王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

25、王子様は肉食系(尚、僕は狩られる側のようだ)

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薄明るい街灯の灯りが真っ暗な森の道を照らしている。

人気の完全になくなった夜の森の道はしんっと静かで寂しく、夜道を照らす為の街灯なのに、時々チカチカと点滅して、今にも消えてしまいそうで恐怖心を増長させる。

今にも何か出てきそうな雰囲気。
実際に去年は出たので、本当に笑えないのだが、色々と怖過ぎて逆に笑いが止まらない。

「あはっ、あははは…」

「……大丈夫だ。ラニ王子。怖いなら目を瞑っても構わない」

ジェルマンに肩を抱かれて、歩く本当に2人きりの夜の道。
僕は支給されたランタンを両手で握り締めて、これから巻き込まれるであろう《イベント》と現在進行形で逃げられないこの状況に体を強張らせていた。


こんな事ならグルグル眼鏡先輩に事前に合宿でどんな《イベント》が起こるのか、聞いておけば良かった。
そう今更、思い至ったってしょうがないのだが、それでも諦めの悪い僕は思ってしまう。

そして、足が前に中々進まない。
長引かせても意味がないのに踏ん切りがつかない。

そうさ、ひよってる。
僕、ひよってるんです。


かと言って、ジェルマンの提案通り目を瞑るのも怖い。
全てをジェルマンに任せてしまえば、本当の本当にジェルマンルートに突っ走りそうで怖い。


ー 僕は、僕はモアナに帰るんだっ!!

僕はこの物語の主役になるつもりなんてない。
僕を故郷のエメラルドグリーンの海と白い砂浜が待っている。
のんびりと夕陽を眺めながら釣り糸を垂らすスローライフが僕を待っている…筈っ。

「…ラニ王子。段差だ。危ない」

「ど、どうも」

さっきまでは肩だったのにいつの間にかに腰に腕を回し、転けないようにスマートにエスコートするジェルマン。
その姿に待っている筈のスローライフが遠ざかって行く気がした。


「……そういえば。あのテディベアに名前は付けただろうか?」

待っている筈のスローライフと一緒に気も遠くなりそうになる中、ふと、ジェルマンがあの例のテディベアの話を持ち出す。

「つけて…ないですが…」

「…そうか。なら。つけてあげて欲しい」

あのジェルマンが作った僕色のテディベアの話に僕の警戒心は最高潮まで上がった。
なのに、ジェルマンが不意に優しく微笑むものだから虚をつかれて、思わずジェルマンを見上げる。


「……テディベアは名前を付けて。リボンを巻いた日が誕生日。…何時迄も誕生日がないのは可哀想だから」

ふわりとその優しい笑みに、この人があのテディベアを心の底から大切にしている事が滲み出ていた。

「そうなんだ。僕。お人形なんてもらった事ないから人形に名前をつけるなんて知らなかったよ」

「……もらった事がない?」

「うん。僕の国の子供は基本、外で遊ぶし。僕と同い年の子供も近くにはいなかったし、遊び相手の僕のいとこは全員お兄さんだったからお人形遊びよりチャンバラとかヒーローごっこだったんだ。だから、お人形の出番がなかったんだよ」

「……そうか」

「うん。でも、どうしよう。誕生日が来ないのも名無しなのも可哀想だよね…。うーん。でも、思い付かないや…」

誕生日が来ないのも名無しなのも可哀想だし、寂しい。
知らなかったとはいえ、可哀想な事をしたなと人形の名前を考えながら歩くが全く思い付かない。

テディベアだからベアっていうのは無しだよね。そうなるとクマって名前もそのままだから無し。うーん。

何がいいだろうとジェルマンを見上げると、ジェルマンは何処か嬉しそうにこちらを無言で眺めていた。

思い付きそうにないからジェルマンに命名権を投げたが、頭を横に振り、丁寧にお断りされた。何故…。

僕が困って唸っていると、ジェルマンの声が頭上から降ってくる。

「……ラニ王子。あの子を普段。何処に置いている?」

「枕元。寝る時は触り心地がいいから一緒に寝てるんだ」

「……そうか。なら。きちんとラニ王子が名前を付けてやるべきだ。…あの子だって大切にしてくれてる人に名前を貰いたいと思う」

「うーん。テキトーな名前しか浮かばないんだよ」

「……それで構わない。きっと。あの子も喜ぶ」

「そういうものなのかな?」

「…そういう。ものだ」

どうやら、あのテディベアは僕に名前を付けて欲しいらしい。
でも、そうなると余計ににテキトーなのは可哀想。

チラリとこちらを微笑ましそうに見るジェルマンを見て、そして安眠要員で別館の寮部屋にも連れてきた銀色のテディベアの姿を思い起こす。

ジェルマン。銀色のテディベア。
銀色って言えば、シルバー。
ジェルマン。シルバー……。

「ジェシル?」

ポンっと出てきたテディベアの名前に、自分でもこれは中々いい名前ではないかとパッとジェルマンを見やる。

「…ジェシル。いい名前だ」

「うんっ。いい名前でしょっ! ジェルマンのジェルとテディベアの毛色のシルバーから取ってジェシルっ。…ふふっ。僕にしてはカッコイイ名前が付けられたんじゃないかな!!」

もっと褒めてくれてもいいんだよと、期待の眼差しでジェルマンに向ける。
だが、ジェルマンはそれ以上は褒めてくれない。それどころか頰を朱に染めて、その大きな手で僕の頰に触れた。

「……大事に枕元に置いて。一緒に寝てくれるあの子に俺の名前の一部を付けてくれるのか」

「……え? あ、の。ジェルマンさんがっ、ジェルマンさんが作った人形だから生みの親から取った感じかな。あは、あははは…」

「……ラニ王子は。出会ったあの日から俺に欲しい言葉を全てくれる。欲しくて欲しくて堪らない」

「あははは。…それ、は、気の所為じゃないかな? 僕、そんな事してないよ!?」

テディベアの名前の話だったのに、何故か醸し出される甘い雰囲気。

身の危険を感じて距離を取ろうとするが、ジェルマンは距離をあっさりと詰めて、頰を撫で、僕の耳の形をなぞる。ひぇ…。

くすぐったさと危ない何かを感じて、しびびっと身体中に危険信号が駆け巡る。
尚も距離を取るが木に背中がぶつかって、横に逃げようとしたが、トンッと木の幹にジェルマンの両腕が触れ、僕は囲われて逃げられなくなった。ひぇええ…。

こんな時こそ、お化けよ。
邪魔しに出てきてくれと切実に思うのだが、全く出てくる気配がない。そして、この肝試しに脅かし要因はいないので、誰も邪魔しに出てこない。


ギラギラと熱情に揺れる翡翠の瞳が僕を映す。

野獣だ。
餌を目の前にした野獣の目だ。


「……母上は。本当は女の子が欲しかった。しかし。俺は。子を残す事も許されない価値のない次男として生まれ。そして。中性的でもない。父方よりの逞しい身体に産まれてしまった。だから。俺は母上の期待に応えるべく。母上の望むように生きてきた。これからもそうだと思っていた」

逃げ場を無くし、ズルズルと地面にへたり込もうとする僕をその逞しい腕ですんなりと支える。
何かジェルマンが話しているみたいだが、正直パニックで頭が言葉を言葉として認識出来ない。多分、割りかし重要なことを話してるんだと思う。

「…だが。違うと分かった。貴方が俺の意志も大切だと言ってくれたから。母上の望んだ相手ではない。俺が心の底から好きだと思える相手と俺は人生を共にしたいと思った」

頭の回線がショートしてプスプスと頭から煙が上がる。

…あれ? 今、僕の身体を包んでいるのは誰の体温??
お父さんかな?いや、お父さんはこんな肩幅広くなかった気がする…。

「…俺は今。文官になる為の就職勉強中で。色恋にうつつを抜かしている余裕はないのかもしれない。だが。だからこそ。チャンスを逃したくない。この貴方との大切な一瞬を。俺は貴方のことがっ…」

「エレンッ!! 何処だ。エレン!!!」

逃げ場を失い、ジェルマンが決定的な何かを言いかけた時、見知った声がジェルマンの声を遮った。

ぱっとジェルマンと2人で声のした方に振り返るとランタン片手に皇子がこちらを見て、ギョッとした顔で固まる姿があった。
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