王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

31、不器用だね

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「うぅ…。流石にサボり過ぎた」

ルトゥフという新しい友達ができ、シルビオに連行された後。
僕は担任に捕まり、きっちり絞られていた。

最近、ぐるぐるメガネ先輩に捕まったり、自主的に授業をサボり気味な僕。
担任の先生のお怒りはごもっともで、返す言葉もなかった。

だけどまさか、放課後、罰としてトイレ清掃を命じられるとは思わなかった。
しかも、友人のエリオットが「手伝ってやるよ」と言いながらモップでチャンバラ勝負を仕掛けられて、更に大変だった。

モップチャンバラがとっても楽しくて。ケニーやコンスタンチェも呼んでわいわい決闘ごっこをしていたら、まさかコンスタンチェの『侯爵令嬢スラッシュ!!』が学長の顔にクリンヒットするなんて…。

みんなで涙目でタンコブをこさえた頭を抑えて、やっと解放された頃にはもうお日様はお空からサヨナラを始めてた。

担任よりも長い説教だったよ…。
学長のありがたいお説教は。


スンッと鼻を鳴らしてまだ痛いタンコブを撫でながら寮までの道をトボトボと歩いた。
皇子の事はもう明日、皇子に直接聞こうと、自身の部屋のドアノブを捻ろうとした時、はたと気付く。

あれ?このまま帰ったら皇子に怒られるんじゃないか……と。


「いるよね。絶対、部屋に居るよね…」

マナー講座やお小言はないものの。
ここ2日間、当たり前のように僕の部屋には皇子が居る。

今、まだタンコブが腫れ上がり、涙目の状態で入ったら、確実に何があったのか聞かれる。そしてグルグル眼鏡先輩曰く、僕の言動は全て曝露うたってしまっているらしい。

「じ、時間を稼ぐんだ…、僕ッ。腫れが少し引いて目立たなくなればいける?!」

今日の事がバレれば皇子から説教される事は目に見えている。
僕は1日に3回も説教なんてされたくない!


だから、時間を稼ぐ為に逃げ出した筈なのに。



夕陽に染まるあの翡翠色の瞳がこちらを見下ろしている。

その手に持つバイオリンにさっきの歌いやすく僕の歌に併せてくれていたあの美しい音色を皇子が奏でていた事に気付く。


部屋には帰れなかったし、久々に歌いたいなと、たまたま入った人気のない寮近くの茂み。
歌えるのが楽しくて思い付くがままに歌っていたら急にバイオリンの音がした。

人に自身の歌を聞かれるのが苦手なので、さっさとトンズラしようとしたのにあまりにも楽しそうに僕が歌っていた歌を弾くもんだから…。

聴き入って逃げ出すのを忘れたのがまずかった。


「ッ!!」

取り敢えず、何かを言おうとして口を開く。
言いたい事はいっぱいあった。

タンコブの言い訳。
ここ2日の皇子は何がしたかったのか?とか。

でも、言葉が出なかった。


ドッドッドッと心臓が激しく鼓動を刻み、胸の辺りが苦しくなる。
ああ。やっちゃったよ。本当にバイオリンの音が聞こえた時点で逃げればよかった。

「ラニ!? おい、大丈夫か?」

「だい…じょぶ」

「大丈夫じゃないだろうっ!」

「たま…に、あるんだよ。…すぐ、なお…るから」

胸を抑えて蹲る僕に皇子が駆け寄るのを制して、深く息を吸う。

僕は人前で歌うのが苦手だ。
人前で歌うと胸の辺りが苦しくなり、呼吸が上手く出来なくなるから。




深く息を吸って吐いてを繰り返すと、やっと呼吸の仕方を身体が思い出し、身体が楽になる。

「ほら、元気になったでしょ」

発作が収まったので、ぴょんっと立ち上がって見せる。
さー、帰ろうと、グイグイと服の裾を引っ張ると途端に不機嫌になり、逃さないと言わんばかりに腕を掴まれた。…タンコブ、バレたか!?

「阿呆。まだ休んでろ」

何時もは王子らしくしろと煩い皇子が地べたに座る。
腕を掴んだまま座るもんだから僕も引き摺られて地べたに腰を下ろした。

「しばらく、寝てろ」

「え? まさか、皇子の膝枕とか言わないよね。…固そう。つ、謹んでお断りするよ!」

「だー、もうっ! 煩いなお前はっ。俺だってお断りだ」

じゃあ、帰ろうよと立ちあがろうとするが、あぐらをかいた皇子の膝の上に寝かされて背を撫でられる。

ー なんだこれ??

ぎこちない撫で方で、顔は不機嫌。
そんなに嫌ならやらなければいいのにとも思ったが、よくよく考えてみたら皇子はツンデレだった。…じゃあ、これはデレ?


「……たまにという事は昔からなのか?」

「…医者は本当にいいからね。昔から家族以外の人の前で歌うとこんな感じだから」

「そうか。………悪かったな」

皇子の不機嫌な表情が崩れて、お茶会で見た気落ちしたあの表情が僕を見つめている。

「なんで。そんな顔するの?」

「…………」

「僕、皇子に何かしちゃった?」

「違う。お前は俺の所為であんな苦しい思いしたんだろう。寧ろ、何かしたなら俺の方だ」

自分を責め、強く唇を結ぶ皇子。
それはそんなに自分を責めるような事なのかな?
別に皇子はたまたま居合わせただけだから、何も悪くないと思うんだけど…。

「本当に何もかも上手くいかないな…。茶会でも俺が叔母上を諌めるべきだった。ライモンドの言う『ラニの歩幅』も合わせ方もわからない」

珍しく素直に弱気な事を言う皇子に目を丸くする。
その言葉にここ2日間の皇子の言動を思い出してつい吹き出した。

「ぶふっ。あはははっ!!」

「な、何がおかしい」

「まじめ…、ふふっ、真面目すぎるよっ。だから、面接形式で好きな色や食べ物の事聞いてたの?」

「わ、悪いかっ!」

笑われて一瞬にして表情が不機嫌になった皇子に「ゴメンよ」と思いつつも笑いが止まらない。
あれだけ問答無用にマナー講座はグイグイと押し付けてきたのに不器用過ぎるでしょ。

エレンに対しても、周囲に対してもそうだけど、この皇子は何故、自分の持ち味を悪い方向にしか発揮出来ないのか。

「もういいっ…」

プイッと顔を逸らし、本格的に拗ね始めた皇子に笑いで出た涙を拭ってゴロンと寝返りを打つ。

「僕のね、好きな色は夕陽色。趣味は釣り。釣り糸を垂らして、ゆっくり水平線に太陽が沈むのを見るのが好きなんだ」

好きな食べ物。モアナでの暮らし。
大好きな家族の事。大好きな伯父さんの面白い話。
モアナで釣り上げた魚の話をして、顔を逸らしたままの皇子の疑問に勝手に答える。

「後、さっきの発作は皇子の所為じゃないよ。つい、バイオリンの伴奏付きで歌えるのが嬉しくて、夢中になってたんだ。…楽しかったな」

思い出すと楽しくて、ふんふんとさっきの歌を鼻歌で歌う。
鼻歌で歌う分なら何故か発作は起きないんだよね。自分でも不思議。

楽しかったよねとまだそっぽを向く皇子に話かけるとその耳は赤かった。

不器用だなぁ。
嬉しいなら嬉しいで良いのに。
楽しいなら楽しいで良いのに。


「…苦しかったのに楽しいのか?」

「だって何歌っても、即興でカッコいい伴奏つけてくれるんだもん。すっごい歌ってて気持ちよかった」

「べ、別にお前に合わせてやった訳じゃないからな。俺も知らない曲ばかりで興に乗っただけだ。お前に合わせた訳じゃ」

「将来はバイオリン奏者?」

「俺は皇子だ。皇子としての責務がある。…それに俺のはお遊び程度だ。俺より上手い奴はわんさかいる」

「そうかな? 僕は皇子のバイオリンの音、好きだしさ。皇子はもっと自由にやりたいように生きて良いと思うよ? …将来、皇子がバイオリン奏者になったら僕、聴きに来るからね」

「…お前は本当にお気楽だな」

「まー、南国育ちだからね。僕の国はみんなやりたいように生きてるよ」

あの国には政権争いも諍いもない。
ただ緩やかに穏やかに時が流れていく。
王族も平民も関係なく、ゆっくりと自由に。

でも、郷に行ったら郷に従え…だ。


「何がいけないのか分からなかったけど。まー、次のお茶会はそこそこ頑張るから期待しないで」

「そこは期待しろ…じゃないのか」

「それはムリかな。だって僕、モアナの王子だもん。だから気長にお願いします」

「お前な…」

呆れた顔で皇子が僕を一瞥する。
でも、それ以上は無駄だと悟ったのか、それ以上は何も言わず、バイオリンを弾き始めた。

やっぱり、皇子のバイオリンの音色は綺麗でカッコいい。
一つ一つの音が宝石のようにキラキラしていて、曲を彩っていく。


「…俺もお前の歌。好きだよ」


空は赤い太陽がサヨナラして銀色の月が座っていた。
星々が瞬く世界の中で、流れゆく音色と何時もよりも楽しそうな顔でバイオリンを弾く皇子を見ながら微睡む。


担任と学長に叱られた件を完全に失念したまま。



「お前は…、お前は本当に何を考えている!?」

次の朝。
僕は結局皇子に説教を喰らう羽目になる。

例え、タンコブを隠せても担任からの呼び出しの件も学長の説教も見ていた生徒達の記憶は消せない。


『悪ガキ四人衆』という不名誉なレッテルをしばらく僕等4人は貼られ、皇子はそれを知っておかんむり。折角、『ラニの歩幅』に合わせる為に中断されていたマナー講座は更にスパルタになって帰ってくる羽目になったんだ…。
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