王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

文字の大きさ
27 / 119
第一章 王子とロバ耳と国際交流と

30、王子として(フィルバート視点)

しおりを挟む
「第一皇子様は素晴らしい。あの歳で法の不備を見抜いて法を改正して仕舞われるなんて」

「第二皇子様もとても素晴らしいわ。あの歳で外国語を八カ国操れるのよ。レーヴ帝国の将来も安泰ですわ」

毎日、兄様達を褒め称える声を子守唄の代わりに聞きながら育った。
兄様達は俺とは比べ物にならないくらい優秀で、兄様達と比べると俺は何をやったって劣ってて、恥ずかしかった。

小さな頃は自慢の兄。
だが、歳を重ねれば、それは重圧で、兄様を褒め称える言葉は次第に責める言葉に聞こえた。

皇子だからこうあるべき。
こうしなければいけない。

それが出来なければ、呆れられて見捨てられるだけ。
困って苦しむのは自分。


それが分かってるから努力して。
自分にないものを見ると眩しくて。
そうなりたくて、手を伸ばし続ける。

止まってる時間なんてない。
止まっていたら劣っている自分は周囲に置いていかれる。
劣っているものに止まってる時間はない。

だから…、困って苦しむ前に必要最低限は叩き込まなければいけないと思った。


『もう少しだけラニちゃんの歩幅に合わせてはもらえませんか?』

ラニの肩に整えられた手を気遣わしげに置き、ライモンドの夕陽色の瞳が俺を見据える。

その男は俺の言葉が通じず、暴走気味だったラピュセル公爵叔母上の機嫌を損ねる事なく、平和に諌めてみせた。
立場上、俺が収めなければならなかった場面で最も簡単に。


ぎゅっと会場に来てからずっと俺の服の裾を不安げに握っていた手がライモンドの手を握る。
安心しきってライモンドに背を預けるラニのその顔には疲労の色が見えた。


お茶会から帰ると、相当疲れていたようでラニはお風呂に入ったまま寝こけてしまった。

このままでは風邪を引くと抱き上げれば、14歳にしては思っていた以上にその体は軽く小さかった。
その軽さが罪悪感としてつきりっと胸を刺した。


「ラニの歩幅…」

出会った当初から生意気でよく笑う奴だったので、考えても見なかった。だが、よくよく考えれば、12歳から一人、親元を離れて知り合いのいない遠い国まで留学してきてるのだ。それだけで充分、負担も多い筈。

ただでさえ、心細い中、頭にロバ耳が生えるという謎の現象に苛まれ続け、それを秘匿しなければいけない事だって辛い筈。

本人があっけらかんとしているから気付かなかっただけで。


だから、一度立ち止まり振り返る事を選んだ。
ラニをもう少し知ってからラニに合わせた勉強方法を探ろうとした筈なのだが……。

「見限られたと思って泣いてましたよ…」

「フィルっちを怒らせたと思ってるみたいだったよー」

「ラニちゃん。昨日から元気がないです。……フィルバート皇子が何かしたんですか? 例え、皇子でも俺は戦いますよ」

「は? え??」

たった2日で俺はラニに怒って見限った事になっていた。
何故、こうなったのかも分からない。

実戦では使えそうにないファイティングポーズを取って威嚇してくるエレンを見て可愛い。…と、思うと同時にエレンに敵認定されている事実に心が折れそうだった。




「そもそも嫌がってただろう…」

マナーも嫌々。
お茶会も嫌々。
朝の支度も難色を示していた筈なのだから、あの王子なら手放しで喜びそうなのだが…。

「なんか腹立つな…」

手放しで喜ぶラニを想像してヒクヒクと表情が引き攣る。
遊ぶのが大好きで勉強が嫌いなtheお子様。
マイペースで一切、朝早く起きるという習慣をつける気がない手の掛かる弟分。

それこそエレンの事を考える暇がない程振り回されている。


授業が終わり、合鍵でラニの部屋の鍵を開けて、話をする為にラニが帰ってくるのを待つ。
椅子に座り、暫く待っていたが、待てども待てども帰ってこない。

「~~~ッ。待ってられるか!!」

夕暮れになり、赤々とした夕陽が世界を照らす頃には待ちくたびれ、どうしようもない燻った気持ちを発散するべく愛用のバイオリンを握って外へ飛び出した。


誰も来ない寮の奥の鬱蒼とした茂みの中で、バイオリンを構える。
こういう気持ちが晴れない時は決まって人目のつかない所でバイオリンを心ゆくまで弾くに限る。

激しい曲。穏やかな曲。楽しい曲。悲しい曲。

思いつくがままにただ弓を動かし、何もうまくいかない苛立ちも、不安も、劣等感も、自身の身分すら全て忘れて。ただ音楽を紡ぐ幸福の時間を噛み締めて……。


「♫♩♬♩♩♫♫。♬♩~、♫♩」

弓が弦の上を滑ろうとした時。
ふわりと風に乗って歌声が聞こえた。

「♫♫♩。♬♩♩~」

その歌はよく聞く聖歌やオペラとは違い、独特なリズムと切なげなのに優しいメロディ。

奇跡のソプラノボイスを持つエレンの透明感のある華やかな歌声とは違い、豊かな音の響きに勇気づける様な優しい歌声。

「ソプラノ…じゃないな。だが、アルトよりも高音。……メゾソプラノか」

たまに無邪気に跳ねるように、踊るように自由に響き、歌う事を心の底から楽しんでいる様が浮かぶ。
誰に聞かせる為でなく、純粋に歌う事が大好きでただ歌う為に歌っている。

ー 面白いな、コイツ

俺も混ぜろと弓を弦に滑らせると、驚いたようにパッタリと歌声が止む。
少し遠くの茂みがザワザワと動き、逃げようとするので先程の歌を知らないながらも耳コピで弾いてやると、驚いたのか動きが止まる。

どうやら人に聞かれたくはなかったようだが、俺は貴様の歌声が気に入ったんだ。付き合ってもらうぞと、歌えと言わんばかりに伴奏してやるとオドオドした歌声で歌い出す。

ー コイツ。今、近付いたら逃げるんだろうな…

先程より自由さの欠ける歌声に苦笑を浮かべながら即興でコイツの歌に合わせると段々と慣れたのか歌声が安定してくる。

本当に自分の為にしか歌う気のないのが、少し残念で、それを俺だけが聞いている事に優越感を抱いて。

やはり、コイツの歌う歌は全く聞いた事のない歌ばかり。即興で併せて弾いていると、まるで未開の地で見つけた宝箱を開くようなワクワク感が溢れてくる。

ー 楽しい。もっと弾いていたい

今日、この瞬間だけでなく、もっと…。

ー 久々なんだ。こんな楽しいのは

初めてバイオリンを上手く弾けるようになった時のように心が弾む。何かを忘れる為に音を紡ぐのではなく、ただ楽しいから弾きたいから音を紡ぐ。


終わってほしくない。
その想いが募る度、この歌声の主を知りたいという気持ちが強くなる。
きっと、この歌声の主は誰にもバレたくないから俺と同じでこんな鬱蒼とした茂みの中で歌っているのだろうが。それでも…。


悟られないようにバイオリンを弾きながら少しづつ歌声の主のいる茂みに近付く。
悟られて逃げてしまわないようにゆっくりとゆっくりと近付くと、茂みの中で膝を抱える細い腕が見えた。


ふわりと風が吹き、夕陽色のリボンが揺れる。
色素の薄い髪も夕暮れに少し染まり、楽しそうに細められた瞳も夕陽色に染まってる。

ふよふよと楽しげにリズムを取るそのロバ耳に思わず固まり、バイオリンを弾く手を止めてしまったのは俺の所為ではない。

「ラニ?」

ビクリッと驚きに肩が跳ね、銀の花が咲く瞳がこちらを見上げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...