王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

8、噂の男爵令息

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なんでもない日々がとても大切な時間だった。

面倒臭いなと思っていた朝の寝癖との格闘も。

「うふふっ…。今日はこのフリフリのリボンを付けませんか?え?可愛すぎる?大丈夫です。大丈夫ッ。絶対似合いますから」


うとうとと微睡む時間も。

「おい、ラニ。髪をセットしている間に言葉遣いの復習だ。コラッ、寝るな!!」

ちょっとお昼まで待てなくて早弁していたあの時間も。

「授業の合間でウォークの練習だ。…何?歩くのに練習なんて必要ない?…馬鹿もんッ。王子は国の顔。歩き方一つも気が抜けないものだ!!」

お金が無くて工面の為に寮母さんや食堂のお手伝いでお駄賃をもらっていたあの時間も。

「アホかッ。王子が金なくてアルバイト!?いくら、護衛や使用人がいなくても自国から資金はもらってるだろッ」

「ここからモアナまで最短で一週間と三日掛かるから中々仕送りが来ないんだって!?お駄賃貰わないとパンツすら買えないッ」

「お前、王子だよな!?」

「なんちゃってだよっ!!最初からそう言ってるでしょ!!」


正直、眠くて、前の席の背の高い同級生の陰で時折寝ていた長い授業の時間も…。

「すみませんっ。見えませんよね!!俺、王子が見えるように屈んで授業受けますっ」

「いや…。別に気にしないで…」

「そんな訳には!!ねぇ?先生ッ!!」

「ラニ王子。今までご不便を掛けて申し訳ございません。勉強しやすいようにすぐ席を替えましょう」

「……え?」


全て全て大切だった。
大切な僕だけの時間だった。



「僕にだって事情ってもんがあるんだよっ」

プクッと頬を膨らませながら出されたマグカップを両手で持つ。中には温かなココアが入ってて、甘そうな香りに反応してロバ耳が自然と揺れる。

フカフカなソファーの上でその甘い香りを楽しんでいるとラベンダーの香りがふわりとして、横にライモンド先生が腰掛けた。

「つまり、皇子のお節介に耐えられなくなって逃げてきたって事でOKかしら?」

「正解っ。僕に今、自室すらも平穏な場所はないの」

「あらま。それは大変ね。お疲れのラニちゃんにはクリームを増し増しにしてあげる」

「わーいっ!!」

追いクリームをたっぷり僕のココアに盛るとライモンド先生はコーヒーを飲みながら次の授業で使う譜面に赤ペンで音符を書き足していく。

僕は今、昼休みの皇子によるテーブルマナー講座から逃げ出し、ライモンド先生の研究室に潜伏している。


ライモンド先生は音楽の先生。
だから、研究室は様々な国の楽器や本棚いっぱいに楽譜が陳列されている。


この国には宮廷音楽家や宮廷声楽家という職業があるくらい音楽が盛んで、このミューズ学園の音楽隊は国内外で大変有名で、この学園の売り。
ライモンド先生はその音楽隊の顧問もやっているから学園長からの信頼も厚いし、優しい先生だから僕からの信頼も厚い。


かくいう、男爵令息ことエレンも音楽隊に入っているらしく、行事の時にメインで歌っているのをよく見る。
奇跡の歌声…って呼ばれているらしい。流石、主人公。


そうヨイショしつつ、チビチビとクリーム増し増しで甘ぁいココアを飲んでいると、落ちてきた髪がココアにつきそうになる。
落ちてきた髪をライモンド先生の手入れされた手が掬い上げた。

「あっ、どうも」とクリームで白いひげが出来た口を開いて、お礼を言おうとした。


「皇子は困ったものだけど、着飾ったラニちゃんが見れるのはその余計なお節介のおかげね」

艶のある桜色の唇が掬い上げた髪に寄せられ、長いまつ毛の合間から夕陽色の瞳が僕を映す。

「瞳の色と同じロイヤルブルーのリボンが銀糸の髪に映えてとっても素敵…」

突如、向けられた大人の色気を纏った笑みに固まる。
そんな僕をみて、ライモンド先生は「ホント、ラニちゃんは可愛いわね」と笑った。

「か、揶揄いました?」

「やーねー、本心よ。口説いたのは冗談だけどっ!」

「びっくりしたよっ」

楽しそうに笑うライモンド先生に遺憾の意を示す為にプクッと頬を膨らませる。

ライモンド先生は笑いのツボに入ったようで少し笑い涙を夕陽色の瞳に滲ませながら、僕の白い髭を拭い、ご機嫌を取るように頭を撫でた。

 
時折、ライモンド先生もこういう風に攻略対象の片鱗を見せるのでこの人もこの人で油断ならない。

だけど、この人が身近にいる大人の中で一番頼りになる事を知っている。困った時はライモンド先生ッ!というのがこの学園生活1年間で染み付いている。

全くと、心の中でため息をつき、ココアを口に寄せた。


バラッバラッバラッ!!

「ん?」

ココアの甘い余韻を楽しんでいると紙が落ちる音がした。

音がした方に振り向くと、床に譜面が散らばっている。落とした張本人は固まり、これでもかと見開かれた空色の瞳がこちらを凝視していた。
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