王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

6、逃げるが勝ちって奴ですよ

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『何故逃げるのか。それは逃げたいからである』

ラニ迷言集35ページ4行目より。
頭の中でまたペラペラと迷言集をめくりながら必死に足を動かす。

追ってくる魔の手(フィルバート皇子)から今、僕は逃げている。



ことの発端は寝癖も直らない今日の朝。

うとうとしながら髪に櫛を通しているとトントンっと扉をノックする音がした。

「ふぁい。だれ?」

こんな朝から誰?
もっと朝は遅刻ギリギリまで夢現で居させて。

心の中で盛大にボヤきながら扉を少し開けるとこちらを見下ろす鋭い翡翠の瞳と視線がかち合い、一気に寝ぼけてた頭が覚醒した。

危機回避能力が寝ていた思考よりも早く機能して扉を閉めようとした。しかし、扉の隙間に足を差し込まれて扉を閉める事は叶わなかった。

「相手を確認せず無闇に扉を開けるなッ。ほら、耳ッ!!耳隠せてないではないかッ」

ロバ耳がバレないようにサポートする件は決裂した筈なのにフィルバート皇子が自身の侍従を引き連れ部屋に入ってくる。

フィルバート皇子は入るなり僕の部屋を見回すと顔を顰めた。

「おい…。何故、コイツの部屋はこんなに狭いんだ。貴族連中の部屋より狭いぞ」

「殿下。どうやらここは平民用の寮部屋のようです」

「…そういえば。コイツ、平民枠で留学していると聞いたな。至急、王族用の寮部屋を用意しろ」

そう侍従達と僕の部屋替えの算段を勝手に付けて、鏡の前にまだ状況を理解しきれていない僕を座らせる。

「全く。昨日のうちに調べてみれば、使用人の1人も雇ってないそうだな。…おい。頭は下手にスカーフで全体を隠すのではなく、耳を生かせ。寧ろ、隠した方が勘繰られる」

「耳をアクセサリーの一部に擬態させる方向ですね。髪は緩くまとめてこの植物の装飾がついたカチューシャと合わせるのはどうでしょうか?」

「カチューシャも素敵ですが、ロバ耳の下から編み込みを入れるのはどうでしょう?お耳の辺りはレースのリボンで飾って…」

「リボンは明日だ。徐々にロバ耳はアクセサリーだと周囲に認識させる」

侍女のお姉さん達に囲まれて。髪に香油を塗り込まれて。髪をイジられて。ついでに「可愛い!!」とロバ耳をいじられたのは許そう。

でも、なんであんな嫌がってたのに皇子乗り気なの?


訳が分からず、真剣にヘアアレンジの指揮を取る皇子を鏡越しで見やると。

「勘違いするなよ。これはお前の為でも父上の為でもないんだからな!!」

そう聞いてもいないのに答えて、ツンッとそっぽを向いた。その顔は少し赤かった。

ツンデレだ。
その横暴な態度から俺様担当の攻略対象だと思ってたら、まさかのツンデレ担当だった。


「俺はお前の事を調べ、今日、実際に見て、お前は王子としての自覚が足らない事がよく分かった。俺はそれが許せない。俺がお前を立派な王子にしてやる」

……いや、熱血担当かもしれない。

どちらにせよ。
ノーセンキュー。

僕は別に立派な王子になりたいなんて1ミリたりとも思ってない。
父(第十一王子)が漁師なので、国に帰れば僕もきっと漁師になるんだろうし。

ここにいる4年間は大人しく身を潜めてやり過ごすから王子教育もいらない。

そう何度も丁重に断ったのに部屋の鍵を奪われ、朝食は皇子によるテーブルマナー講座。
授業の合間休みは立ち振る舞い講座。


僕の精神は午前中で限界を迎え、冒頭に戻る。





「いにゃあぁああ!!?」

「オイ、コラッ、待て!!!」

昼休みの鐘が鳴ると同時に僕は安息の地を求めて、全力で皇子が来る前に逃げた筈だった。

なのに皇子はもう既に教室の前に居て、僕は謎の奇声を上げて廊下を風のように走った。

だが、皇子はやはり熱血担当なのか足が速い。
全力疾走してるのにどんどん迫ってくる。

「走ったら危ないだろッ」

「じゃあ、追いかけるのヤメっ……みゃっ!?」

皇子が迫ってくるのに気を取られて、足元がお留守になっていた。
なんでロバ耳なのに猫みたいな奇声上げて、コケてるんだろうと、地面にぶつかるコンマ数秒で思った。


「あの子っ。顔面から行ったぞ!?」

転けたのは学食とカフェテラスのある中庭。
時刻は昼休み。ギャラリー多数。


「そもそも何故、フィルバート殿下があの二年生を追いかけてるんだ?」

「あれ?あの子。平民寮の子よね?…よく寮母さんのお手伝いしているのを見かけるわ」

「ああ。寮母さんや食堂のお手伝いをしているあの苦学生!!」

ざわざわっと僕の噂話が場に駆け巡る。
僕は恥ずかしくて立てず、皇子は皇子で僕が転けたのがショックだったのか固まっている。

このままじゃ、マズイ。
僕の穏やかな学園生活が終わる。

怪我の痛みでポロポロと零れ落ちそうな涙をグッと堪えて立ち上がろうとするが…。


「フィルッ!!フィルバート殿下ッ。何やってるんですか」

どう考えても皇子の関係者と思われる人が駆け寄ってくる。
その人は掛けた眼鏡をクイッとあげる何処かで見た癖をして、見覚えのある疲れた顔でフィルバート皇子…ではなく、こちらにやってくる。

「大丈夫ですか?お怪我は?…ああっ!!お顔に擦り傷が!?」

彼は僕の顔の傷を見て、自身の胃をさすり、手を差し伸べる。

「私は宰相サフィール・カプトの息子、リュビオ・カプトです。さぁ、御手を」

「いや…、その…、大丈夫です」

僕はスッとその手を見なかった事にして立とうとしたが、手を半ば無理やり取られて、ハンカチで傷付いた顔を拭かれる。

「そういう訳には参りません」

「…いや、ホント、大丈夫です」

「だって貴方様はっ」

「ホント、待って!?」

「モアナ王国、モアナ大王のお孫様。ラニ王子なのですから!!」

「ラニ王子なのですから!!」の部分がエコーがかかったように何度も場に響いて聞こえた。


ああ、終わった…。
僕の穏やかな学園生活が今、終わった。


「ラニ王子!?可哀想に…。今、手当てしますからね。…ほら、フィルの所為で泣いてしまったじゃないですかッ」

「いや…。それは…、その涙はお前の所為だと思うぞ…」

この一件で、僕が王子である事は学園中の周知の事実となったのであった。
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