王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

文字の大きさ
30 / 119
第一章 王子とロバ耳と国際交流と

33、拝啓ローレライ様①(エレン視点)

しおりを挟む
昔。昔のその昔。

海の神様と人間が恋に落ちた。
やがて、二人は愛し合い、ひとりの女神様が産まれた。

ローレライと名付けられたその女神様はとても心の優しい女神様で、その美しい歌声を波に乗せ、風に乗せ、嵐に彷徨う船乗り達を陸へと導いてくれる。



轟々と荒れ狂う嵐の日。
危ないと院長先生に止められる中、どうしてもあの歌声を聴きたくて俺は船着場で耳を澄ませる。

波の上を跳ね、風に踊らせ、聞こえてくるのは優しい歌声。
嵐の日にしか聞こえないその歌に魅せられて、胸の中に息付いたその歌は今も俺を魅了して歌えと背中を押す。

拝啓、ローレライ様。
俺の歌声は貴方に届いてますか?







ハラハラと勢いよく落とした楽譜が宙に舞う。
芝生に転げ見上げれば、吊り目がちな瞳と目が合った。

「貴方。恥を知りなさい」

プラチナブロンドの縦ロールをファサリッと後ろに流し、忌々しげに御令嬢がこちらを見下している。


彼女の名はコンスタンチェ。
侯爵令嬢で時期皇帝である第二皇子の婚約者。
俺より2つ年下だが、学園でも社交界でもカースト上位に常に立つ彼女の派閥に俺、エレン・メローディアは嫌われている。

先程も中庭を突っ切ろうとした所、彼女の取り巻きの1人である御令嬢に足を引っ掛けられてすっ転んだ。

持っていた楽譜は芝生に散らばり、その1つはコンスタンチェ様に踏みつけられている。


「あの…、楽譜」

「貴方、貴族とは言えど、たかが男爵家に引き取られたからって調子に乗られているのではなくて?」

「そんな…、調子になんて…」

「平民出風情が、フィルバート殿下に見初めてもらおうなんて烏滸おこがましい。たかが、男爵家に引き取られただけで調子に乗り、殿下を誘惑するなど恥を知りなさい」

「誘惑なんてしてません。俺はこの学園で歌を学びにっ…」

「あら。誘惑していないならフィルバート殿下が貴方に一方的に想いを寄せているとでも言いたいのかしら? …まぁ、なんて高慢なの」

フンッと鼻を鳴らすとコンスタンチェ様は楽譜を足で踏みにじり、言いたい事だけ言って、去っていく。

踏まれてぐちゃぐちゃになった楽譜は靴についた土で所々音符が読めなくなっている。


「折角、初めてソロパートをもらったのに…」

ライモンド先生にどう説明しよう。
この前もライモンド先生の研究室ですっ転んだ拍子に机の上にあったコーヒーをぶち撒け、楽譜をダメにしたばかりなのに気が重い。


「本当にただ、歌いたいだけなのにな…」


嵐の日に聴いたあの歌声に魅せられて、いつの日かローレライの歌を歌えるようになりたい。

そう独学で歌を練習し続け、縁あってメローディア男爵の養子として音楽の最高峰であるミューズ学園に入学を果たしたというのに…。


ここでは楽しく歌も歌えない。
前のように歌が楽しいと思えない。



廊下で楽しげに友達と歩いている同級生達の姿が見える。

俺も男爵に引き取られる前は孤児院の仲間達に囲まれて笑いあっていた。

入学した初日に何故かフィルバート皇子に目をつけられて、皇子が俺に近付くものを睨むから誰ももう俺に近付こうともしてくれない。

そう未練がましく同級生達を見つめて、ハッと我に帰り、頭を横に振る。
自身の両頬を挟むように叩いた。


「楽しくないからなんだ。ここでならもっと歌が上手くなる。楽譜だって読めるようになったじゃないか。メロディーしか知らない夢のローレライの曲の譜面だって、もしかしたらこの学園にならあるかもしれないっ…」

波の上を跳ね、風に踊らせ、聞こえてくるのは優しい歌声。
胸の中に息付いたその歌は今も俺を魅了して歌えと背中を押す。

顔も知らないローレライに少しでも近付きたい。
ただ幼き日の初恋の歌声にあの歌が歌えるようになれば、また会える気がしたから。

「頑張らないと」

歌って歌って、歌い続けて。
それで血反吐を吐いたとしてもあの歌声に届くまで何度でも。
例え、この先ずっとひとりでも俺は歌い続ける。

グッと寂しさを押し込めて、落ちた楽譜を拾い集める。
だが、最後の一枚の楽譜が風に飛ばされ、中庭のミューズの噴水の方へと飛んでいってしまった。


音楽の神ミューズの姿が形取られた噴水はレーヴ帝国の数ある噴水の中でも大きい。大理石で出来ていてとても美しいのだが、素直に美しいとは思えない。

この池並みに広い噴水で何度私物を捜索する羽目になった事か。


とにかく、良い思い出がない。
今だって風に飛ばされた楽譜が今にも噴水に落ちそうだ。

「まっ、待ってーーっ!!」

慌てて走り出そうとしたが、バシャンッという音とともに噴水から大きく水飛沫が上がった。


「おおっと、悪い悪い。足が長くて引っ掛かってしまったか?」

意地悪そうな少年がフンッと鼻を鳴らし、噴水の中を見下ろす。

噴水の中では少年が腰まで水の中に浸った状態で座っていた。
ふわりふわりと飛んだ楽譜がその少年のキラキラと陽光を受けて輝く銀糸の髪の上に舞い降りた。

少年は舞い降りた楽譜を手に取り、首を傾げる。

「ん?楽譜??」

「おいっ、貧乏平民ッ!俺を無視するな!!」

「あー、ごめんごめん」

少年は楽譜が濡れないように噴水の縁に置き、風で飛ばされないように石を置くと、ぷかりと水の上に身を任せる。

状況からみるにあの銀糸の髪の少年は意地の悪そうなあの少年に足を引っ掛けられて噴水に落ちたよう。
だけど、銀糸の髪の少年は全く気にしてないようで、それどころか気持ちよさそうに水の上で目を細めている。

「お前如き平民が隣の席だからとコンスタンチェ様に気安く話ッ…」

「ああ、あれでしょ。コンスタンチェコニーのあの魅惑的なドリルの誘惑に負けて、ビョンビョンッ、引っ張って遊んだ件でしょ」

「違うっ、人の話を聞っ。……あれ? いや、ちょっと待て。コニー?? ドリル???」

「僕も流石に女の子の髪の毛で遊んだのは悪かったと思ってるよ。エリオットと両側からにょんにょん、あの魅惑的なドリルを伸ばして、ビョンって戻るのが楽しくて何度も遊びました。ごめんなさい」

「いや、本当に何やってるんだ、お前はっ!?」

おそらく俺が遭遇したのはイジメの現場だと思われる。
だけど、銀糸の髪の少年のあまりのマイペースさに呑まれてイジメようとした相手の方が空回りして可哀想な事になっている。

それにしても…。

「ドリルって、コンスタンチェ様の縦ロールの事だよね…」

あの侯爵令嬢で第二皇子の婚約者であるコンスタンチェ様の縦ロールを銀糸の髪の少年はバネみたいに伸ばして遊ぶという、命知らずさに思わず苦笑する。


つい楽譜を回収するのも忘れて銀糸の髪の少年の動向に目が行ってしまう。

銀糸の髪についた水の雫は陽光で宝石のようにキラキラと輝き、深海のように青い瞳は楽しげに揺れる。
向日葵のように太陽の下で大輪の花を咲かせるその笑顔は見ているだけでつられて楽しくなってくる。

「まぁまぁ、ケニーもさ。カリカリしないで楽しもうよ。…はい。お返しね!」

足を引っ掛けた意地悪少年ケニーの腕をとって、噴水の中へと銀糸の髪の少年は誘う。
驚くケニーに「今日は暑いから水気持ちいいねっ!」と笑い掛けると「えいっ」とケニーの取り巻きに水を掛けた。

「こんなにこの噴水は大きいのに皆んなで水浴びしないなんて勿体無いよ。皆んなも入れば良いのに」

「貴族である私たちが噴水で水遊びなど低俗な遊びっ…」

「貴族も平民も楽し事の前では関係ないよ。やりたい事はやりたい。楽しい事は楽しい。きっと楽しいよ?みんなで遊んだらもっと楽しいに決まってるっ!」

遊ぼうよと、屈託のない笑顔で自身をいじめていた相手に手を差し伸べた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...