王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

17、シルビオ監視網(警護とも呼ぶ)

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ラベンダーの匂いがする。

ふわりと夢の中で香るその匂いは心が安らぐ匂いで、ライモンド先生の香水の匂い。
優しく撫でる綺麗に整えられたその手は滑らかに唇の上を滑り、少し熱っぽい夕陽色の瞳が優しくこちらを見下ろしている。

それがちょっと擽ったくて、身を捩ると、夢の中のライモンド先生は苦笑を溢して、今度は髪を梳くように撫で始めた。
それが心地よくて、もっとと強請ると、「これ以上はまだダメ」と言われてしまった。


夢の中のライモンド先生は何時ものライモンド先生とはやっぱり少し違う。

そのいつも通りの優しい眼差しにとても安心するのに、同時にその熱っぽさにフイッと目を逸らしたくなってしまう。


ー まだダメって、その時が来たら僕をどうする気なんだろう?

その夢の中のライモンド先生の熱っぽさが移って、ちょっと熱い身体をゴロンと転がして、少し覚醒した頭でぼんやりと考える。

夢なんだからその時も何もない気がするが、それでも気になって考えてしまうのだから仕方がない。


ぼんやりと考えながら寝返りを打とうとして、ぐらりと身体が落ちそうになり、はたと意識が覚醒する。

落ちそうになった手前でライモンド先生が僕の身体を僕がうたた寝していたソファの上に戻し、苦笑を浮かべた。

「ラニちゃん。ベッドじゃないから寝返り打ったら落ちるわ」

「う、うん。忘れてた…」

「爆睡だったものね。また眠れてないのかしら?」

「……眠れては…いるんだけどね」

夢の中じゃないライモンド先生が心配そうに顔を覗き込む。
そんなライモンド先生をこれ以上心配させないようにあははと笑って答えるが、笑い切れない。

筋肉痛で痛いと悲鳴を上げる足をさすりながら、僕とライモンド先生以外部屋に人がいない事を確認してから安心してソファに寝転がる。

「僕の安息の地は本当にここ以外無くなったんだ…」

「いや、何があったの…」

空になった僕のカップにココアを注ぎ、困惑の表情でライモンド先生が隣のソファに腰掛ける。

首脳会議が終わり、やっと学園に戻され、久々に戻ってきたライモンド先生の研究室。
しかし、その研究室の外には彼がもういるかもしれない。
首脳会議中にした僕の二度の逃走で、ブチギレたシルビオが僕をとっ捕まえる為に探してるんだ…。

「いや…ね。僕が、僕が悪いんだけどね!?」


一度目の逃走でも飛び級願いを出す程にはブチギレだった。

流石の僕だって、これ以上怒らせるのはマズイと大人しく寝ていようと思っていた。
しかし、僕はそもそもシルビオが怖い。
一緒だと気が休まらないんだ。

自業自得とはいえ、ただでさえ、高熱で寝込んでいる所にシルビオの監視はキツイ。


『養生させて!!』

せめて、ゆっくり寝たかった。
皇子にシルビオを宥めてくれたお礼を言いに行くついでに、シルビオをお引き取り願う為に僕は走った。

シルビオの監視(看病ともいう)をお手洗い行くふりして、くぐり抜けて皇子に会いに行ったんだ(逃走ともいう)。

シルビオは勿論ブチギレ。
ついでにその逃走中にファルハの王に物申してしまったのでサフィールさんもブチギレ。

結果、2人に説教されながら養生するという最悪な状況を自ら作り上げてしまった。
でも、それも首脳会議中までなら我慢出来た。


『あー。俺、今日からラニラニと隣部屋だから』

『へ?』

シルビオの怒りは首脳会議が終わっても収まらなかった。
飛び級はなかったものの、元々貴族寮だったシルビオが特権?を色々行使して王族寮にある僕の部屋の隣に引っ越してきた。

特権という言葉にただならぬ違和感を抱いた時点で、もう既に怖かったのだが、シルビオまでが当たり前のように僕の部屋に入り浸るようになり、僕は戦慄した。

まさかのシルビオも僕の部屋の鍵を所持している。皇子のように朝起きれば必ずいて、夜も寝るまでずっと居る。
昼休みだけでなく、休み時間も僕の所にやってくる。

その上、お風呂入る時もお手洗いに行く時も疑いの目でこちらを見てくる。
確実にお手洗いを口実に逃げた事を根に持ってる…。


確かに僕が悪い。

だが、ここまで監視(警護ともいう)を徹底されると寝る以外に気が休まる時間がない。
逃げるなっていう方が無理だ。


「僕にだって僕の考えってものがあるんだよ。一回目の逃走に関しては何も教えてもらえないから拗ねたっていうのもあるけど、3人が心配だったから行きたくもない夜会の会場に確認しに行こうとしたんだ」

「そうなのね」

「だって、急に聞こえていた音楽が止んで、騎士のお兄さんたちが確認しに来たんだよ? 普通心配するよ」

「ふふっ。そうね。ラニちゃんは優しいから」

不貞腐れてソファで足を抱える僕の頭を夢のように梳くように撫でながらライモンド先生は微笑む。
夢でも現実でもライモンド先生に撫でられるのは心地よくて、目を細める…のだが…。


トントンッ。

不意に扉のノック音が響き、ガバリッと起き上がる。

タラタラと出る冷や汗が止まらない。
ノックしたのが違う人であれ、と願うが世の中、そう上手くは出来ていないみたいだ。

「すいません。ライモンド教授。ここにラニ王子が訪ねてきていると聞いたのですが…」

扉の外から聞こえるその声はとても柔らかく、一見、優しく聞こえるが、騙される事なかれ。

声の主(シルビオ)は確実に怒ってる。僕が授業が終わったと同時にシルビオを撒いてここに来たから怒ってる。


ライモンド先生がどうする?とこちらを見る。
僕はそんなライモンド先生に自信満々に大丈夫だと頷いて、僕とは思えない低く野太い声を喉から絞り出した。

「ラニ王子はいません」

「うん。居るね」

絶対バレないと自信を持って発した声。
しかし、その渾身の低く野太い声は一瞬にして僕と見破られ、悲しくてライモンド先生を見る。

ライモンド先生はプルプルと笑うのを堪えながら「手強いわね。私なら分かんなかったかも」と僕を労う。

…うん。分かった。
どう聞いてもバレバレだったんだね、ライモンド先生!!

むぅっと膨れつつも僕に残された時間は少ない。
ガラリッと窓を開けて、僕はライモンド先生に別れを告げて飛び出した。

次は何処に隠れるか。
思案しながら校舎裏を走る…が。


ガラッッ!!

突如、窓が開き、にゅっと手が伸びて、走る僕の肩を掴む。
突然の出来事にバクバクと心臓が悲鳴を上げ、あまりの恐怖に腰が抜けた。

「あ、あ……」

本当に怖い時は叫び声もまともに出ない。
へなへなと地面にへたり込む僕をいつの間にかに窓を飛び越えたシルビオが抱きとめて、とても爽やかな笑顔でトドメを刺す。

「さーて、隠れんぼも鬼ごっこも終わりにしようね。オニーサンと遊びたいのはよーく分かったから」

恐ろしい。
どんなに逃げ隠れようとも見つけ出すその捜索能力と反射神経。
すごいを通り越して、ただただ恐ろしい。もうホラーの域だ。

「ごめ、ごめんなさいっ…」

「ラニラニ…。オニーサンは謝ってほしいんじゃないよ。悲しいナ…。そんなに俺といるのがイヤ?」

「うぅ…、違うよ。お互いに適度な距離っていうものがあって…。ほらっ! 別に外出してる訳じゃないし。学園では他の同盟国の王子達だって護衛なしに歩いてるよ!」

「うーん。却下」

「却下!?」

「他の王子達もフィルっちもラニラニと違って、自衛くらい出来るぢゃん」

「出来るもんっ。僕だって、僕だって、出来るもん!」

王族や貴族など、重要人を預かってる学園内で一体何が起きるというのか?

そう反論したいが、シナリオやら人知を超えたイベントが起こるこの学園自体が魔窟だったと思い出し、口をつぐむ。

普通の学園だったら僕の頭にそもそもロバ耳など生えないのだから……。
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