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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と
14、夜会②(フィルバート視点)
しおりを挟む※話はラニ遭難より少し遡り、11話 夜会の続きです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シャンデリアの光とドレスの花で彩られたその世界でエレンは空色の瞳を伏せる。
エレンの歌声に聞き惚れた観客達の前で紡がれた次の歌は一音めからブワリと心を揺さぶり掛ける。
跳ねるように踊るように自由に駆け巡る歌声。
大海原をお転婆に泳ぎ回るエレンが作り出した人魚姫が「さあ、泳ごう」と歌の世界へと誘う。
それは人間に恋をした人魚姫の歌。
しかし、その人魚姫は誰かを、歌い方がアイツを連想させた。
ー ラニ?
跳ねるように踊るように一人で草陰で歌っていたラニの姿が人魚姫とエレンと重なる。
どう考えてもラニをイメージして歌っているのが分かるその歌を愛おしそうに一音一音大事に大事に歌い上げる。
あのファルハの王すら立ち上がり、エレンの歌に耳を傾けていた。
それ程、エレンのその歌は万人問わず惹きつける不思議な魅力を持っていた。
お転婆でエレンとはかけ離れた存在のその人魚姫はやがて一人の王子に恋をした。その瞬間からお転婆な人魚姫は恋を知り、大人になっていく。
恋を知った人魚姫の姿がエレンと重なる。
何時ものエレンの歌い方に心の中に安堵感が広がっていく中、それは起きた。
ガシャンッと何かが壊れる音と令嬢達の悲鳴。
何が起きたとバッと騒ぎの方を見やるとバルコニー席にいた筈のファルハの王が散乱した割れた皿や料理を踏みつけ、ホール会場のテーブルの上に立っていた。
その手には峰が三日月のように反ったファルハ特有な剣が握られ、テーブルから降りると一直線にエレンの方へ向けて歩きながらその白刃を抜いた。
「オレを謀るか、紛い物」
シャンデリアの光を反射して白く光る刃がエレンの頰にあたる。
白刃がエレンの頰を滑った後には赤い線が引かれ、エレンのその透き通る白い肌からツゥーッと赤い雫が滴った。
「エレンッ!!」
今にもエレンの首を落としそうなファルハの王の殺気に止めに入ろうと、走るがシルビオがそれを制す。
「止めるな、シルビオッ。エレンがっ!!」
「殿下。落ち着いてください。貴方が今、飛び出すと事態が更に悪化します。それは貴方も分かっていらっしゃる筈です」
そう冷静に淡々とした態度で俺を止めるシルビオに苛立ちを覚える。
分かってる。
この苛立ちはただの八つ当たりに過ぎない。シルビオは何時だって俺よりも優れていて正しい判断で動いている。
レーヴ帝国の第三皇子である俺が今出て行けば、戦争の火種を生みかねない。だが……。
ー 本当にそれが正しいんだろうか…
頰をつたい赤い雫がポタリッと床に落ち、弾ける。
固まり、震えるエレンの喉元にファルハの王が切先を突き付ける。
「跳ねるように踊るように響く歌声…。俺のローレライの真似事で小馬鹿にし、その上、下手なアレンジであの歌声を穢す狼藉者よ」
「俺はっ、俺はローレライ様を敬愛しています。俺の憧れであり、目標である人です。俺はその人に近づく為に歌い続けているんです。決して小馬鹿になんか…。穢す気などありません」
喉元に切先を突きつけられ、恐怖に身を浸しつつもエレンは折れない。
寧ろ、何処か情熱さえ感じるその空色の瞳は揺れずに真っ直ぐファルハの王をとらえる。
「真似事でもローレライ様に似ていると思って頂けて光栄です。アサドゥ王様もローレライ様の歌をご存知だったのですね」
「アレは俺のものだ。雨に濡れて艶やかに輝く銀の髪も。宝石のように青い瞳も。小さくほんのりと薄紅色に色付いたあの薄い唇も。絹のようにきめ細かい白い肌も。あの歌声も全て俺の為にある。俺が触れ、俺を映し、俺を受け入れ、俺に暴かれ、俺の前で囀る為だけにあるのだ。……似ている事さえ烏滸がましい」
鳶色の瞳が欲望と憤怒で濁る。
ザワリッと滲み出る殺気は離れていても心の臓を掴まれたかのように上手く呼吸が出来ない。
一人の王というよりは狂戦士のような禍々しい雰囲気に場の空気が凍る。
何時その切先がエレンの喉笛を掻っ切ってもおかしくない。
「ファルハの王よ。あまりにも勝手が過ぎるのではないか?」
凍った空気を切り開くように皇帝の声が響く。
俺達の後ろで玉座に座していた皇帝はゆったりと立ち上がる。
騎士達の制止に「よい」の一言で返して、剣を持つファルハの王に丸腰で悠然と対峙した。
「今宵の夜会は懇親会も兼ねておるのだ。弁えてもらおうか」
「懇親? この俺に仲良しごっこに興じろと? ……俺と仲良くしたいなら何をするべきか貴様は分かっている筈だ」
ファルハの王は鼻で笑うと、剣を納めた。
全てを嘲笑うようなその笑みは邪悪そのもので、禍々しい。
「俺のローレライを隠し立てするモアナ王族から取り返す事だ。さすれば、仲良しごっこくらい幾らでもしてやろう」
「アサドゥよ。何度言えば分かる? ローレライは海の女神であり人ではない」
「アレは人だ。銀糸の髪に深い青い瞳の子供。アレはモアナ王族の血筋だ」
「モアナ王族の娘に貴殿の探すローレライはいない。モアナの姫君は遠方の国に嫁いだ大王の娘のみ。その姫君が嫁いだのは20年以上前の話」
皇帝はエレンや宮廷音楽家達を後ろに庇い、その強い光を讃える翡翠の瞳で無理難題を叩き付けるファルハの王を見据え続ける。
「はぁ…。話にならんな」
漆黒のマントを翻し、ファルハの王は夜会を台無しにした責任も取らずに会場から去ろうとする。
顔を真っ青にしたルトゥフが「お待ちください」と止めるが、聞く耳を持たない。
それ所か。
弟相手に剣の柄に手をかけた。
震え上がったルトゥフは手で自身の身を守る。
逃げずにただこれから受ける仕打ちに耐えるように身を守るその姿は彼がこの王にどのような仕打ちを受けてきたかありありと伝わり、苦いものが胸に広がる。
そんな怯えきった弟を嘲り、ファルハの王は再度、エレンを見、皇帝を見やり、冷え冷えと笑う。
「2年待ってやろう。ローレライを俺に返すか、戦か。…よくよく考えて答えを出すのだな」
そう宣戦布告を言い残し、ファルハの王は会場を後にした。
こんな大事件の後。
間の悪い事にラニがフラフラと迷子になるという珍事件が発生して、シルビオが珍しく大激怒したのはしょうがない事である。
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