような義賊になって何時かこの土地を救いたいと思っていた。オイラがこの土地の『ねずみ小僧』になりたいと目指すようになっていた。



スリや鍵開けの技術を鍛えて、身体を鍛えて。そして数年後、オイラは大泥棒の『ネズミ』と呼ばれるようになっていた。

領主やお貴族様の宝物庫から氷でせしめた金銀財宝を盗み出し、『ねずみ小僧』のように空から金銀財宝を降らせた。

平民達はこぞって撒かれた金銀財宝を競うように拾った。『ねずみ小僧』の物語のように喜んだ表情を浮かべてではなく、醜く奪い合っていた。それでもそれは『ねずみ小僧』の世界と違い、ここが貧しすぎるからとそう言い訳した。

感謝される事がなくとも何度でも憧れの『ねずみ小僧』のように空から金銀財宝を降らせた。貴族連中にはこぞって恨みを買っていたが、それでも使命感と正義感からやり続けた。

この土地が何時か変わるようにと。


その頃、町で女子供が誘拐され、変死体で見つかる事件が起きていた。おそらく、領主様がやったのだと平民達は軒並み噂していた。

領主様には女子供を嬲り、犯す悪癖があり、領主様の屋敷で働く従者が辞めた後消えているのはその悪癖の所為だと昔からの噂だった。


「いやぁねー。幾ら金に汚くても嘘であってほしいねぇ。」

ネズミの仮面を付けたオイラはそろりと領主様の屋敷に闇夜に紛れて忍び込んだ。

あー、噂を信じて助けよーって腹じゃあない。ただ、何時ものように飽きずに己だけ私腹を肥やした輩から巻きあげようって算段だ。

そもそも領主様の屋敷って、 何度も忍び込んでんだが、女子供の死体とかヤベェ部屋とか見つけた事ないんよ。

噂は噂でしかないのかねぇ。


結構その頃、オイラは自身の腕に酔っていた。誰もお礼も褒め言葉もくれねぇから一人でね。

酔ってたんだよ。寂しいねぇ。


だからかねぇ。
何時もなら気付くトラップにすら気付かなかったのは。

宝物庫の鍵をスツールでちゃっちゃっと開けて、入るとそこには銀と宝石で出来た鎧達が宝石達を囲み、鎮座していた。

今思えばちょー怪しい。
鎧の中に人が入ってるかもと何時ものクルクルと音速で回るオイラの脳味噌なら導き出してたね。でも、ちょいと調子乗ってたもんで気付かず宝石に手ェ出しちまったんでい。

その瞬間、銀の鎧達に捕縛されたよ。

困ったねぇ。あれは。
何たって十体の銀の鎧が一気に押さえ付けにかかんの。流石のネズミ様もそれで逃げんのは無理。

相手はモノホンの騎士だしさぁ。参ったよ。

これで牢獄行きかぁ。
まぁ、良くやった方だよなぁ。
何て思ってたよ。

少しでも貧しい人々の暮らしを支えられて良かったってさ。
……恥ずかしながらかなり、自分に酔ってたの。この時。


オイラは連行されて領主様の書斎に連れて行かれた。さっさと牢屋に連れてけばいいのにさ。

「随分と我が君を手こずらせてくれたものよのぉ、ネズミ。」

領主様の隣の女みたいな男がギラリとオイラを見た。ソイツぁ、相当領主様に入れ込んでるみたいでよぉ。猫みたいに頭撫でられて喜んでたよ。

「良い子だ。ワタシの仔猫ちゃん。後でご褒美をあげる。」

「我が君。もったいのぉございます。もっと、もっと撫でて。」

……オイラは何を見せられているんだろうねぇ。

どうやらオイラを捉えたトラップは『仔猫ちゃん』とやらが考えたらしい。

うっわぁ、まだ撫で続けるの!?
それ、後でやってくれねぇかな。別に見たかねぇんだわ。

するとニヤリと領主様が『仔猫ちゃん』を撫でながらオイラを見て嗤った。そして、領主様の書斎にある貴族にしちゃあ、小さい衣装ケースの扉を開けた。

ガタンッ

扉を開けるとオイラの前に身体にアザだらけの裸の女性が転がり落ちた。女性は虫の息。

流石のオイラも理解したねぇ。
マジで領主様の噂は本当だったと。

しかも女性は見るからにガリガリ。
この屋敷の従者ではなく、貧しい平民の女性だろう。

その女性を領主様が『仔猫ちゃん』から受け取った剣で心臓を穿った。瀕死の女性は口から胸から血を吐き、慟哭の涙を流した。

そんな女性の最期の姿に『仔猫ちゃん』はコロコロと笑った。

「良かったのぉ。我が君を存分に楽しませ、そしてそのゴミくれの命の分際で役にも立てた。良い人生だったのぉ。」

その姿に嫌悪感と殺意を込めて、キッと睨むが『仔猫ちゃん』は「おお、怖い。」とクツクツと更に嗤いを深めるだけだった。

「何を怒っておる? これはオヌシがやった事ぞ。」

「…はぁ? 何言って……。」

『仔猫ちゃん』は女性の胸から血を掬い、オイラにそれを掛けた。どうやらこの女性の死をオイラの犯行にするらしい。

「オヌシは連続婦女子殺害犯。」

「そりゃあ、あまりにも強行すぎねぇか? 全部の罪をオイラに被せようなんて大胆不敵にも程がある。」

そう、反論してみるが、『仔猫ちゃん』は哀れなものを見るような目をオイラに向けた。

「大胆不敵のぉ? しかしオヌシを庇うものはおるかのぉ? 泥棒を庇うものが? ……この世は権力が全て。金が全て。何も持たぬオヌシにそれに抗う術はあるかのぉ? 」

ここにはオイラの味方はいない。
いや、そもそも親に捨てられ、孤児仲間にはいびられていたオイラを助けてくれるものなんてなかった。

金だって盗んだものは全て撒いた。
権力は孤児で泥棒のオイラにある訳がない。
あのオイラが降らした金銀財宝を奪い合い、拾うだけの人々が領主様に歯向かってまで味方してくれる訳もない。

ー なるほど。詰んでるな。

何の感慨もなくそう思った。
別に悔しいとか悲しいとか辛いとかなかった。

だって親から捨てられたあの日からオイラには本以外何もなくなってた。捨てられた時点で本当は愛情なんてものも消え失せている。

ー もう、いいか。やりたい事はやったしなぁ。

憧れた『ねずみ小僧』の真似を出来ただけでも満足だ。誰にも求められず、愛されず、「ありがとう。」の一言ももらった事はなかった。

それでも何もない人生で、意味のない命で少しでも何かが出来たなら…それで。



結局、泥棒だけでなく、やってない婦女子殺人の罪で『刑受の森』に送られる事となった。

『刑受の森』に送られる馬車の中で、オイラに送られる怒声が聞こえてくる。

「このッ!! この人でなしッ!! 」

「母ちゃんを返せッ。」

「娘をッ!! 娘をよくも!! 」

「やっぱり悪党は悪党ね。人を殺してその上で私たちを見下して施しなんてッ。さぞ気持ち良かったでしょうね。」

「アイツならやると思ってたんだよ。」

怒声や叫ぶような泣き声。
何かが投げつけられる音。
別に全てがどうでも良かった。

そう…もう、いいんだ。
ハナからオイラに価値なんてなかったのだから。

あれは『ねずみ小僧』は結局物語で、ただの幻想。
幻想に取り憑かれていただけだ。

ー 何でオイラは『ねずみ小僧』に憧れたんだろう? 

助けたかったから?
変えたかったから?
誰かに必要とされたかったから?
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